六十八話、マシェエラの正体
また……朝がやって来た。
目を開けて気がつくと、既に朝の半分が過ぎ去ってしまっていた。
昨日夜遅くまでみんなで外で話していたから、今日はきっとみんな起きるのが遅いだろう。
自分の起きた時間くらいに目が覚めているに違いない。
そう思っていたエルだったが、隣の教会の方から人の怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。
なにごとかと僕は服装を整えて部屋の外に出ると、まだ怒声は続いていて、言い合いになっているようであった。
僕は急いで外に出て教会へと向かった。
教会の扉を開けてなかに入ると、ミリアの後ろ姿と、マシェエラがミリアと対峙していて、マシェエラの表情からは怒りというよりは、不敵な表情をしたたり見せていた。
そしてその横でククが不安そうに二人のやり取りを見つめていた。
「マシェエラ、あんた私にもう一緒に旅を続けるなってこと?」
「そうよ」
「どうしてよ!! 私がなにしたっていうの? 私のことが嫌いなわけ!!」
「ミリア……もう薄々感じてるとは思うけど、あなたは普通の勇者よ。どれだけ頑張ろうと凡才の粋はでないわ」
「だからなに!! だから一緒にいちゃいけないってわけ」
「エルはもう普通の存在じゃないわ。いづれあなたが一緒にいると足手まといになるときが必ずくる。この先は大人しく身を引くべきよ」
マシェエラはそう言い放つと、今度はククの方に顔を向ける。
「クク、あなたはエルのために存在するつがい。だけどあなたが必ずしも選ばれるわけじゃない」
ククは急なマシェエラの言葉の責めに瞳を震わせる。
「そうして隠してはいるけど、あなたはもう既に私たちの知るククよりもずっとサキュバスとして成長してるわよね」
マシェエラにはっきりとそう言われ、ククは薄く笑みを作ってマシェエラに言葉を返す。
「忘れてるかと思ってたけど、いや、マシェエラが変わったからかもね。ここでそんな話しをしてくるなんて。その通りだよ~」
ククの雰囲気が変わる。ハイアリンに来る前に少しの間だけ見せたククの一面だ。
ハイアリンにきてからはいつものククに戻っていたから気にしなくなっていたが、やはりあの時のククは幻やなにかの間違いではなかった。
「でもどうしてマシェエラは急いでるの? 確かにミリアはいつかは脱落してっちゃうけど、今のうちはまだ一緒にいられるでしょ」
「私としてははっきりさせておきたかったのよ。そしてミリアは現実をちゃんと知っておくべきだと思ったの。だってなんとなくにしておいて後になってやっぱり無理じゃ可哀想でしょ」
ミリアは口をつぐんだ。
なにも言い返す言葉が見つからなかった。
なぜならマシェエラの言うように、ミリアもなんとなく理解していたからだ。
自分はこの先、どれだけの間エルたちと旅を共にしていけるのだろうかと。
この一年と半年ほどで、エルは魔王と渡り合えるまでに強くなり、周りは気がつけば自分なんかより遥かに強く、人や生半可な勇者では到達できない地点で戦っている。
それに比べ自分はずっと戦っていない。戦いに参加すらできていない。既にお荷物になのだ。
なのにまた、あの魔王ブラックレオのような敵と戦うことになったら、自分などいない方がいいことはわかっている。
「でも、だったらマシェエラはどうなの? マシェエラだって私と同じじゃん」
「ちょうどいいわ。エルもいるから話してあげる」
マシェエラはミリアの横に並び、僕の方に視線を向けるとこう言った。
「私、思い出したの。昔の記憶を」
「昔の記憶……」
「そう。そしてこれが私の本当の姿よ」
影が魔力となってマシェエラの身体を包んだ。
球体のように包んだ魔力はマシェエラの身体と一つになっていく。
そして魔力が剥がれ落ちた跡には、一人の魔女がそこに立っていた。
胸元から上を大胆に露出させ、下すべてを黒で覆ったような妖艶な着こなし。
魔女とは自らの欲望を追い求むもの。そしてそのためには手段を選ばず他者を惑わすもの。
間違いなく彼女は魔女となったマシェエラであった。
「どう? 驚いたでしょ」
僕とミリアは驚きを隠せず言葉がでない。
「これは魔力の反転といってね。本来魔力は表と裏があるものなの。魔力の表と裏は簡単には逆転できない。でも私にはそれができる。かつてしていた研究を応用してね」
「研究っていったいなにを……」
「性による魔力への作用とかそういうのなんだけど、説明すると長くなるから今はやめておくわ」
「さてエル、今私がこんな真似をしているのにはちゃんと理由があるの」
「理由?」
マシェエラは横にいるミリアを強引に引き寄せると、マシェエラは魔法を使いミリアの身体から力を抜き取った。
「これは性魔法と言って私の得意な魔法よ。一瞬にしてかけた相手の自由を奪うわ。そして、副作用として獣化する。獣化っていうのはもちろん、あっちの意味でよ」
マシェエラはそのままミリアを拘束する。
「マシェエラ、なにが目的なんだ」
「エル、あなたには少し早いかもしれないけど、決めてほしいのよ。このなかの誰を選ぶのかを」
「誰を選ぶって!?」
「わからないわけじゃないわよね。私かククかミリアかララ。四人のなかで誰をお嫁さんにするのってことよ」
「そんな突然――――」
「だったら私はミリアから記憶を抜き取るわ。そして今の獣化状態のまま故郷の村に返してあげる。どうなるか想像できるわね」
マシェエラの目にぶれがない。本気だということが伝わる。
ミリアは目を虚ろにして顔を朱に染めている。呼吸も乱しているところを見ると、マシェエラの言うところの獣化していると見ていいだろう。
「決めなさいエル。早く」
そう急かされるが、僕はどうしていいかわからない。
そのとき、後ろから気配を感じた。
「おい……ミリアを離せ」
声はミズチのものだった。
瞬間、マシェエラの身体が石化した。
だか、その次の瞬間にはマシェエラの石化した身体から石が剥がれ落ちていった。
「危なかったわ。遅れてたらやられてたわね」
マシェエラは身体についた石をほろう。
「いや、目的は果たせたからいいわ」
ミズチはいつの間にかミリアをマシェエラの手から解放していた。
ミズチはミリアを椅子上に寝かせると、マシェエラに向き直る。
「どうやら目論見通りにいきそうにないようだぜ」
「酷いわミズチ。仲間を石化しようするなんて」
「仲間? 俺はお前に似た仲間は知ってるが、お前なんて知らないぜ」
「なんだ見破られてたのね」
「どういうこと?」
「エル、あれはマシェエラじゃねぇ」
「えっ!?」
エルはその両目を大きく見開く。
「言い忘れてたけど、反転すると人格も変わるのよ。つまり私は裏のマシェエラってことになるわね」
マシェエラだった彼女は、マシェエラが作るものではない歪んだ笑みを浮かべながら、自身の名を明かした。
「初めまして、私は魔女セクス。ユルドールト大陸の魔王にして、バージナル三代目の女王よ」




