三話、ミリア
ミリアは絶望の淵にいた。
仲間だと思っていたハラートたちは先に逃げ出してしまった。
私は囮にされたのだ。
運が悪かった。
自分の力不足だった。
ミスをしてしまった。
いろんな後悔が目まぐるしく頭のなかを掻き乱していく。
誰の助けも来ない。
信じていた仲間たちにも見捨てられた。
自分が死ぬのがわかった。目の前のゴーレムがその訪れなのだと悟った。
その瞬間、心が落ち着いていくのがわかった
そしてそれは――――諦めなのだと――――。
希望はない。
ミリアは思った。
次に人として産まれることがあったら、今度は誰にも頼らずに生きよう。
ひとりでも生きていけるように――――。
誰に裏切られてもいいように――――。
不意にあの能天気なダメダメな幼馴染の男の子のことが脳裏を過った。
どうしてなのかはわからない。
でもこんなとき、エルだったら――――。
「ミリア、僕の手を取って」
現実か虚構か。だが、ミリアにはその声がはっきりと聞こえた。
そして、その手はミリアの手を強引に奪い取ると、ミリアの手を強く握って走り出した。
向かっているのは炭鉱の入口だった。後ろからゴーレムの攻撃がきていたが、それをサキュバスのあの子が防いで、気を反らしてくれていた。
エルがミリアを抱えて炭鉱の入口に飛び込んで奥にミリアを下ろすと、また入口に向かっていってサキュバスの子に逃げるように指示を出していた。
そのあとすぐにミリアは窮地を脱したことによる疲れで気を失った。目が覚めたのはそれから二時間ほどの時間が過ぎたあとだった。
「ミリア、大丈夫?」
目を覚ますと、そこにエルの顔があった。
「助けてくれたんだ」
「ちょうど通りすがってね」
「それ嘘でしょ。エル、今日はやめとくって言ってたじゃん」
「欲しい素材があったから探してたんだよ。そしたらミリアがゴーレムに襲われてたから――――」
エルが話している途中で、ミリアはエルに抱きついた。
どうしても抑えられなかった。さっきまでの死の気配がまだ身体にまとわりついていた。そんな恐怖心から人のぬくもりを求めていた。
「エル、ありがとう。助けてくれて。だから、もう少しだけ……このままでいさせて」
「うん、わかった。ミリアが落ち着くまで、こうしててあげるから」
それからしばらくして気持ちの落ち着いたミリアは顔を赤くしていたが、気持ちを瞬時に切り替えて話し始めた。
「私、エルがどうして勇者続けてるのかなんとなくわかった」
「えっ!?」
唐突にそんなことを言ってくるミリアにエルは驚く。
「エルは弱くてダメダメだけど、勇者として大切なもの、持ってるよね」
「はは、ありがとう。なんか、ミリアには初めて誉められたような気がする」
「そうだったっけ。でもエル、いいとこ結構あると思う。まずは顔が可愛いでしょ。声も高くて可愛いでしょ」
「なんか褒められてるように感じないんだけど……」
「私的には褒めえてるんだけど」
ミリアは不満そうに言う。
「それより、ここから脱出しないと。入ってきたところは危険だから、他のとこを探そう」
「そうね。エルを弄るのは無事に帰ってからにする」
「お手柔らかにね」
エルはそう言って微笑んでみせた。
炭鉱のなかは意外にも広く、迷路のようにいりくんでいた。どうやら至るところに出入口があるようだ。
「ねぇ、どこにつながってるかわかってるの?」
「わかんない」
「大丈夫なの?」
「なんとかなるよ。外にはククもいるし」
「ふうん、そのククってサキュバスの子よね。結構信頼してるみたいだけど、どこまでやったの?」
いやな言い方をしてくるなぁ。
「どこまでって、なにもしてないよ」
「でもサキュバスを連れてるなんて、いずれそういうことしようと思ってたんでしょ」
やはり誤解を生んでしまっているようだった。
「違うよ。最初は敵だったんだけど、途中で襲ってきたトロールから助けたら、なんだかんだあって契約させられてたんだ」
「ふぅん」
今の声色だと半信半疑って感じだな。
「エルって昔から巻き込まれ体質だけど、今もそうなんだ」
「あははは……」
否定できないな。
「でも、契約したってことは対価を払ってるんでしょ。ってことはエナジードレインさせてあげてるのは間違いないよね」
「それは……ちょっと指を舐めさせてあげてる……かな」
「ふうん、ねぇ……私もしてあげよっか」
ミリアが吐息を漏らすように言う。
いつかのククのような、蠱惑的な雰囲気が漂う。
「エルのしたいことなんでも。助けてもらったお礼に、してあげても……いいよ」
「ぼぼ僕は別にそんなことのために助けたわけじゃ――」
「そんなこと! エルは私になんか興味ないって言いたいんだ。さっきから私の胸とへそばかり見てるくせに」
なぜかミリアが怒ってくる。なんで!? どうして!?
そう思いながらも、ミリアのゴーレムとの戦闘で破れた服の隙間からちらちらと覗かせている胸とへそに無意識に視線がいっていた。理解していても男としての性には逆らえないようだ。
見てるから怒ってるってことだよね。だったら謝っておこう。
「それは……ごめん」
「なんで謝るのよ。私は別に気にしてない。気にしてたら殴ってる」
「そうなんだ……」
危うく殴られるところだった。
怒ってないのか。やっぱり女の子は難しい。
「じゃあサキュバスの子とはなにもないんだ」
「ないよ。あるわけないでしょ」
「そっか。良かった」
「なにが?」
「こっちの話し」
よくわからない。女の子って昔からよくわからないんだよな。
そんなこんな話しをして歩いているうちに出口を見つける。
炭鉱を出ると、外にはククがいて僕たちを待っていた。
「よくわかったね。僕たちがここから来るって」
「ボクとエルは契約で繋がってるからね~。わかるんだよ~」
僕にはわからないんだけどなあ。ということはもしかして僕にもククを感知できるのかな。
それはさておいて、今はサントリオに戻るのが先決だ。だが、外は既に闇が支配ている。視界はなく、魔物に有利な時間になっていた。
「今日はここに泊まるしかないね。外は危ないし。炭鉱の方が光苔が生えているおかげで明るいから安全だ」
「エルはボクとそこの子とすぐにでもしたいんだね~」
「だからなんで僕がそういうことしたいって方向に話しが進むんだよ」
「嫌~?」
「ノーコメント」
嫌だっていうのは二人に失礼だからね。
「ならもうどうせ暇だし。ククちゃんだっけ? いろいろ話し聞かせてよ。ガールズトークしよっ」
「ガールズトーク~? なにそれおもしろそう~」
二人が話しを始めたところで、男子としてあまり聞きたくなかったので、僕はひとり炭鉱の奥で身を休ませることにした。そして、気がつけば朝を迎えていた。
二人のいるところに向かうと、二人は並んで眠っていた。どうやら昨夜のガールズトークで交友を深めることができたらしい。
良かったねクク。初めての友達ができて。
ククの寝顔が微笑ましく思う。
さて、そろそろ帰ろうか。
僕は二人を起こして帰路についた。不思議とゴーレムは現れず、穏やかな日の到来を風が呼び込んでいた。