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六話、マシェエラ




あれは雨の降る日のことだった。彼女は曖昧ににごった曇り空から降る細雨を身に受けながら、そこに建ち並ぶ家屋に身体を預けて路上に座り込んでいた。


その時の彼女の眼はあの空のように、淋しくにごった眼をしていた。


希望が潰え、明日もわからず、今のことさえ考えることができなくなってしまった。それほどのショック。思考の余裕すらなくなった表情。数ヶ月前の僕と同じ顔をしていた。


そんな彼女をそのままにしておくことは僕にはできなかった。


僕は彼女に手を差しのべて、こう言った。


「君に生きたいって気持ちがまだ残っているのなら、僕の手を取って。そしたら君が落ち着くまで部屋に置いてあげるから」


彼女は僕を見て少し考えてから僕の手を取った。


僕は彼女を宿屋の借りている部屋に連れていき、宿屋のおばさんに彼女の身体を拭いてもらって、新しい服を着せ、食事を与えた。


少しの間彼女は部屋で無気力に過ごしていたが、それからは急に僕とレベル上げのための魔物退治に付き合うようになった。


マシェエラは弓使いで、魔法にも長けているため、僕の戦闘のサポートをしてもらっている。でもマシェエラの方が僕よりレベルが高くて、レベルが上がるのが早かったりするので、サポートというよりも助けてもらっているという感じである。いつも仲間になってくれる女の子の方が強いので悲しくなってくる。


マシェエラの眼の色も前とは違い光が射している。気がつけば、よく話すようになり、家事全般もしてくれるようになっていた。


「エル、今日はなに食べたい?」


「ハンバーグがいいな」


「エルはハンバーグ好きね。まあ私も好きだけど」


マシェエラは微笑む。なにが嬉んだか僕にはわからない。


火の魔法を使って、マシェエラがいつだったか突然買ってきたフライパンでハンバーグの種を焼く。部屋のなかは食欲を刺激するスメルが充満していた。


使い捨て感覚で買ってきた安価のテーブルの上にマシェエラがつくった料理を並べる。


お互いに席につくと、食事が始まる。マシェエラのハンバーグはジューシーで、僕の注文でなかに甘味のある野菜が入っている。少し違うがお母さんの味に近い。


マシェエラも嫌いではないようで、僕が頼むとよく作ってくれる。


「ねぇ、エルのお母さんの味に近くなった?」


「もう少し味が濃かったと思うよ」


「そっか、次はそうしてみようかな」


マシェエラは毎回どんな料理を作っても、僕のお母さんの料理の味と比較する。別にすべて同じにしなくたっていいと思うのだが。


「美味しい?」


「美味しいよ」


「良かった」


と、定番化したやり取りをして食事が終わる。


ありきたりだ。でもこれでいいのかもしれない。最近はこんな生活もありかもしれないと思えてきていた。


勇者なんて向いてないことしてないで、それこそ就職するか、冒険者として依頼を受けたり、採取したものを売ったりしてお金を稼ぐ。そんな道もありなのかなと。


お母さんはどう思うだろう。マシェエラは……わからないけど、許してはくれると思う。


「あのさマシェエラ」


「なに?」


洗った食器を宿屋のおばさんに返しにいっていたマシェエラが部屋に戻ってきた。


僕は思っていたことを打ち明けてみる。


「もし僕が勇者をやめたらどう思う?」


「えっ! やめるの? 」


「やめないけど、もしもの話しさ」


と、例え話しとして話す。


「ほんとうに……やめていいの?」


「…………」


雰囲気が硬直する。こんなにも真面目なトーンで言われるとは思っていなかった。それどころか、マシェエラなら喜んでくれるのではないかとさえ思っていた。


「どうしようかなって思ってさ。このままこうしてたってダメなことだってわかってるし、それでまた勇者を始めるのもどうなのかなって思ってて」


「エルがいいのなら構わない。でも、もう少しちゃんと考えてみて。それからでも遅くはないんじゃない?」


「うん、わかった。ありがとう」


次の日、僕とマシェエラは町の掲示板を眺めていて、一つの依頼の貼り紙に目が留まった。内容は隣の村の復興作業ということだった。少し前から貼り出されていた依頼だが、今もまだ貼り出されたままだ。


隣の村はコヨーテ村といい、二ヶ月前くらいに大雨の影響で川が氾濫してしまった。村のほとんどの家が流されてしまったせいで村の人たちは一時ユメイルに避難していたが、復興作業が始まってからは、ユメイルとコヨーテ村を毎日往復して作業を行っていた。


僕も途中までは手伝いにいっていたが、別の依頼が入ってしまって、それからはコヨーテ村の人たちが村に戻ったという話しを聞いていたので、気にしていなかったが……。


まだ復興作業終わってないのかな。もう終わっていてもいいはずなんだけど。


「気になるの?」


「うん、ちょっとね」


「いってみようか」


「そうだね」


そして僕たちは隣村のコヨーテ村に向かった。


コヨーテ村に着くと、村のなかは人の気配がしない。


空気感がひどく悪い。おぞましくもあり、重々しい。


魔物に荒らされた形跡はない。されど具合が悪くなるほど、どろりとした悪臭を放つ汚物のような魔力の痕跡がちらほらと残っていた。


なにが起こっているんだ。この村では。


恐る恐る近くの家屋に入ると、人が倒れている。その様子は寝ているようにしか見えない。


身体を揺さぶってみると、目を覚ます様子はない。このような状態にエルは覚えがあった。


夢喰い〈バグ〉の仕業だ。


エルは勢いよく家屋を飛び出す。


バグ……バグはどこだ。どこにいる。


エルは村中を駆けずり回り、必死に周りに気を配る。


いない。もうここにはいないのか。クソ。


エルは思った。バグがいれば自分はどうしていたのかと。戦っても勝てる相手ではない。そんなことは知っている。自分のようなダメ勇者が、どれだけ努力したって勝てないだろう。だから僕は勇者をやめようと思ったのではなかったか。


「エル! あれを見て」


マシェエラが声を上げる。


マシェエラの見ている方に視線を向けると、コヨーテ村のさらに隣にある教会の町セントレイアの頭上に暗雲が垂れ込めていた。


その瞬間、エルのなかで線と線が繋がった気がした。あれは間違いなくバグの気配だ。


「マシェエラ、僕はダメな勇者だね。例え勝てないとわかっていても、この衝動を抑えられない」


「行きたいんでしょ。エル……」


「うん。助けられる人がひとりでもいるのなら、僕は……勇者だから」


「それでこそエルだと思う。私はそんなあなただから、勇者を続けてほしいって思うの。だから、勇者ままのエルでいて」


「ありがとう。僕、いくよ」


マシェエラに背中を押されるように僕は走り出す。目指すは教会の町セントレイアだ。





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