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七十五話、忘れたい記憶



夢を見た。


黄色い花が咲いている。


それは彼女の記憶。彼女の大切な時間の象徴だ。


クリーム色をした空の下で、彼女は花に囲まれながら笑っている。


それを見つめる二つの影。


こなたより彼方まで、黄色い花畑は彼らの温かさに包まれていた。


そんな幸福感に包まれ眠っていたエルは、ララとシルによって目覚めさせられた。


「エル!! 大変なの起きて!!」


「…………なに? ララ……どうかした?」


「コロナちゃんがいなくなっちゃったの」


「昨日二階で一緒に寝てたはずだったんすよ。なのに朝気づいたらどこにもいなかったっす」


コロナがいなくなった。だが、コロナはここの住人だ。大丈夫だとは思うのだが。


「外は探した?」


「それが外も昨日とは違って霧が出てるみたいに真っ白になっちゃってるの」


それは確かにララが心配するのも無理はない。


「わかった。探しにいこう」


僕たちが外に出ると、その白の濃さに一時足が止まる。このまま進めば僕たちもコロナのようになりかねない。


「手分けして探そう。僕はあっちを見てくるから、二人はそっちをお願い」


それでもコロナを探さないわけにはいかない。


これで最悪二人はどうなったとしても一緒に行動することができる。


僕は意を決して白のなかに足を踏み入れた。


大声を上げてコロナを呼んでみる。だが、返答はない。


眼前すべてが白一色。なにも見えてはこない。方向感覚も掴めない。進めば進むほど、自分がどこにいるのかわからなくなる恐怖があった。


これがあの冥府だというのだろうか。ここにはコロナの他にも住んでいるものがいるというのに。


そうだ、ソール。彼ならなにか知っているかも。


だが今は彼もまた僕たちやコロナと同じ状況だろう。声を張り上げて呼んでも、聞こえていないかも知れない。


それでも……可能性はあるか。


「ソールぅ~」


僕は腹から声を出して遠くまで届くように彼の名を呼んだ。するとまるで最初からいたかのように、僕の真横にソールが立っていた。


「うるさいな。呼んだか?」


「うわぁっ!?」


僕はあまりのことに飛び退いてしまった。


「ソール、よかった。無事だったんだ」


「僕は忙しいんだ。コロナ探さないと」


「僕も探してたところなんだ。でもこの霧みたいなので方向感覚が掴めなくなっちゃって」


「だったらあの部屋で大人しく待ってろ。コロナは僕が探してくる」


ソールはまた一人でどこかへいこうとするが、その直後、ララが僕を呼ぶ声が聞こえた。


「エル、近くにいるならこっちにきて」


「こっち……こっちってどっち?」


僕はララの声のした方に走る。


感が冴えていたようで、ララたちの影が向かう先に見えてきた。


「家?」


ララとシル以外にも、一つどう見ても人ではない大きな影が奥にあるのがわかった。影の形から家だと思われる。


「エル、あのなかにもしかしたら」


「うん、入ってみよう」


僕とララとシル、それといつの間にか後ろにいたソールとなかに入った。


家のなかに入ると、コロナが床に転がっていた。


家のなかは老朽化していて、どこも埃っぽく床の木は軋めく音がする。


「うええっ……なんだか雰囲気あるっすね」


シルがララの背中にくっつく。


「ちょっとシル、動きにくいから離れてよ」


「嫌っす。怖いっすよ」


「もう、魔王の癖に怖がりなんだから」


「コロナ、大丈夫」


僕は転がっているコロナに話しかける。だが眠っているようで、話しかけても起きる気配がない。


仕方ない。背負って連れて帰ろう。


「どこに帰るの?」


僕がコロナを背負ってここを出ようとすると、誰かの声が僕を呼び止める。


「きみは……」


声のした方に視線を移すと、そこにはコロナにそっくりな女の子が立っていた。


「ねえ、どこにいくの? ここはあなたの家よ」


コロナにそっくりな女の子は、僕の方を見て言っているが、それは僕の背中で寝ているコロナに言っているようである。


