六十九話、彼女たちの知らない顔
マシェエラ、いや、マシェエラの姿をした彼女は、自らをセクス。魔女であり魔王だと名乗った。
ユルドールト大陸の魔王セクス。それは行方不明になっていた五大魔王の一人名だった。
「マシェエラ、君が魔王だったなんて」
「セクスよ。マシェエラは表の人格。まあ表裏といってるけど、私は元々裏の魔力を持って生まれてきたのだから、どちらが表なのかって話だけど」
唐突な真実の告白によって場は静寂へと包まれる。
僕はセクスをじっと見つめる。
ミズチは鋭い目付きで、ククは冷ややかな目付きでセクスを見つめていた。
ミリアは気を失っている。ミズチがセクスから助けた際に意識を奪ったのだろう。
「セクスよぅ。それでこれからどうするつもりだ。俺たちに自分の正体を晒して、ミリアをこんな状態にして今まで通りに戻れると思ってんのか?」
「思ってないわよミズチ。私は覚悟を決めてこうしてる。私のなかのマシェエラは複雑でしょうけど、彼女も私であることに変わりはない。この状況に、望んでしたのよ」
「マシェエラも同意の上ってことか。やれやれあいつも色々と考えてたってことか」
「そんな……マシェエラがそんなことを」
「エルも随分と能天気よね。でも周りはそうとは限らない」
セクスはエルから目を話さない。刺すような視線でエルを捉える。
「今は大きな争いもなく平穏な日々を過ごせているけれど、それがいつまで続くかなんてわからない。前の戦いなんて魔王と人の戦争だった」
魔王ブラックレオとの戦い。あれから月日が経った今でも信じられない。僕たちがあんな大きな戦いに身を投じて、そしてブラックレオを倒したなんて。
あのときは目の前のことに必死だった。仲間を助けるって気持ちだけで戦った。でも今思えば身震いがする。それくらい現実感がなかった。
「いつまでも今まで通りじゃいかないのよエル。私たちも前に進むべきなのよ」
前に……進む。
わからなかった。セクスの言っていること。マシェエラが考えていること。こんなことをして、ミリアを傷つけてまで進もうとした先には、いったいなにがあるというのか。
「自覚があるでしょう。もうあなたは普通じゃない。いつかまた、あなたが大きな戦いの中心となるときがくる。そんなとき、あなたを心から支える存在が必要なのよ」
「僕はそれを仲間だと思ってるけど」
「いいえ違うわ!! 愛するものの存在よ!!」
セクスは声高くそうエルに訴える。
「エル、愛こそが力の源泉なの。そこに愛がなければ奇跡は起こせないのよ」
セクスは持論を展開するが、さっきまでの流れからだとからかっているのかと疑いたくなる。
そして気がつけば彼女は僕の目の前接近してきていた。それだけに圧を感じる。
「セクス、なにが言いたいの?」
「愛がないと絶対絶命のピンチになったとき勝てないじゃない」
あれ、おかしい。完全に空気が変わった気がする。
殺伐とは言わないが、それくらいひきつっていたはずの空気感が、セクスの反応と言葉で打ち消されたように感じた。
「エル、あなたは私と愛を育むべきだわ。魔王の私とだったら、釣り合いがとれるはずよ」
「ちょっ!? ちょっとセクス!!」
セクスが僕を包み込むように抱きしめてくる。
僕との身長差があるぶん少し屈んでいるためか、セクスの胸がちょうど顔の前にきてそれに埋まっているような形だ。
「~~~~」
僕は声にならない声でセクスに離れるように主張しても耳に届いていない。
「あぁ……いいわ。あっ……だめよエル。そこは……ああ~だめよ。ダメダメ」
セクスが色っぽい声を出し始め、僕は余計に焦っていく。
「なにしてるのかなぁ~。お・ば・さ・ん」
そんな怒気あるククの声が聞こえてくる。
ククは言いながらセクスの肩を掴むと、強引にエルとセクスを引き離した。
「あらら、余裕ぶっかまして傍観に徹してたククちゃん。おばさんは酷いんじゃない?」
「ボクのエルにちょっかい出すだけならいいけど、本気ならボクも容赦はしないよ~お・ば・さ・ん」
セクスから解放された僕は、そのまま二人の間に入ってしまい、そこから抜け出せずにいた。
ククの言動には驚いたが、セクスも同様の気迫を見せていた。
二人の間には火花が散り、僕はその熱視線の間で身を縮めていた。下手に動くと火傷しそうな気がしたからだ。
「そうかしら? 胸の薄いし色気もまだまだなガキよりはマシじゃない? エルはおっぱい大きいほうが好きでしょ」
「えっ!?」
「ボクはサキュバスだよ~。将来有望だよ~。胸だって絶対セクスより大きくなるし、気持ちよくしてあげられるよ~。だからエル~わかってるよね~」
ククはいつものように語尾を伸ばしてのんびりしたように言うが、にっこりとした目が異様に怖い。
なんとなくそうなのだとは感じていたけど、これほど積極的にこられたことはなかった。
正直僕は戸惑っていた。
「えっと……僕はどうすればいいの?」
エルは思いきってそう言うと、セクスとククは同時に深くため息をついた。
「わかってたわ。エルがそういう態度に出ることは……」
「平常運行だね~」
「でもそれでは困るわ」
「だから――――」
セクスはエルに魔法を撃ち込んだ。撃ち込まれた魔法によって、エルの首に紫水晶でできた首飾りがかけられる。
「今からエルにはそれぞれの嫁候補の女の子のところで一月ずつ過ごしてもらうわ。そして全員と過ごしたうちで、最も愛を感じた子を選ぶのよ」
「おもしろそうだね~」
「エルのその首飾りは嫁候補の一人と過ごすときに一月の間離れられなくする魔法がかかってるわ。そしてその相手を決めるのはクイーンエリザベスサキュバスのリリスに頼んであるから公平よ」
セクスの口から意外な人物の名前が出てくる。
「リリスって……」
エルが声に出した瞬間、空間が歪んで、そこからリリスの姿が写し出された。
「久しぶりだねエルくん。セクスから話は聞いてるよ」
「いや、僕も今聞かされたばかりなんだけど」
「おもしろそうだから協力してあげることにしたよ。大丈夫。悪いようにはしないよ」
まあリリスには前にお世話になっていることもあって信頼できる。ここは彼女に任せるしかないだろう。
「それにこれで少なくともセクスもといマシェエラちゃんとククちゃんとミリアちゃんの鬱憤は解消してあげられるんじゃない?」
「ボクたちはそれだけじゃ満足しないかもだよ~。特にセクスは本気みたいだし~」
「まあどうなるかは君たち次第だね。頑張るといいよ」
そう言うと、リリスは声を上げて宣言するようにこう言った。
「エル君争奪戦は明日の明朝から始める。それまで各自身を清めるなり、磨くなりしておくといい。というわけで今日は解散!!」
リリスによって締め括られその日はそこで話しは終わった。
夜にはララや気絶していたミリアにもその話しが伝わり、昨日の騒がしさとは一変した夜になっていた。
僕には、これが嵐の前の静けさだと思わずにはいられなかった。




