五十九話、リドルの帰還
月明かりの照らす砂の道を、ゆっくりと延びていく三つの影があった。
密林のその後、魔人に連れ去られたロアナを見つけたエルとララは、ロアナ自身が返り討ちにした魔人の死体を寝袋に包んで、ロアナとともに密林から外に出た。
そして今、エルたちはバージナルまでの帰路についていた。
「今日はもうここまでにしよう」
エルは砂の影に降りていき、背負っていた魔人の死体の入った寝袋を下ろした。
「ロアナ、ほんとうにそれ持って帰るの?」
ララとロアナもエルの入っていった砂の影に降りていく。
「別にいいでしょ。ちゃんと倒したって証明も必要だし」
「でもなんか気持ち悪いじゃない。死体を運ぶなんて」
エルは寝袋を開けて魔人の死体の状態を確認する。
「やっぱりだ。腐敗が進んでない」
「変よね。昼間あれだけ暑かったのに臭いがしてこないのは。ロアナだってそう思うでしょ」
「きっと魔人だからよ。魔人って未知な部分が多い種族だから」
ロアナの言うように、魔人は謎多き種族だ。
魔人は魔物とも人とも違う。性質そのものが違う存在だというのに、その数多持つ魔物としての性質と人間の性質の二つを併せ持つ存在だ。魔力も表と裏、二つの性質を持った魔力を持っていて、生物としては世界で初めての存在でもある。
故に魔人は希少種とされている。
魔人は数は少ないが確かに存在し、ナグールのように目撃されたときは、大概がなにかしらの問題を起こしていることが多い。
エルフ族のような精霊の種族などもそういう意味では彼らと近い部類だ。
「そうだけど、エルフでも死ねば肉体は腐敗するし、精霊なら浄化されて土に還るのよ」
「魔物も同じのはずなのに、どうしてこの魔人の死体は腐敗しないんだろう」
人とも魔物とも違う。やはりもっと別のなにかなのだろう。
そんな謎の多き魔人を横に、僕たちはまた砂漠の夜を越える。
次の日、僕たちは砂漠を進んでいると、背後からつけられている気配を感じるようになった。
気配は三つ、それも尾行されて少し経ったころから気づいたことだが、その魔力の気配は密林で出会った防人騎士団と名乗っていた三人のものだった。
あのとき感じたきな臭さがここでまた匂い立ってくるのを感じた。
エルはそう感じると、前を歩くララとロアナの横にいって歩幅を合わせて視線を送る。
当然のように理解していた二人が、首を小さく降って僕に返事を返してくる。
流石である。ララはともかくとして、ロアナも教会組織に雇われているだけはあるということだろう。
「じゃあいこうか」
横にいる二人にも伝わるように声を張ってそう言った。
僕はその一言を合図として振り返る。
二人も立ち止まって、エルの言葉に合わせて振り返った。
振り返るなり、エル一呼吸おいてから余裕のある様子を見せながら口を開く。
「もういいんじゃないですか? そろそろ僕たちをつけてる理由を話してください」
エルがなにもない砂漠の彼方を見つめてそう言葉を投げ掛けると、まるでその景色の一部が歪んでいくように彼ら三人が姿を現した。
「変色の魔法。ユルドールト大陸に伝わる隠密に使われる魔法ね」
ララが知っている魔法だったようだ。そう解説してくれる。
「へぇ、おもしろい魔法じゃない。私もせっかくだから覚えてからハイアリンに帰ろっかな」
ロアナも軽口を叩く。
そう口々に言葉を発するエルたち三人に、無言の男三人は言葉を返すこともなく歩を一歩一歩伸ばして近づいてくる。
「話す気はないと受け取っていい……ということだね」
「久しぶりの戦闘ね! 腕がなるわ!」
「ロアナ、油断しないでね」
「大丈夫よ。ララがいるんだから負けるわけないじゃない」
そう言葉を交わしている僕たちに向かって、構わず白服の背の高い男は魔法を唱え、球体となった火炎の弾を飛ばしてきた。
「うえぇ~あぶなっ!!」
ロアナが話していたところに虚を突くように放たれた火炎弾を、ロアナはすんでのところで回避する。
「だから言ったじゃない」
ララははぁとため息をつく。
「よくもやってくれたわね!!」
ロアナはシルバーグローリーを抜いて応戦する。
「聞いてないし……」
ロアナは戦闘になると熱くなるタイプらしく、頭に血が上っていて誰の声も届きそうにない。
「オラオラオラオラァ~」
ロアナ一人で三人の動きを止める。
だが、それもシルバーグローリーの弾が無くなるまでの間だ。
弾が切れると、男たちは反撃に移る。
「あっ……やばっ……」
その瞬間、剣や鎧を纏った男二人のうちの一人にロアナは反撃を受けそうになるが、そこにララが割り込んで一閃を稲妻のごとき速さで鎧の男に打ち込む。
「うっ……」
そう声を上げると、鎧の男は気を失って倒れた。
エルも残りの二人を相手に土魔法で足元に流砂を作り、動きを封じたところを剣で峰打ちを決め、気を失った三人を拘束する。
その後、目を覚ました三人に話しを聞いても、なにも話そうとしなかったので、「連れていくのも面倒だからこのまま置いていきましょう」と、 そう提案するロアナの意見を聞き入れ、僕たちは不穏な気配を感じながらバージナルへ急いだ。
道中に人の気配はなく、バージナルに近づいているのにも関わらず、行商人や冒険者などの一行に出会うこともなかった。
バージナルに着くと、感じていた予感が的中する。
僕たちが旅立ったときのバージナルの空気とは一変して様変わりしていた。
まず入口の門に検問の兵が四人も立っていた。
普段であれば、バージナルの門は人通りが自由で、安穏としたバージナルの町の住人たちと、その町の有り様と同じような気安さがあった。
だがあの閉じられた門と、見張りの兵を見ていると、バージナルから拒まれてしまったようで近づきがたい。
この変わり様で、ロアナだけではなく、エルもララも同様に、変化したことの意味に気づいた 。
バージナルに、リドルが帰ってきたのだと。




