三十一話、空白の合間に
エルが魔王キュティレイの地下帝国で修行を積んでいるころ、エルと別れた仲間たちもそれぞれ新しい展開を迎えていた。
まずはエルがサキュバス島のサキュバスの国ワイプリズンに残してきた三人の話から始めよう。
そしてそのためには時間を少し遡ることになる。
エルがワイプリズンから旅立ったあとのことだった。数時間後クイーンサキュバスのリリスによって、残された三人のうち寝たきりのククを除いたミリアとマシェエラは、ことの経緯について説明を受けた。
「と、言うことで君たちはエル君に置いてかれちゃったってわけ」
「そんな……」
「一人で危険なところにいくなんて……薄々思ってたけどやっぱりエルは馬鹿だね」
そう言ってミリアは部屋を出ていこうとする。
「どこにいくつもり?」
リリスがミリアに問う。
「決まってんじゃん。エルのところにだよ」
「今いっても足手まといになるだけだよ。やめといたほうがいい」
リリスにそう言われて、ミリアは意地を張るように強気で言葉を返す。
「やってみなきゃわかんないじゃん」
「やってみなくてもわかるんだよ人間君。魔王同士の戦いに普通の人間が割り込んでも、それは蟻が足元でちょこまかと動き回っているのと対して変わりないのさ」
「私も一応勇者だよ」
「その一応な勇者君程度の力では話しにならないと言っているんだよ。いい加減理解してくれないとワイプリズンの色欲館に放り込んで立派な売女にしちゃうよ」
リリスの威圧に気圧されて、ミリアはこれ以上の反論を許されず口をつぐむ。
ミリアもわかってはいるのだ。自分の力ではどうにもならないことが。自分が一緒に着いていっていたとしても、エルの助けにはなれなかったということが。そしてそれが、なにより悔しくて仕方なかった。
「さて、これから私はククちゃんの治療を始めようと思ってるんだけど、君たちはどうする?」
「どうするって、ここにいちゃいけないんですか?」
マシェエラは疑問に思いリリスに聞く。
「危ないから外に出てることをオススメするよ。だからって街の外は出ないでね。君たちのことはエル君から任されてるからちゃんと保護してなきゃいけないし」
そう言うリリスの口調が少し急いでいるように見えた。
結局よくわからないまま、マシェエラとミリアは外に出されることになった。
「街のなかなら好きに観光してくれて構わないからね。よく目を凝らして見れば女の子として興味深いものが色々と見られると思うよ!」
私たちを送り出したリリスは、にやりと意味深くそう笑った。
そして私たちは、最初はただどこに行き先もないまま、ワイプリズンの街をぶらついていた。
この街はいつも明るく空は暗い。夜が永遠と続いているようなところだった。
だからなのか、こんな早い時間だというのに、夜の街に活気がある。
マシェエラがミリアの肩を叩いてある場所を指差す。
「あそこ、入ってみない?」
マシェエラが指差す先にあるそこは、お酒を飲む店のようだった。
「えっ!? でも私、まだ飲んだことないんだよね」
成人して勇者生活を始めてから、一息つく暇もあまりない日々が続いていたせいもあってか、ミリアはまだ一度も嗜んだことはなかった。
「だったらいい機会じゃない。しばらくはここにいなきゃいけないみたいだし、ミリアも今できることは今のうちにしておくべきよ」
そう進められたミリアは確かにそうかもと納得してマシェエラとその店に入った。
「いらっしゃいませ」
どこか特徴的な白と黒の服装をした中年の男がそう言って私たちを迎えた。
「おや? お姉さん方、あまり見ない顔ですね。夢魔でもないようですし、もしかして訳ありですか?」
二人はカウンターの席に座って一息つく。
「訳ありと言えば訳ありなんだけど、マスター、それを言ったらあなたもそうなんじゃない? ここで人間の男の人を見るのは、私は初めてなんだけど」
マシェエラがマスターにそう言葉を返した。
「これは失礼しました。私も久しぶりに人間の女性に会えたのでつい気持ちが高まってしまったのです。申し訳ない」
「気にしてないわマスター。それよりどこか私たちが行って楽しめるようなところはない? 私たち、ここに来て日が浅いからどこに行っていいかわからないのよね」
「そうですか。そうですね……どこも人間の女性が観光でいくには目のやり場に困るようなところばかりですからな。さて、どこをお薦めしていいやら」
マスターは顎に手をやって考え出した。
「いいよマシェエラ、今日はここで時間潰して帰ろうよ」
ミリアがため息混じりにマシェエラに言う。
「でも勿体ないじゃない。せっかく暇な時間があるんだから」
「お詫びといってはなんですが、とある男の昔話でも聞いていかれませんか。それを話し終えるまでの間に、どこにいかれるか考えておけばいいかと」
「どうする?」
ミリアはマシェエラに視線を向ける。
二人とも決めかねていると、マスターは二人のカウンターにサービスだとでも言うように酒とつまみを置く。
「まあまあ、時間はお有りなんでしょう。だったら、一つ聞いていってくださいよ。もしかしたら、あなたたちの新しい選択肢を見つける手助けになれるかも知れないですから」
「そこまで言うのなら、一つ話してみてくれない」
「わかりました。では始めさせていただきます」
そしてマスターは語り始めた。
ある人間の男の住む村に、人を喰らう魔物が現れました。その魔物は、魔物というには人間に近しい見た目をしていて、人を惑わすほどの魅力のあるものでした。
ある夜のこと、浅い眠りに落ち始めていた男の部屋にその魔物はやってきました。そして男は魔物に対抗することもできず、その魔物の餌となってしまいました。
だがその男を大層気に入った魔物は、男を殺さずに、魔物の住む世界へと連れ帰ることにしました。
そして魔物と人間、二人の新しい生活が始まりました。
最初は新鮮な毎日でした。
男は彼女のことを次第に好きになっていき、お互いがお互いをより深く愛するのに時間はあまりかからなかった。
だが時間を経るごとにお互いの住む世界の違いが、生活のなかから顕著にみられるようになっていきました。
二人は迷いました。これからどうするべきなのかと。時には傷つけあったり、互いを想うばかりに深く悲しんだりもしました。
そして二人は今いる世界から決断を迫られていました。
ここで共に生きていくのか。それともお互いに元の生活に戻るのか。
二人は悩み、悩み抜いた果てに、自らの答えを互いに打ち明け、それが一致していたとき、この先なにがあろうとも、共に行きようと決めました。
そしてその答えが――――――。
「ここにあります」
マスターは店の壁に飾られている男と人の形をした魔物の絵を見ながら、どこか懐かしむようにそう言った。
「どうでした? 大した話しではありませんでしたが、ここからお若いお二人がなにか受け取ってもらえるものがあればと思っています」
「ごめんマスター、意外とおもしろかったけど、私にはなにを受け取ればいいのかよくわからないよ」
顔を赤くして、少し気分に弾みがついたミリアは、思いのままの感想をマスターに言った。
「焦らずともいいんですよ。あなたはまだお若い。でもこの話しからなにかを受け取ろうとしてもらえるのならば、記憶の片隅にでも残しておいてもらえれば幸いです」
「マスター、なかなか悪くない話しだったわ。今日は明日いく場所が決まるまでの間、ここで飲ませてもらうわね」
マシェエラは一口酒を呷ると、ゆっとりとした様子でマスターにそう告げた。
「贔屓にしていただきありがとうございます。心よりサービスさせていただきます」
そして、ワイプリズンの闇は、街の輝きと同色として更けていくのだった。




