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二十五話、漂流




魔王が動き出した。


数日前、この情報が全大陸中にばらまかれた。


人や魔物たちは、それによって一抹の不安を抱くこととなった。


それが偽りであればいい。だが、偽りである証拠もなければ、確かである証拠も今のところなかった。


そんな曖昧な情報に釣られて、世界各国の我がというものたちが一つの場所に集まりつつあった。


そして僕たちもその場所に向かうため、大陸を渡る船の上にいた。


目的地はボルティス大陸にある世界最大の人類勢力が集う最前線都市。グランゾール帝国だ。


「一雨来そうね」


マシェエラが空を見つめながら言う。


空模様は暗く、肌に染みる風が出てきていた。


「荒れそうだし、そろそろ部屋に戻ろうか」


僕はそう提案して、マシェエラとミリアとミズチの三人と一緒にマリアとククの待つ船内の部屋に戻った。


「マリア、ククの具合はどう?」


部屋に戻ってみると、ククは眠っている様子だった。


マリアは横でククに付き添ってくれている。


「あまり良くないみたい。今さっき眠ったところよ」


ククは今回の旅に出てから、度々体調を崩していた。


原因がわからずここまで来たが、遂に限界を迎えたのか、船に乗り込んだところで倒れてしまっていた。


「マリア、原因はなんだと思う?」


このなかで一番知識人と思われるマリアに聞いてみる。


「そうですね。サキュバスは病気にはかからないですし、だとすると毒か呪いなどですけど、それも受けていないとなると、可能はエネルギー供給が上手くいっていないからかもしれません」


エネルギー供給とはサキュバスの食事である、人間からのエナジードレインのことだ。


「それって僕のせいってこと?」


「そうなります」


僕の身体にざわつきが走った。この身体と心の両方に来るざわつきは、きっと罪悪感によるものだ。


「エル、ククはこの旅の途中なんども体調を崩していましたね。でもそうでないときも、エナジードレインを要求していた場面がありました。あれが兆候だったのでしょう」


「そんな……だとしたら僕はどうすればいいの? エナジードレインは一日一回必ずしてるよ」


「問題は回数ではありません。質にあると思われます」


「質ってどういうこと?」


「本来契約とは、レベルが上のものが下のものと契約するのが一般的です。ですがエルの場合は逆。つまりレベルの差によって魔力の質も変わり、求められる量も変わってきます」


マリアの解説は続く。


「エルは、今ククとのレベル差はどれくらいあるのでしょうか」


「僕はレベル22で、確かククは28だったはずだ」


「ではエルはククがレベルを上げる前にレベル30になってください。そうするしかこの問題を解決する術はないと考えられます」


レベル30か……。


レベル30は勇者が一人前と認められるレベルの値だ。


僕にとって1レベルの壁が厚い。普通の人たちが一日でレベルが上がるところが、僕には三日かかったりする。


昔どうして自分だけそうなのかと悩み、いろいろと調べてみたことがあったが、明確な理由はなく、ただそういう体質、元々能力が低いなどの理由にしかたどり着けず、自分の劣等感を増幅させるようなことにしかならなかった。


