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五十話、新店員ララ



商売をしている人たちの朝は早い。


仕入れ、仕込みから店の開店準備に追われ、あっという間に時間は過ぎていく。


マシェエラの営む喫茶店は、今日も客が開店前から外に並び、その店の珍しさに殺到し、賑わいを見せていた。


今日も慌ただしい一日が始まる。


もはや専属の従業員さながらなミリアとククは、お客さんへの対応も手馴れてきている。


捌く数は始めた頃よりは多くなってきているが、やはり一人辺りが捌ける数には限界がある。


今日は厨房の方をエルに任せる予定だが、最初のうちはマシェエラも心配なのでついて様子を見ることにしていた。


忙しさが増すなか、客に混じって入ってきた女の子が、厨房の奥に入ってきて声を掛ける。


「あのすいません。エルくんいますか?」


声を聞いて、待ち望んでいたというように厨房にいたエルとマシェエラはその声の主に顔を見せる。


「よかった。来てくれたんだね」


エルが声を掛けると、ララは店内の客の数を見て不安そうに言う。


「凄い賑わいだね。大丈夫かな……」


「最初だから気負わなくても大丈夫よ。少しずつ覚えていってくれればいいから」


マシェエラがララに優しくそう諭す。


「あなたが店主のマシェエラさんですか?」


「そうよ。エルから話しは聞いてるわ。今日からよろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


「じゃあララちゃんは奥の部屋に来て」


マシェエラはララを連れて奥の部屋に入っていった。


奥の部屋は基本的に休憩などに使っている部屋だ。ララは今日から店員として店に出てもらうことになる。つまり、店員用の服装に変える必要があるので、着替えに連れていったのだ。


少しして部屋から出てくると、ララは店の衣装に身を包んでいた。


ミリアやククと同じような服装に、一部分だけ特色のあるララ専用の衣装だ。


「私のだけ脚に線が入ってる!」


「うん! いいわね。ララちゃんは脚が綺麗だから余計引き立ってるわ」


ララは自分の身なりをくるくると身体を捻りながら見回す。


ララの目がキラキラしている。かなり気に入っているようだ。


「これで集客間違いなし!!」


マシェエラの目に火が灯る。そして握り拳。


商売人の目だ……。


「ララちゃん、そろそろいくわよ」


その後、一通りの仕事の流れを説明すると、いよいよ実践というようにマシェエラとララは店に出ていった。


「エル、これ注文!! 置いとくよ」


「エル~、ブレンドまだできてないの~」


「エル、玉子トーストとブレンドお願いね」


その後次々とくる注文を捌くうちに、気がつけば閉店の時間を迎えていた。


エルも目の前の仕事に集中していたので、ララの仕事をしているところに目線を移す暇がなかった。後で聞いた話だと、ララは思った以上に器用に立ち回っていたらしい。


途中からはミリアやククよりも余裕が出てきて、楽しんでやっていたようだ。


見た目は種族がエルフだけあって、ミリアやククと申し分ないくらい端麗な容姿をしているので、お客さんにも好印象と優秀な働きをしてくれたみたいだ。


「はあぁ~楽しかった~」


ララは身体を伸ばしながら声を上げる。


「ララさん凄いね。私感心しちゃった」


「ほんとだよね~。ララが来てくれたおかげでボクたち助かっちゃったよ~」


ククやミリアともこの短時間でそれなりに打ち解けている。この様子ならこのままここで仕事をしてもらっても大丈夫そうだ。


「エル、今日はもういいからララちゃんを送っていってあげて」


「うん!」


それからエルはララが帰る支度を終えるのを待って一緒に店を出た。


帰り道にあの橋の上を通ると、ララはまたいつものように自分の特等席に座り込んだ。


ララが僕に視線を向けてくる。横に座れということだろう。


僕はその視線に応えて隣に座わる。


「今日は楽しかったぁ。また明日からよろしくね」


「こちらこそ助かったよ。ララが来てくれてよかった」


僕がそう言い返すと、ララは僕の顔を覗き込んでくる。


「なんか気になるんだよなぁ」


ララはそう言って視線を外す。


なんだ……どうしたんだろう。


今のララの行動の意味がエルにはよくわかっていなかったが、元々女の子の行動の意味がわかるような器用な人間じゃないことを自負していたので、気にしないことにした。


「あの三人がエルの話しに出てた仲間の人たちなんだよね?」


「うん、そうだよ」


「みんな可愛かったなぁ。エルは見た目は冴えないけど、隅に置けない系統の子だよね」


「系統って……」


「じゃあ隅に置けない……けい?」


「なんか変じゃない?」


「でも使いやすくない? 隅に置けない系」


自分で開発した言葉を何度か口ずさみ、しっくりきたのか、とても気に入ったようだった。


「じゃあ今日からエルは隅に置けない系男の子だね」


「複雑な系統だね……。そういう風にわけていったら限りなくありそうなくらいだ」


「これおもしろいね。もっと増やしたい!!」


「ララ、なんかいつもより楽しそうだ」


「だって知り合いも増えたし、新しい体験もできたから」


ララは一呼吸おくと、僕の顔を見つめて言葉を続けた。


「それもこれも、エルと会えたおかげだよ」


そう言ってララは微笑んだ。


ララのそんな仕草に一瞬ドキリとさせられる。


エルはなぜか不意に目を逸らしていた。


「もう遅いし、今日はいっぱい仕事したから、エルの話しはまた次の機会にしておくね」


「……うん」


気がつくと日が落ちていて、辺りは暗くなってきていた。


今日は仕事帰りに寄ったからだろう。時間が経つのが早く感じる。


ララは帰り際に手を振って、エルが手を振り返したのを見てから、やがて橋の向こう側へ見えなくなっていった。


エルは音だけが聞こえてくる夜の海の波の音に耳を傾けながら、身体が少し冷えるまでそこで佇んでいた。





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