コロナは彼女の声でゆっくりと目を覚ますと、僕の背中越しに彼女を見る。


「わたし…………」


「そうよ。わたしはあなたよ……。ここが……あなたの家よ」


「ここが?」


コロナは家のなかを見回す。


「なにもない……」


「それはそうよ。だってこれは……あなたの記憶なんだから」


「記憶……」


「コロナ、耳を貸すな」


ここでソールが口を挟む。


「それでまだ……これしか思い出すことができないのね。それは……あなた自身が拒否してるから」


「わたしが……拒否している?」


「思い出すのを……恐れているの」


「そんな……わたしは……」


「だから――――思い出させてあげる」


彼女がそう言うと、コロナは僕の背中からいなくなった。


「コロナ!! コロナをどこに!!」


「消えてなんていないわ。すぐに戻ってくる」


「ここは危険だ。出るぞ」


ソールが僕やララたちにそう促すと、次の瞬間家が揺れ始めた。


「ほ~らきた」


僕たちは急いで家の外に脱出した。


距離をとってから家の方をみると、家はコロナの持っていた人形の形に変形し巨大化していた。


「コロナ!!」


僕が名前を呼んでも届かない。


そして人形は暴れ始めた。


「シルっ」


「やるしかないっすね」


ララとシルは武器を取り出して人形と応戦する。


だがララとシルはいつものように戦えていないようだった。


「なにこれ、いつもみたいに戦えない」


「どうなってるんすか。魔力がうまく使えないっす」


「お前たちは今は魂の存在だ。だから本来ある表と裏の魔力が作用している。それを自在に操れなければここでは魔力は使えない」


ソールがそう教えてくれる。


「そんなのいきなりは無理っすよ」


なんとか攻撃を耐えていたララもシルも、何度目かの攻撃を受けて、受けきれずやられてしまう。


「おいお前、お前ならできるはずだ」


「え……僕?」


ソールが僕を見て言う。


「お前は元からそういう構造の魔力なんだ。お前なら使えるはずだ」


「でも……コロナを傷つけちゃうよ」


「そうならないように加減しろ」


「できないよ」


それができてたら苦労はしてないんだ。


「くそ。意気地のないダメ野郎だ」


そのとき、突然人形の動きが止まった。


【どこ……ここはどこなの? パパは? おママはどこ!!】


人形からコロナの声が聞こえてくる。それは彼女の年相応な言葉であり、今まで心に秘めていたものが発露されているように聞こえた。


【怖いの。助けてパパ、ママ。わたしいい子にするから】


「コロナ……」


コロナの悲しみの声だ。


あの子は確か、コロナの記憶を思い出させると言っていた。


コロナは自分の記憶を思い出したから、ああなってしまったのだろう。


僕にはなにもできないのか。苦しんでいるコロナを助けてあげられないのか。


なんて無力なんだ僕は――――。


【そうでもないぜ。エル】


「その声はナハト、眠ってたんじゃなかったの?」


【俺は基本傍観者だ。エル、魔力を集中してあの人形に触れてみろ】


「触れてみろってなにするの?」


【いいからやれって。先輩の言葉が聞けないってのか】


いきなり出てきてかなり強引なナハトだったが、ナハトがなにもないのにこんなこと言ってくるはずもない。


「わかった」


僕はナハトの言葉を信じて止まっている人形に手を当てる。


【よし、じゃあ魔力を注ぎ込め。そしてダイブしろ】


「ダイブ?」


【イレギュラーの力にはこういう使い方もあるってことだ】


言われた通りやるうちに、意識が朦朧としてくる。


すると、なぜかまたあの黄色い花畑が 今度はあの夢の景色よりも鮮明に見えてきた。


まるで僕がその場所にいるかのように。


夢とは違って空はまだ晴々としている。


日差しが強い日下で、黄色い花畑のなかに人の影が揺れるのが見えた。


一人は長身のやせ形の男だ。齢にして三十代ほどの、気の良さそうな男だった。


そしてもう一人は黒い髪に白い肌。そして鳥のような人形を持った女の子だった。



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