二十八話、二人の魔王
魔王は悪でなければならない。
魔王はその圧倒的な魔力をもって、魔を統べるものでなければならない。
魔王はその支配力をもって大陸全土を脅かさんとする存在でなければならない。
そして――――魔王は魔の種族のなかでも、最強でなければならない。
魔を完全に支配していたかつての魔王ゾルディスの言葉だ。
今はなき彼の言葉は、彼のたった一人の娘の心を永遠と蝕む呪縛となっていた。
「お父様…………」
冷気を感じてしまうほどの殺気にも似た視線で気を失っているエルの身体をなぞる。
「そこにいるんですか……お父様」
エルは体毛のすべてがが逆立つのを感じた。
殺気を向けられたことで目は覚めていたものの、恐怖の圧力に押さえつけられていて目を開けることができなかった。
蛇に睨まれるとはこういうことを言うのだろう。
彼女は白いフリルのついた特殊な形をした鞘から、細剣とはまた違った形をした剣を抜いた。
そしてその剣を寝ているエルに向けてきた。
不穏な空気感が漂う。エルはさすがにこれはまずいと飛び起きる。
「ちょっと待った!! 起きてるよ。起きてるから剣を向けるのをやめてぇ」
エルがやめるように手を動かして言うが、彼女は聞き入れようとしない。
迷いなく剣は振り下ろされる。
エルはそれを咄嗟に躱す。
「ちょっと待ってよぅ。僕はエル、君はもしかして魔王キュティレイなの?」
「そうだけどそれがなに?」
「なにって僕はリリスと取引してここに来たんだけど、リリスからきいてないの?」
「聞いてるよ」
「だったらなんで僕に剣を向けるの?」
キュティレイは再度エルに剣を向ける。そして言った。
「あなたと戦うために呼んだからよ」
「えっ!?」
突っ込んでくるキュティの攻撃を紙一重で剣を抜いて受けるが、未だ未熟な勇者であるエルが彼女の強さに対抗できるはずもなくふっ飛んでしまう。
「くはぁっ……」
たったの一撃がエルには重く遠いものだった。故に戦いに勝機などなく、これ以上戦ったとしても、勝敗など最初から決まっている。
「ほら、立ちなさいよ。もう終わりなの? そんなもので勇者とはね……勇者の称号も地に落ちたものだわ」
そう言って白く長い髪を揺らしながら、彼女は僕に近づいてきた。
そしてまた剣を突きつける。
「あなた、諦めてるでしょ。力の差はわかりきっていて、勝つことなんて不可能。そう思ってるでしょ」
「そうだね。正直そう思ってる」
「恥を知りなさい!!」
キュティレイは僕に向かって強く叫ぶ。「あなた勇者なのでしょ!! だったら死ぬまで戦いなさいよ。巨悪の権化である魔王を目の前にして殺されるのを待ってるのは、勇者のすることじゃないわ!!」
「でも、結局勝てないなら無駄死にじゃないか」
「だったら死ぬそのときまで全力で逃げなさい!!」
エルは突き動かされるような感覚を得た。それはきっと彼女の言葉に硬い芯のようなものを感じたからだろう。
「そしてもし逃げ切ることができたなら、次対峙したときに逃げずに戦えるように努力しなさい。それが未熟なあなたにできる唯一のことじゃなくて」
キュティの言葉を聞いて、僕は目が覚めた気がした。
「そう……だね。僕が甘かったのかもしれない。準備もせず考えもせずにこんなとこにのこのこ来てたんじゃ、こんな目にあっても当然だ」
僕はゆっくりと立ち上がって、彼女に背を向ける。
「じゃあ僕は今から全力で逃げるよ」
そしてエルは駆け出した。
なにもかもを捨て去り、前だけを見て全力で走った。
そんなエルを見ながら、キュティレイは呟く。
「まあ、逃がす気なんてないけどね」
キュティレイはなんの慈悲もなく後ろからエルに高魔力弾を放った。
魔力弾はエルの身体を貫き、左胸に大きな穴を空けていた。
そこから流れ出ていく血とともにエルは倒れた。
そのときだった。
「なに!? この魔力は……」
倒れたエルの身体から魔力が漏れ出してくる。
「そんな……死んでいるはずっ――――」
キュティレイが息を呑んだことで言いかけた言葉が途中で切られる。
エルの身体から出てきた魔力が影のように形を作り、エルがそれに飲み込まれ、入れ替わるように灰色の髪の青年が現れた。
「やれやれ、手荒なお姫様だ。あれじゃあさすがにエルが可哀想だぞ」
ナハトに切り替わった。
「あなたが……例の……ようやく会えましたわね」
「俺は別にあんたに用はなかったんだかな」
「聞きたいことがあります。あなたのその姿についてです」
「ほう。エルの話しは聞かなかったくせになあ」
「あの方には話すことはありませんでしたから」
「最初から俺に用があったってことか。モテる男は辛いねぇ」
ナハトはふざけたように言う。
「私はあなたのその顔について聞きたいんです」
「顔? イケメンだって?」
「違います。真面目に聞いてください!!」
「と言われてもな。顔がどうかしたか?」
「あなたは魔王ゾルディスのことをご存じですか」
「さあな。知らねっ」
ナハトはそっぽを向いて思わせ振りに言う。
「真面目に話してください!!」
「そんなに真面目に話して欲しいってんなら、俺とゲームをしないか?」
「ゲーム……ですか?」
「簡単なことさ。さっきの戦いの続きだよ。俺が勝ったら一つ言うことをなんでも聞いてもらう。あんたの場合も同様だ。これでどうだ?」
「いいですわ。また身体に穴が空いても知りませんよ」
「決まりだな。ゲームスタートだ」
そして、二人の魔王による戦いの幕が上がった。




