六十三話、魔人リドル
暗い地下水路のなかを魔法の光で照らしながら、エルたちはバージナル城の地下に繋がる扉の前まできていた。
扉を開けなかに侵入すると、城の地下は人の気配がしなかった。
次に上の階、一階にいくと人の気配はするがそれも五、六人ほどで、城くらいの広さでは多いと呼べる数ではない。
とうに日を跨ぎ、人々が寝静まった頃を狙ってきたこともあって、警備の数も昼間より少なく警戒も薄い。
僅かな警備の兵以外は、そのほとんどが眠りについているようだ。
エルたちは慎重に進みながらも、二階、三階と階を上り、リドルのいる王室を目指す。
ミズチは一人地下で脱出経路の一つを見張ってくれている。もし外から逃げづらくなったときのための保険だ。
だがここまできてエルたち三人は城の異質さに気づく。
一つは警備兵の少なさ。一階から三階まで、警備兵の数が三十もいない。これは明らかに少なすぎる。城門前はそれなりの数を固めているが、なかがこれほど手薄というのは妙だ。
二つ目は階を上がる度に増しているこの泥々とした魔力の気配だ。
それはバージナルにエルたちが帰ってきたときに酒場で襲ってきた魔人の魔力と酷似していた。
あの魔人の魔力なのだとしたら、なぜ今魔力をなんのために使っているのかということが疑問だ。
「ララ、ロアナ、気をつけて」
エルは後ろをついてきている二人に声を掛ける。
二人ともわかっているだろうが、それでも一応と思って僕は言い、二人は僕の言葉に頷いて返す。
仮説を立てるとしたら、リドルたちは僕たちが潜入してきたことに既に気づいていて、魔人や信頼を置くものを王室に待機させているという可能性もあるが、だったら態々こちらにわかりやすいように魔人の魔力を解放させずに、悟られないように大人しく待っていた方が都合がいいはずだ。
それに魔人の魔力の波動は、一定の周期でこちらに届いてきているように思えた。これはなにか別のことのためにしていることなのではないだろうか。
正直リドルについての情報は薄い。
わかっていることは、リドルの目的はこのバージナルの王となってユルドールト大陸全土を統べることと、それによって得た力によって、町や村などから共存している魔物を追放すること。
それと、なぜか魔人を集めているということだけだろう。
魔人が彼の思惑にどう関係していくのかは今のところ想像もつかないが、なにかよくないことをしているように感じる。
結局のところ、僕たちはなにもわかってはいなかった。
僕たちはあまりにも、リドルについて知らな過ぎた。
城の三階、王の間を抜けて四階の王室にたどり着くと、そこには二つの影がこちらに背を向けて並んで立っていた。
片方の男には見覚えがあった。あの毒々しい赤紫色をした髪の魔人だ。
となるともう一人の方はリドルで間違いないだろう。
そうエルたちが認識している間に、彼ら二人の前に眩い光が発光する。
更にそこから強力な魔力の波動が波打つ。ここまでくる間感じていたのはこれだろう。
「なに……あの光」
ララがそう声に出すと、光に視線を奪われていた二人が僕たちに気づいて振り返った。
「お前たち……いったいなにものだ」
「ん? お前らあのときの」
「ゴークス、知っているのか?」
ゴークスと呼ばれた魔人はリドルと思しき男に説明する。
「ああ、この前言った昼間のやつらだ。リドル、ここまできて運の悪いやつだな」
「全くだ。こんなときに現れてくれるとはな。自分の運の悪さを呪いたくなるよ」
「あんたたちなにをしてるよ。ことと次第では容赦しないわよ。まあ、そうじゃなくても容赦なんてしないけどね」
ロアナはシルバーグローリーの銃口を向けながら言う。言葉通り容赦がない。
「教会の犬どもか。お前たちが知らないということは、情報は漏れていないということか」
リドルは含むように笑みを作ると、自分の手にしたレア物を見せびらかすように自慢げに話し出した。
「見てわからないのも無理はない。これぞ叡智、力、この世界にはない未知の魔力。魔人の力だ」
「未知の魔力だって!?」
魔人は希少種だと聞かされていたが、まさか別世界の生物だったとは。
「そうだ。お前たちのような小さな世界のなかで生きている矮小な人間どもには想像もつかないだろうがな」
「言ってくれるじゃない。それがどの程度の力なのか、私が計ってあげようか?」
ララは挑発的にリドルを誘う。
普段はあまり言わないようなことを言っているララだが、感情任せではなくきっと戦略的にやっているのだろう。
