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三十四話、シュキリナの物語、終幕



目覚めると見知らぬ部屋だった。


昨夜飲み過ぎたせいか頭がズキズキと痛い。


寝ぼけ眼で凝らして見ると、私はどこかの部屋の床で寝ていたようだった。


「やっと目が覚めた」


後ろの方から声が聞こえてくる。聞き覚えのある声だ。


私が身体を起こして振り返ると、テーブルと椅子、そしてそこには見覚えのある二人が座っていた。


「あなたたち、確か昨日の…………」


「あなた確か、シュキリナって名前だったわよね」


「うん、そうだけど。私どうしてここに?」


「多分、意気投合したククが連れて帰ってきちゃったんだと思う」


「ごめんなさいね」


そう二人は言う。


そう言われればそんな子がいたような。


シュキリナは周りを見ると、気持ち良さそうに寝息を立てている同族が一匹。


シュキリナはその顔を見てすべてを思い出した。


「いや、私が飲ませちゃったせいじゃんこれ。私こそごめんね」


「ふうん、あなたいい人だね。気に入った。私ミリア、よろしく」


「私はマシェエラ。シュキリナは朝食どうする?」


「いただいちゃおうかな」


そして、隣で寝ていたククを起こして、私は朝食にありついた。


それから少しして、朝食を食べ終わる頃、シュキリナは大切なことに気づく。


「こんなことしてる場合じゃなかった!! セレスに会いにいかないと」


シュキリナは勢いよく立ち上がり、部屋を出ていこうとする。


「セレスってシュキリナのパートナーとかいう人?」


ミリアが問いかけると、シュキリナは頷く。


「そう!! 早くいかなきゃ。セレスが帰っちゃう」


「えっ!? 昨日今日の話しだったの」


「わかんない。だから焦ってるの」


そう言うと、シュキリナは部屋を飛び出していった。


「いこうよミリア」


そう言い出したのはククだった。


「ん~でも人の恋路に水を差すのは気が引けるなぁ」


とは表面上言うが、ミリアとしては興味があった。


「そうね。気にはなるけど、それはシュキリナの問題だから」


「じゃあ私だけいってくるね。二人は留守番しててね~」


そう言ってククはシュキリナを追いかけていく。


「どうする? マシェエラ。クク、行っちゃったよ」


「変なことにならないか心配だし……私たちも行きましょうか」


そして結局、野次馬のごとく三人はシュキリナを追うことにしたのだった。


場面は変わり、シュキリナはセレスの住む自分の部屋に向かっていた。


頭のなかでは嫌な妄想が生まれてくるばかりで、気持ちに焦りが募っていく。


早くしないとセレスが帰っちゃう。いや、もう既に帰ってしまっているかも。


ここは人間にとって、帰ろうと思えばすぐに帰れる場所。だが普通の人間は一度帰ると二度と戻ってくることはできない。


外にある転移門に向かっているかも。それともまだ部屋にいてくれてるか。わからない……わからない。わからない。


そのとき前から不安の源となる存在がこっちに向かって歩いてくる。


彼の表情はなんてことない様子で、こっちがどれほど心を痛めているかなんて知りもしないといった感じだった。


「セレス!! まだ帰っちゃってなかったんだ。よかったぁ」


「僕も探したよシュキリナ。帰る前に会えてよかった」


「……やっぱり、帰るつもりなんだ。」


「ごめん、僕は君のパートナーとしてここにずっといてあげることはできないんだ」


「どうしてよ。私たち、あんなに愛し合ってたじゃない。どうして急にそんなこと言い出すの」


「気づいちゃったんだよ。このままじゃいられない。目を背け続けたって、いづれきっとそのときがやってくるんだって。だから、僕は自分の世界に帰ることにしたんだ」


「意味わかんないよ。セレスは私のこと本当は愛してくれてなかったんだ。だからそんなことが言えるんだよ」


「そんなわけないじゃないか!! 僕がどれだけ……どれだけ悩んだか。でも、僕はウィード家の跡取りだ。僕は自分の家族を見捨てることなんてできない」


「セレスのバカ!! もうどこにでも行っちゃえばいいんだ」


シュキリナはそう言ってまた逃げ去っていった。


「待ってシュキリナ」


セレスは声を上げるが、心が拒絶しているシュキリナには届いていなかった。


「また……君は逃げるのかい」


そんな一部始終を遠くの角から見守る三つの影があった。


「凄いね~」


「修羅場ってた」


「若いわねぇ」


「あんたも十分若いでしょうが」


ミリアがマシェエラに突っ込みを入れる。


「それでどうする? この状況、このままじゃまずいんじゃない?」


ミリアにそう言われて、マシェエラは少し考えてから答える。


「彼のは私が抑えておくから、ミリアとククは彼女の方に行って」


「わかった」


「りょ~かい」


そして三人はそれぞれの方向に向かった。


走り去ったシュキリナは、顔を涙で濡らしながら街のなかをポツリポツリと歩いていた。


すると、前から来たサキュバスに声を掛けられる。


「あれ? シュキリナ? シュキリナじゃない」


そう声を掛けてきたのは二人組のサキュバスだった。シュキリナにとっては昔からの顔馴染みだ。


「あんたどうしたのよ。そんな顔して」


