七十九話、病魔
ここはのどかな田舎の更に辺境にある小さな村の外れ。
そこにひっそりと一軒こぢんまりと建っている家があり、そこに僕はリリスの転移魔法によってリデアハイルから転移した。
転移すると、そこには既にミリアがいて生活していた。ミリアに聞くとちょうど前日にここに転移されてきたようだ。
ここで一月の間ミリアと生活を共にすることになる。
外に出ると家の横には畑の跡があった。しばらく使われていないようだが、ミリアによると土は悪くなっていないとのこと、なのでそこを使わせてもらうことにした。
畑を耕しながら僕たちは話しをした。久しぶりにミリアに会ってなんだかとても落ち着いた気持ちになった。
「はあ……なんでこんなことになっちゃったんだろ。ねぇエル」
「そうだね」
ミリアはため息をつく。
「マシェエラも、ククもだけどさ……気がついたら変わってっちゃってて……。よくわからないけど、私だけなにも変わってない」
「ミリアにまで変わられたら僕が大変だよ」
「そうなのかもしれないけどさ。これでいいのかなって思っちゃうよね」
「ミリア……」
ミリアはミリアなりに今の状況が色々と複雑なのだろう。僕だってそうなんだから、今まで一緒に旅をしてきたミリアがそうじゃないはずがない。
それも近しい二人があれだけ急に変わってしまったのだから、ミリアもどうしていいのかわからないのだろう。
まあ、ククに関しては雰囲気や多少性格が大人っぽく変わっただけでそれ以外は変わっていないようにみえるけど。
マシェエラはもはや別人格といっていいくらいだし、人格が二つあるから二重人格ということになる。
こうして考えてみると、ミリアじゃなくてもため息が出そうなくらいのことが起こっているんだと自覚する。
僕は考えてもどうしようもないと頭のなかを切り替えることにした。
そう、大事なのは今だ。今に集中しよう。
そして夜、僕たちは昔話を懐かしむように二人でしていた。
僕とミリアは幼馴染だから、ほんとうに小さいころのことまで話すことができる。
「そういえばエルのお母さんって元々村の人じゃなかったよね」
ミリアは不意に思い出した疑問を僕に投げ掛けてくる。
「うん。西の方からきたんだって聞いたよ。どこかははっきり教えてくれなかったけどね」
「エルのお父さんは亡くなってていないんだったよね」
「お母さん、その話しはあんまりしてくれないだ。やっぱりいい思い出じゃないから思い出したくないのかも」
「そっか。ごめん……なんかエルも暗くさせちゃったね」
「いいよ。お父さんは僕が生まれる前からいないから、特に悲しいって感じじゃないんだよね。わからないっていうかさ」
「ねぇ、落ち着いたら一度村に帰ってみない? お母さん心配でしょ」
「うん、ちょっとだけ心配かな。そうだね。落ち着いたらいってみようか。今なら魔法ですぐにいけるしね」
そうミリアと約束して、その日を終えた。
次の日、僕たちは土地勘を得るために近くにある村にいってみると、なぜか人影一つない。
村のなかを歩き回っても声すら聞こえてくることがなく、ほんとうに人が住んでいるのかもわからない。
「エル、なんかおかしい。家のなかに人いるのかな?」
「ちょっとなかに入ってみよう」
僕とミリアは近くの家のなかに入った。すると、なかにはやつれた顔をした村人が寝たきりになっていた。
「あのすみません。村の人たちどうかしたんですか? 外には誰一人いなくて」
僕がそう聞くと、寝たきりでも意識のあった二人のうち一人が、弱った声で必死に僕らにこう伝えてきた。
「あんたら……ここから……早く……逃げなさい」
「どういうことですか。理由を教えて下さい」
「……この村では……伝染病が蔓延している」
「伝染病……そんな……」
「数日前、フードを被った二人の男が現れてから、村では謎の伝染病が流行り始めた」
男は額に汗を浮かべながらも話しを続ける。ここであったことを必死に伝えようとしていた。
「二人の男は、自分たちが伝染病を蒔いた張本人だと明かしてここから去っていった。我々は身動きできなくなり、外に助けを呼ぶこともできなかった」
「発症する速度が以上に速かったってことか」
「私たちも危ないかも」
「俺たちはもうダメだ。助からない。だから早く逃げろ……そしてここで起こったことを外の人たちに伝えてくれ」
「わかった。任せて」
話し終えると、男は再び眠りについた。
この男はあと何度目を覚ますことができるんだろうか。
ここに住んでいる人たち全員が、この男のようになってしまっている。
こんな酷いこと……いったい誰がやったのか。
絶対に突き止めなければ。同じようなことがもっと大規模に起こったら、被害はこの村の比ではない。
僕たちは急いで村の外に出た。
そしてその日は一度家に戻ることにした。
近隣の村は僕たちが住まわせてもらっている家からそう遠くない。
家につくと時間的にもう遅かったので、明日早めに起きて向かうことにした。
朝、僕が目を覚まして準備をしていると、ミリアが寝室から出てこないことに気づいた。
寝坊を疑ったが、それよりも悪い予感の方がより大きく頭のなかで膨らんでいく。
その通りでなければいいと思いながらも、僕は静かにミリアの寝室のドアを開けた。
しかしこういった悪い予感ほど、よく当たってしまうものだった。
寝室に入ると、寝汗をびっしょりとかいて苦しそうな顔をしたミリアが、未だベッドから起き上がることができずにいた。