七十二話、因縁の決着
青い髪に赤い瞳。そしてなにより裏の魔力。ララとシルには目の前の男がエルであったことが信じられなかった。
それは誰が見てもそうなのだろうが、全くの別物だった。
姿形や雰囲気など、限りなく遠く感じるが、どこか近くも感じると、そんな気味の悪さがあった。
それでいて対極にある存在と言える。性格、容姿、身長、エルの持つ表の魔力とは逆の性質を持つ裏の魔力、すべてが逆さまになっているようである。
「それにしてもエルのやつ、リミッター外してからまだ制御できてねぇのか? 慣れるのに時間かかりすぎだろ」
と、自らをナハトと名乗った男はそう独り言を呟く。
「ナハト……そう! 確かナハトって言ってたっす。思い出したっす」
「お前も忘れてたんじゃねぇか」
「いいじゃないすかそんなこと。こうしてまたやりあえるんすから」
「俺としてはエルの方に戦ってもらいたいんだがな。つうわけで少し待ってくれ。今あいつ起こすから」
ナハトは気絶してしまったなかにいるエルを起こすために声を張り上げる。
【起きろコノヤロウ!! 寝てんじゃねぇ!!】
ナハトの荒々しい声に、エルはピクリと反応して目を覚ました。
【っ!? えっ!? あ……ナハトか】
【ナハトかじゃねぇよ。エル、早く代われ。お前が戦え】
【え……なんのこと?】
【……そこから説明しなきゃなんねぇのか】
エルはなにが起こっているのかを理解していない。ということは、気を失う前、エルは不意打ちをされたことになる。そしてその際に相手の魔力も気配も感知できなかったということだ。
【エル、シル・カイナって女知ってるか?】
【うん、知ってるよ。ララの友達で魔王だ】
【知ってるなら余計悪い】
【えっ!?】
【お前はそのシル・カイナって女に不意打ちされたんだ。そしてお前はそれに気づけなかった。それがどういうことかわかるか?】
【……死んでたかもしれなかったってこと?】
【そういうことだ】
エルは魔力に関しては魔王クラスを遥かに越える魔力を持っている。それはイレギュラーの力によるものだ。力はあるが、やはりまだそれを完全に使いこなせるまでに到っていない。
旧魔王の娘であり、現五大魔王のキュティレイのところで修行したとはいえ、やはりイレギュラーの力はその名のごとく特殊なものだ。その力に果てはない。
それを御するのは並大抵のことではない。でもエルにはなにがあってもやってもらわなければならない。
ナハトがエルと話しをしていると、シル・カイナことシルが、ナハト接近し、その手に持つ巨大な斧を振り下ろしてくる。
ナハトは身体を自在に曲げながら宙を舞うように回転して鮮やかにそれを躱してみせる。そしてララのいる隣に着地する。
「おいおい、まだエルに代わってねぇぞ。そんなにがっつくなよ」
「ふはっ!! あたしはあんたと戦いたいんすよ。前の決着ぅすよぉ」
「しょうがねぇなぁ」
ナハトはそう言って両手を前に出す。
【エル、お前はまだまだだ。だが俺からはお前に特にしてやれることはない。出来て助言くらいだ。だからこの機会に、俺の戦い方から学べ】
【ナハト……】
【お前には強くなってもらわないと困るんだ】
ナハトはその言葉を最後に戦う方に意識を切り替える。
「悪いがこっちも武器を使わせてもらうぞ」
「いいっすよ。全力でこいっす!!」
「来い……ルコル、シエラ」
ナハトがそう名を呼んだ瞬間、前に出された両方の手に黒と銀の武器が握られていた。それは、エルが以前バージナルで知り合ったララの友達のシスターロアナが持っていたものに似ていた。
「さあ、パーティーの時間だ」
ナハトはシルの真上に飛んだ。そしてシル目掛けて二丁の武器を構え、魔弾を撃ち出しながら落下していく。
シルはそれを斧を振り回し、魔弾を弾きながら様子を伺う。
ナハトが自分の斧の間合いに入った瞬間、斧を振り上げるが、それをナハトは読んでいて、回転して軌道を変えて落下し水面に着地する。
「やるじゃないすか。そのまま水のなかにちゃぽんって落ちていっちゃてもよかったすよ」
「俺を誰だと思ってる。当たり前に脚に魔力を付与して水面の上に降りてやるよ。どんな状況であろうとな。まだ未熟でダメダメなエルとは違う」
「さすがっすね。いったいなにものなんすか?」
「俺に勝ったら教えてやるってのはどうだ? その方がおもしろいだろ」
「わかってるっすねっ――」
シルは巨大な斧を担いだまま一気に間合いを詰めてきた。
ナハトは遠距離武器を使用しているため、また間隔を空けようと森の方に大きく後退するが、シルもひとっ飛びで間合いを詰めてくる。
「邪魔だ。あっちいけぇ」
ナハトは追ってたシルの腹部を狙って蹴りを入れる。
シルはそれにより川の方まで飛ばされた。
水面に落ちたが、沈んではいかず魔力によって浮いている。伊達に魔王をやっているわけではない。シルは蹴りを受けてもダメージを負っているように見えない。
「あたしを蹴りでぶっ飛ばすなんて、他の魔王かララくらいしかできないっすよ。しかも今の……一瞬しか見えなかったす」
「ほんとか? じゃあ手加減してよかっわ」
ナハトの言葉にシルは目を見開く。
「はあ? 手加減してたんすか? だったら言ってくださいっすよ。下手な探り合いはいらないみたいじゃないっすか」
そう言うとシルは、一度自分を落ち着かせるように呼吸を整えた。
身体を震わせて大きく声を張り上げると、魔力が爆発的に増幅し、紅と蒼の、まるで炎のよう二つの魔力がシルを覆っていた。
そこからのシルは今までのシルではなかった。
「全力でいくっすよ。受けてくださいっす」
「いいぜ。エルにはいい勉強になる」
「その余裕……なくしてやるっすよ」
シルは水面を激しく飛散させながら、ナハトの目の前まで近づく。
両方の腕でナハトに拳を放つ。
ナハトはそれを両方の腕でガードする。
シルの連打が終わった次の瞬間、シルは後方に軽く間合いを取って飛び上がり、いつの間にかシルの手から消えていた巨大な斧を空中で掴まえると、そのまま振り下ろしてナハトに直撃させた。
周囲の地面に亀裂が入り、地形が変化していて、沈下していているところもある。川の水しぶきだけではなく、土煙も舞い上がっていた。
状況は見えないが、手応えはあったように感じた。
だが次の瞬間――――。
「まだまだだな」
「っ!!」
斧の下から声が届く。
ナハトの声だ。
「それが全力ってことはまだ到ってないってことか。まあ、今はまだいいか」
ナハトは右手に持っている武器によって撃ち出した魔力の盾によってシルの攻撃を防ぎ、左手に持っている武器をシルに向けていた。
「マジっすか……かなり本気でやったんすけどね」
「一点集中させたせいで地形が崩れちまったな。後で直さねぇとな」
気後れしているシルを置き去りにして、ナハトは決着に進む。
「森を焼かなかったことだけは褒めてやるよ」
「完敗っす」
ナハトの左手の武器から発射された魔弾がシルに放たれた。
撃たれたシルは気を失って眠りについた。
「授業終了だ……」
そしてナハトも、いつもしているように、エルに意識を返還した。