「ちょっとね……」


「ちょっとてなによ。どうせまた彼氏に逃げられたんでしょ。噂になってるわよ」


「いい加減チャームすればいいのに」


ほんとうはこんなところを彼女たちには見られたくなかった。彼女たちのような人を餌さとしか思っていないようなサキュバスには……。


「夢物語みたいな恋愛をしたいのはわかるけど、現実見なよ。私たちはサキュバス。人に夢を見せて魅了して虜にする。魔性の生物なんだから」


「自ら捨てることはあっても、捨てられることなんてない。あんたもチャームすれば、欲しい男は全部あんたのものなんだよ」


そのときのシュキリナには普段軽く流していた彼女たちの言葉が心の隙間から入り込んでくるように感じた。


セレス……セレスが私のものに……。


今までもずっとそうだった。私は欲しいものがずっと手に入らずにいる。それはすべて、自分の拘りによるものだ。


チャームさえすれば。チャームしてしまえば、私の欲しいものは簡単に手に入るんだ。


ああ、セレス……セレス。私はあなたが欲しい。この止めるれない情欲は、あなたにしか止めることができないというのに。


どうして……どうしてなのセレス。いかないで。私を独りにしないで。


独りになるくらいなら……一層、私はあなたを…………。


そのとき、誰かが横から手を伸ばして、シュキリナの肩を掴んだ。


「駄目よ。それでは……あなたの本当に欲しいものは……手に入らない」


そうシュキリナに言う少女は、最近知り合ったばかりの翠色の髪をしたサキュバスだった。


「クク?」


後にいるミリアが、いつもと様子の違っているククに動揺した声を漏らす。


「それは本能ではないわ。あなたの欲望声。履き違えてはならない」


シュキリナははっとして我に返った。


「そう……そうね。私はチャームなんて使わない。チャームに頼らなくたって、私を好きになってくれる人が必ずいるはずだもの」


シュキリナはそう言って揺れた心を落ち着かせる。


「理解できないね。自分から険しい道のりを選ぶなんて。まあ、精々足掻けばいいよ」


そう言って、二人組のサキュバスは通り過ぎていく。


「そうする」


シュキリナは二人組ののサキュバスにそう返してからククとミリアの方に顔を向ける。


「ありがとうクク。お陰で助かった」


「ん? どうかしたの~」


いつの間にか、さっきまでの成熟した威厳ある雰囲気はどこかに消え、いつも通りのククに戻っていた。


「さっきのクク、凄い格好よかったよ」


ミリアがそういってククを褒める。


「??」


ククの頭にはてなが二つ並んでいた。


「ほんとに覚えてないの?」


シュキリナが尋ねるとククは頷く。


「まあいいや。それよりシュキリナ、おちついたのなら早くセレスのところに行ったほうがいいよ」


「でも……まだ私…………」


心の整理がついてない。


「わかるけどさ。セレスと会えるうちにちゃんと話しておかないと絶対後悔するよ」


「大丈夫だよ~。今のシュキリナなら、ちゃんと受け止められるはずだから」


二人が励ましてくれている。昨日初めて会ったばかりだっていうのに、なんてお節介な人たちだとシュキリナは思った。


「うん、ありがとう。二人とも」


そしてシュキリナは急いでワイプリズンの外にある転移門に向かった。


転移門の前にセレスはいた。もう彼は帰ってしまうつもりのようだ。


それがわかったとき、シュキリナは声を上げずにはいられなかった。


「待ってセレス」


セレスは門の前で振り返る。


シュキリナはサキュバスの羽を閉じて下に着地すると、セレスに駆け寄った。


「シュキリナ、最後に会えてよかったよ」


「セレス、ほんとうに行ってしまうの?」


「仕方がないんだ。僕は僕の大切なものを捨てられないから」


「意気地無し」


そのとき、シュキリナの本能が不意にシュキリナを支配した。


セレスの身体に抱きつき、首に手を回して、強引に唇を奪おうとした。


シュキリナは無意識にチャームを発動していた。


駄目――――それではあなたの本当に欲しいものは手に入らない。


唇を奪う寸前で動きが止まる。


あのときの言葉にまた助けられた。


そんなサキュバスとしての衝動に駆られたシュキリナを見て、セレスは最後になる言葉をシュキリナに言った。


「ごめん、でも……僕は君のことが好きだ。だから、君を好きなままいかせて欲しい」


シュキリナは止まった。


セレスから数歩下がって背を向ける。


「酷いよ。そんな……そんなこと言われたら私、あなたを奪えないじゃない」


そして振り返って、シュキリナはセレスに最後の言葉を言った。


「ごめんね……我が儘ばかり言って。でもありがとう。楽しかったよ」


いつの間にか転移門の陣のなかに入っていたセレスは消える寸前になにか言葉を発していたが、それは転移の光となって消えていった。


最後の瞬間を見届けていたミリアとククとマシェエラは、失恋したシュキリナとともにまたあの酒場に足を運ぶのだった。


「今日は私たちが奢るよ。朝まで付き合うよ」


「ありがとう。みんな」


そして独りのサキュバスの失恋の物語が終わりを迎えたのだった。





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