そうすることでリドルから情報を得られればいいといったことだと思う。
「そうね。私も興味が出てきたわ。早速見せてもらおうじゃないの。その未知の魔力ってやつ」
ロアナはまあ……うん、普通に怒ってると思う。
「いいだろう。見せてやろうじゃないか。魔人の力を」
リドルはそう言うと未だ光を発し続けているもの(よくみるとそれは魔法陣であった)のなかに入っていく。
するとその瞬間、リドルの身体は黒い炎で焼かれていった。
そのなかでリドルは苦しみ喘ぎ、だがそれを自ら求めるように耐えていた。
「まだだ。もっと寄越せルドガー。お前の力を」
「ルドガーですって!!」
ロアナはリドルの呼んだ名前に反応して思わず声に出していた。
「ロアナ、知ってるの?」
「ええ、あの死体になった魔人の名前よ」
話している間に、リドルの姿は黒い炎の揺らめきと共に変容していった。
その姿はまるで旧世代の魔王を連想させるような悪魔的な二つの角や羽、そして人間では到底到達不可能な力と魔力を持った身体に仕上がっていた。
「どうだリドル、魔人と融合してみた気分は」
「最高だよゴークス。これで僕は彼女を越えた」
リドルは自分のものになった魔力を解放して見せると、発現した魔力によって部屋の屋根が飛び、城のあちこちに亀裂が入っていく。
「おっと。まだ手にしたばかりの力だけあって制御が効かないな。これは参った」
リドルが手を握りしめ、そして開くと、そこには凝縮された魔力の弾、魔弾が握られていた。
「だけど君たちを葬るのにはこれで充分だろう」
「二人とも下がって」
エルが前に出ると、リドルの放った魔弾が迫ってくる。
エルは咄嗟に剣を抜いて魔力を込め、魔弾を受けると、想像以上の威力に王室の扉ごと貫かれる。
「エル!」
「なら私がいくわ!!」
「待ったロアナ! エルがやられたんだからロアナでも無理だよ。次は……私がいく」
ララはロアナを静止させ、自分がリドルに攻め込む。
剣を抜き、風のように斬り込みが、魔人と融合したリドルには効いていないようだった。
それというのも、リドルの身体は斬られた先から傷が治癒され、跡形もなく消えてしまうからだった。
リドルは剣を防がずともララの攻撃を無力化できているようなものだ。
リドルはなんどか斬られたあとに、また手に凝縮弾を握ると、ララの身体の胸の辺りに押し付けるようにしてエル同様にふきとばす。
ララは壁に打ち付けられ、衝撃により倒れ込んだ。
リドルは最後の一人となったロアナに目を向けた。
ゆっくりとリドルはロアナとの距離を縮めていくと、さすがのロアナも力の差を理解せざる終えない。
自分の危機を悟ったのである。
そのときロアナの身体は、足先から凍りついていくように寒さを感じ、動かなくなった。
身体が動かない。この寒さはなんだ。
ロアナは経験したことのない自分の身体の状態に更に焦りが背筋まで巡る。
だがロアナの身体は既に大半が感覚を失い、自分のものではなくなっていた。
どうしちゃったのよ私の身体。
ロアナはそんな言葉さえも発することができなくなっていた。
「怖じ気づいて声も出ないか」
リドルは左の手でロアナの首を掴み持ち上げると、腹部を目の前に吊るして右の手で凝縮弾を生み出す。
「これで終わりだ」
そのときだった。
リドルの視界にあったはずの背景が、急に別のものへと変わっていった。
「なんだこれは……歯車!?」
そこはさっきまで王室だった部屋の姿ではなく、すべてが歯車によってできた世界だった。
「どこだここは……いったいなにが起きたんだ」
リドルが動揺を隠せずに周りに視線を向けると、そこには誰もいなかった。
ゴークスも、倒したはずの二人の影形もなく、気がつけば手に持っていたはずのロアナという女も消えていた。
「これは……どういうことなんだ」
「教えてやろう」
そこで聞き覚えのある声がリドルの元に届く。
「数は少ないが覚えがあるぞ。生きていたのかルドガー」
「ここは我の世界、自分の世界、僕が作った世界だ。どうだい格好いいだろ」
心の通っていない声が、歯車の世界中に木霊するように聞こえてくる。
「どういうことだ。お前の力は私が奪ったはずだ」
そう。魔人ルドガーの力は死体となったルドガーとリドルとを融合することで、意識のあるリドルがその力を奪うといった形で魔人の力を得ることができた。
リドルはそれによってルドガーの力のすべてを得たと思っていた。
しかし、それは間違いだった。
それを宣告する無情の声が、歯車の回る速さと同じ拍の時間で告げられた。
「残念だけどそれ、半分だよ」




