五話、夢喰い
〈バグ〉夢喰いとも呼ばれている五大魔王が生み出した特殊な能力を持つ魔物だ。
ユメイルで起こった集団睡眠事件の犯人はそいつではないかという話しが人々の間で噂になっていた。
バグは人の夢を食べるとともに、その魂も食べてしまう。そうなると、人は抜け殻の状態になり、二度と目を覚ますことはない。
ユメイルでは大半の人間が眠ったままだ。
最愛の人や家族を失った人、友人を失った人たちが、どうすることもできず悲しみに打ちひしがれていた。
僕もそのうちのひとりだった。幸せという尊い時間は、夢のごとく霧散してしまった。
眠ったままの二人の顔をなんど覗き込んだかわからない。どれだけ待とうと、彼女たちは戻ってはこなかった。
それから半年後、僕はユメイルで勝負する毎日に明け暮れていた。
ククとミリアはユメイルの公共の診療所に預けている。眠ってしまった人たちはまだ生きてはいるが、いつ空っぽの抜け殻に変わってしまうかわからない状態だ。既に希望は失われてしまっているが、生きている間は無下にはできないとして、延命処置は継続されている。
「戦うことに意味があるんだ。戦わずして勝利はない」
エルは手に掴んだゴールドで交換した紙幣を光を放つ箱に突っ込む。すると、数十枚のメダルが光る箱から落ちてくる。
エルはメダルを三枚ベットしてレバーを叩く。すると箱のなかのリールが回転する。軽快な音とともに箱に搭載されたエキショウモニターという魔法のガラスに映像が映し出される。
「こい、こい、やった! チャンスだ!」
燃えるような音の後にチャンスが巡ってくる。
「激アツと申したか」
当たる演出が来た。さあここからが勝負どころだ。
そして見事に第一関門を突破する。幸先のいいスタートだった。
角笛の音が店内に響き渡る。
「アスタリスクタイム!!」
キター。アスタリスクタイムだ。
今日は勝つぞぅ。
追憶の刻というゲームゾーンに突入する。 ここで勝てば、次のゲームやチャンスに結び付くのだ。
「いけぇ~天生!!」
だが、天生は剣之助に負ける。
「クソ、なぜだ天生。能力は最強なのに」
アスタリスクタイムはあっけなく終わってしてしまった。幸先のいいスタートを切ったはずが、最後は泥沼化し、負けに負けた。
「このクソ台が!」
エルは箱を叩きつけて店を出る。
「飲まなきゃやってらんないよ」
エルは夜の勝負に負けると、宿屋の近くの酒場で酒を飲み、よろよろになって帰るという日々を繰り返していた。
「帰ったよ」
「エル、また飲んで帰ってきたの? 飲み過ぎは身体に毒よ」
「いいんだよマシェエラ、僕はどうせダメ勇者なんだ。仲間ひとり守れないクズ野郎なのさ」
「それはエルのせいじゃないわ。運が悪かっただけ」
運が悪かったで済ませられたらどれだけ幸せか。
言葉にしたかったが、エルはそれをぐっと自分のなかに飲み込んだ。
こんなことをマシェエラに言ったところでなにが変わるわけでもない。自分の不甲斐なさのせいで、僕は大切な仲間を死なせてしまったようなものなのだから。
僕を仲間に選んでくれた。お母さん以外に唯一僕を認めてくれた二人を失なってしまったのだ。
それは僕の身体の一部を失ったのとなにも変わりなかった。
「もう寝るよ。お休み」
僕はベットに横になる。
「あら、今日はしなくていいの?」
「なんのこと?」
マシェエラが身に覚えのないことを言ってくる。
「わ・た・しと、き・も・ち・い・いこと」
「そっそそそんなこと、したことないでしょ!!からかわないでよ」
「ごめんごめん、エルって反応おもしろいから。からかいたくなるの」
「もう!」
そういえば、前はククとミリアにもこんな感じでからかわれてたな。僕って女の子にもからかわれやすいんだろうな。やっぱりダメ勇者だ。
ふと、半年前のことを思い出してしまう。あまり思い出したくはなかったけど。
「マシェエラももう寝なよ」
「そうね、明日の日銭も稼がないといけないしね」
マシェエラはそう言ってなぜか僕のベットに入ってくる。
「ちょっと! マシェエラ!?」
僕はそれに対してやめるように言おうとすると、先にマシェエラが僕にこう言ってきた。
「ごめんエル。今日は、あの日のときみたいに一緒に寝せて」
あの日。マシェエラにとってのあの日とは、僕が彼女を拾った日のことだろう。