二十七話、魔王の娘
リリスが僕との取引で持ちかけたのはある人物との会合だった。
「魔王キュティレイ。彼女が君に会いたがっている」
リリスからそう取引の内容を聞かされた僕は、どうするべきかと答えに詰まっているのだが、片方の自分のなかではもう既に答えは出ていた。
ただ少しでも思考をすることによって、思いもよらない相手との会合をするという決断をすることに、気持ちの余裕が欲しかったのだ。
その間、リリスはずっと僕の目を直視していた。一切瞬きをせず、持ち前の気楽そうな雰囲気も殺して、リリスは決断を迫るものとしての空気を発していた。
これに怖じけづくものもいるだろう。僕はそれをわかっているからこそ、惑わされてはいけないと思った。
これは僕の選択だ。なにが起ころうともそのあとのことは僕がすべての責任を持たなきゃいけないんだ。
エルは意思を強く持って、答えを口にした。
「会うよ。だからククを助けてあげて欲しい」
「本当にそれでいいんだね」
リリスが確認するように聞いてくる。
「うん」
「わかった。じゃあ明日の朝迎えにいくから、今日はもう部屋に戻って休んでいいよ」
話は終わり、部屋を出ていこうとすると、最後に後ろからリリスに声を掛けられる。
「君は目はいいようだけど、耳は悪いようだね」
意味ありげにそう言うと、なぜかリリスは笑っていた。
リリスの屋敷を出ると、僕は案内役のサキュバスに部屋へと案内された。
僕は落ち着かない気持ちのまま、ミリアたちのいる部屋に戻ることになった。
「エル大丈夫!! なにかされてない?」
部屋に戻ると、突然ミリアとマシェエラにそう問われた。
「心配いらないよ。なにもされてないから」
「よかったぁ」
「なにもなかったようね」
ミリアとマシェエラは僕の身体を隅々まで確認してから、安心したように胸を撫で下ろした。
「二人とも大袈裟だね」
「だってここに来たときから街中のサキュバスたちがエルを見てたからさ。もしかしたらエッチなことされてるのかもって……」
「えっ!?」
「私は信じてたわよ。エルがそんなことするはずないって」
「あっ!! 嘘つかないでよマシェエラ。あんただって心配して落ち着きなかったったじゃん」
「エル、それよりなんの話しをしてきたの?」
「話しをすり替えた」
話していいのだろうか。いや、今みたいに心配されるだろうし、魔王に会うだなんて言ったら間違いなく止められるだろう。
「ここを治めているリリスっていうクイーンサキュバスに会ってきたんだ。話したら明日ククを治してくれるって約束してくれた」
「ほんと!! 良かったぁ。ククのことも心配だったしね」
よし、後のことは大丈夫だろう。
そしてその後は三人で食事を取り、ククの看病などをしながら、時間は流れていった。
「今日はもう疲れたから部屋に戻って休むよ。ミリア、マシェエラ、またね」
「うん、またね」
エルはそう言って部屋に戻っていった。
「ねえミリア、なんかエルの様子変じゃなかった?」
「元気がないようには見えたけど。ククの具合が悪くなってからずっとあんな感じじゃない?」
「でもまたねって……なんかお別れみたいに聞こえたけど……」
「気のせいでしょ。マシェエラは考えすぎよ」
「そうだといいけど」
「心配性も程々にね。じゃないとめんどくさい女だって思われるよ」
「めんどくさいってなによ。 もう!!」
そして次の日、エルは早朝に起きて身支度を整え一人部屋を出た。
別れは一応伝えた。思い残すことはない。
「用意はいい? エルくん」
リリスが僕を迎えにきていた。
来たか。大丈夫だ……覚悟はしてきたから。
「うん。いつでもいいよ」
「じゃあいこうか。ついてきて」
そう言ってリリスはワイプリズンから出て、とある林に囲まれた場所に連れていかれた。
地面には魔法陣が描かれてある。
「これは転移の魔法陣だよ。私が転移魔法で送ってあげてもよかったんだけど、魔力の消費が半端ないし疲れるからこれ作ってもらったの」
作ってもらったっていったい誰に……。
「キュティちゃんが作ってくれたんだよね」
「キュティちゃん!?」
キュティちゃんってもしかして魔王キュティレイのことなのか。つまりあの魔法陣は魔王本人が作ったってことになる。というか魔王にちゃん付けってどういう関係なんだろう。
リリスの一言でいろんな憶測が僕のなかで生まれていた。
魔王と会うということで命を失うかもしれないとか色々考えていたんだけど、ひょっとして魔王キュティレイっていい魔王なのかも。
そう考えたら気持ちが軽くなっていくように感じた。
「ククのこと頼んだよ」
「安心して。あと、君の仲間たちには私から説明しておいてあげるから、必ず帰ってきてね。私も楽しみに待ってるから」
魔法陣が起動して、エルの身体が光に包まれていく。
「じゃあねエルくん、あの子によろしく」
リリスは最後に不吉なことをポツリと呟いた。
「死なないでね……」
そして視界が切り替わる。すると突然目の前に鉛色の壁が現れた。
上を見ると真っ暗。周りは青い光で視界は取れている。
そこからわかることは、ここは洞窟とか地下の空間ではないかということだ。
おかしいな。魔王のいるところに転移するはずだったんだけど。
エルは取り敢えず壁に触れてみることにした。
「なんだこれ」
触れると柔らかくフサフサしていた。
「あれ……壁じゃない?」
瞬間、壁だと思っていたものと一緒に飛ばされて後ろにあった壁に激突する。
「トンタン、早すぎるわよ。もっと耐えなさい。これじゃあ暇つぶしにもならないじゃない」
エルが壁だと思っていたのは巨大な魔物だった。
鋭い爪を持った獣種の魔物が、声をした方に向かって立ち上がって歩いていく。
「グゥゥ」
「えっ!? なによ、動物虐待はよくないって? その巨体でよくそんな軟弱なこと言えたわね」
「グゥゥ、グゥググゥゥグ」
「ん? それよりなんかケツに当たったですって。って、わたしにケツなんてはしたない言葉を言わせないで」
トンタンと呼ばれた魔物は振り向くのがめんどうだったのか後ろに腕を回して潰されてぐったりしていたエルを手で掴んで、声の主に差し出した。
「こいつ……もしかしてリリスから送られてきたやつじゃない?」
彼女はトンタンに掴んだ人間を下ろすように伝える。
そして声の主、魔王キュティレイと呼ばれる女の子は、冷たい視線を倒れているエルに向ける。
「こいつが勇者エル。魔王を宿した人間」
彼女はエルが目を覚ますまで、冷たい視線を浴びせ続けていた。




