七話、反転
町の外に魔物が二体。そのうちの鼻の長い魔物がバグだろう。
マシェエラには助けられる人が――なんて言ったけど、やっぱりククやミリアのことが頭から離れない。二人を助けたい気持ちの方が大きい。
そしてまた、やり直したいんだ。僕たちの旅を――――。
途中で止まってしまった時間の針を進ませたいんだ。
エルは思いの力に背中を押されるように加速した。
できれば不意打ちを狙いたかったが、遮蔽物がないため隠れられるところはない。
このまま正々堂々いくしかないだろう。もしくはもう気づかれている可能性もある。
僕は剣を握る手に力を入れる。
捉えた。今こそバグ、お前を倒す。
――――そして、次の瞬間意識を消され、僕は敵に捕まっていた。
「ねぇバグ、この子なに?」
そう質問したのは奇妙なほどこの世界に似つかわしくなく、魔性の色気のある金髪の魔女だった。所々が露出した漆黒の衣装を身にまとっていて、それはこの世界のファッションとはあまりにもかけ離れた奇抜なものだった。
金髪の魔女の質問にバグが答える。
「勇者だろ。魔力がそうだ」
「それにしてもひ弱な魔力。ほんとに勇者なの?」
「いるんだよ人間には。正義感だけの力もないのに突っ込んでくるバカが」
「どうする? 殺すの?」
「ああ、俺はまだこっちが忙しいから、ロゼに任せる」
「いいの? 任せるって言われたら私、好きにしちゃうわよ」
金髪魔女ロゼは玩具をもらった子供のような目をする。
「気に入ったのか。物好きだな」
「そう? 可愛いじゃない」
「お前ガキが好きだったのか。狙ってたのによ」
「あら、それは御愁傷様ね」
そう言ってロゼはバグから離れた。
「どうなっても知らないわよ」
ロゼは小さく呟いてから、魔法で宙に浮かせていたエルを目の前まで移動させる。
ロゼは魔法で空間に穴を空けると、そこから禍々しい濡羽色をした黒の点が穴を更に歪ませて外に出てくる。
ロゼはそれを手に取って、エルの胸元、心臓とは逆の方に押し込む。するとそれがまた空間を歪ませるようにしてエルの身体のなかに入っていった。
ロゼはエルの胸元から抜き取った自分の指を舌で舐めずると、熱の帯びた表情をする。
「さあ、新しいあなたを見せてちょうだい」
エルの身体を黒いオーラが包み込む。ロゼはエルのその姿にねばっこい視線を向け、これから起こることに胸を高鳴らして見守っていた。
ここは……どこだ。
なにもない闇が広がっている。
息苦しいような、寂しいような。
光の届かない水底に沈んでいるかのような孤独感に苛まれる。
僕はどうなったんだ。バグに捕まったのか。
もしかしてバグの夢の中か。なら、僕もククやミリアのように魂を食べられてしまうのかな。
もういいや。
僕は、生き急いでいたのかもしれない。
勝ち目のない戦いに挑むなんて端からみたら自殺行為そのものだ。
二人が助からないという現実から目を背け続けていた結果なんだ。
エルが自分を納得させようと自問自答を繰り返していると、闇のなかで 声が聞こえた。それはエルにとって、馴染み深い声だった。
苦しいよエル、助けて――――。
ククの声だ。
「クク、どこにいるんだ」
助けてエル、わたし……もう――――。
「ミリア!」
そこから連鎖的に断末魔のような彼女たちの悲痛の叫びが耳鳴りのように届く。
そしてそこに悪魔の囁きが投下される。
お前に力があれば――――。
僕にもっと力があれば――――。
もし力を欲するなら――――。
もし力を得られるのなら――――。
落ちろ。堕ちろ。オチロ。オチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロ。オチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロオチロ。
ひとりで……死にたく……ないよ。
クク…………。
っ…………レン。
脈動……途切れることのない内なる爆という名の叫び。
それは同時に、心の……いや、異なる二つの心の叫びでもあった。
そして一つだった魂は、このときより二つに別れたのだった。