そんな僕がレベル30になるには、どれだけ努力しても一年以上はかかる。努力に努力を重ねても、短期間では絶対に不可能だ。


「ごめん、考える時間が欲しい」


エルはそう言って一人で部屋を出ていく。


「マリア、そこまで言わなくても……」


「これが事実です。ククの命に関わるかもしれません。エルにはこの件に関してもっと真剣に考えて欲しかったので」


「そうだよね。ククの命に関わるかもしれないことだもんね」


ミリアは膝を抱えて座っている。その表情はエルやククのことを思ってか、影の差し込んだ表情をしていた。


サキュバスにとってエナジードレインは人間にとっての食事をすることと似ている。そしてそれは生きるための最も大切な行為だ。


それが十分にできていないことには、ククの負担が積もっていくことになる。崩れ落ちたときにはもう遅いのだ。


場面が変わり、一人になっていたエルは、今にも降りだしてきそうな空の下で、荒れ始めている海の遠くを見つめていた。


「なにやってんだ。風邪引くぜ」


ミズチが声を描けてきて、僕の横に並ぶ。


「ミズチ……僕はどうすればいいと思う?」


ミズチが横に来てくれて、僕は思わず弱音が零れていた。


「なんだそれ? 決まってんだろ。強くなればいいさ」


「でもレベル30だよ。今すぐになんて無理だよ」


「そりゃあ無理だな。当たり前だ」


ミズチは吐き捨てるように言ってからさらに言葉を続ける。


「だがなぁエル。男にはどうしてもやらなきゃいけねぇときがある。それは大事な仲間のためと愛する誰かのためを思うときだ」


ミズチに言われて身体がが揺れ動くのを感じた。まるで重い拳をその身に受けたような気分だ。


「マリアはああ言っていたが、今すぐになんてのは不可能だ。でもククのために、死ぬ気でやれ。それがククと契約している、お前の責任ってやつだぜ」


「ミズチ、ありがとう」


「俺じゃなくマリアに言ってやれ。あいつは心を鬼にして言ってくれたんだ。いい仲間だよな」


ミズチは話し終えると自ら去っていく。


「うん、そうだね。後で言っておくよ」


そのとき、不意に風にのって魔力の気配が届く。その魔力は、普通であればこの海の上にいるはずもないものを予想させるものだった。


「なにか来る……」


僕が言うと、ミズチも感知したのか僕が向けた視線と同じ方向に身体を向ける。


それは船から少し離れた前方の空に存在していて、今見えるのは黒い豆粒ほどのものしか確認できない。


だがそれだけで十分だった。形や異様な横並びの数、統率されているかのような動きのある集団を思わせるそれは、けしてただ空を飛んでいるだけの生き物などではない。


そしてエルたちが感じた魔力には、それらの思惑に悪意がはらんでいるのが感じられるものだった。


「まったくどこのどいつだよ。こんなとこに大群引き連れて来やがって」


「目的はなんだろう」


「わからねぇ。この船になんか金目のものでも積んでんじゃねぇか」


ミズチは適当に言って笑う。


「笑い事じゃないんだけど」


「いいじゃねぇの。いいレベル上げになるだろ」


「確かにね」


遅く気づいた船員が悲鳴に似た声を上げた。


「魔物だ!! 空から魔物が襲ってきたぁ!!」


話しているうちに、魔物たちが船を襲ってきた。


エルは剣をとって船に突っ込んでくる魔物と戦う。


ミズチはそれを援護するようにエルの背中を庇いながら拳で魔物を貫いていく。


「レベルは上がったかエル!」


「まだっ」


エルは二体同時に魔物を切り裂く。


だがそれでも魔物の数はなかなか減っていかない。


気がつけばミリアやマシェエラも甲板に姿を見せていた。


「二人とも大丈夫?」


「なんなのよこの大群」


マシェエラもミリアもこの状況に驚いていた。


「狙いがわかんねんだ。エル、いっちょいって来て聞いてこいよ」


「ええっ!? 僕?」


「うちの大将はおめえだろうが。いいから行ってこいや!!」


ミズチはエルを片手で掴んで魔物たちの中心で指揮をとっている上半身は女の姿で下半身は鷲の姿をした魔物、ハルピュイアのところまで投げた。


「うわぁぁぁぁ」


エルはその勢いのまま、ハルピュイヤに突っ込んでいった。


「なんだお前は!!」


ハルピュイヤもいきなりの奇襲とも思える動きに対応が遅れる。


だがそれでもエルの渾身の斬撃をその強靭な鷹の爪で受け止めていた。


「小癪な奴め」


ハルピュイヤは風を切るように爪をエルごど振り下ろすと、エルは甲板に落とされた。


「お前はなにものだ? この私に戦いを挑むとは、非力な勇者にしては度胸があるな」


「僕は勇者エルだ。お前こそこの船になんのようなんだ」


「なに? 勇者エルだと!? そうか、お前がエルか。探す手間が省けた」


「どういうこと?」


「つまり、こういうことだ」


ハルピュイヤは爪で空を切るように爪を払うと、そこから風の竜巻が生まれて、僕たちに襲いかかった。


「うわっ!!」


エルがその竜巻に襲われる直前に、マリアがエルの前に現れた。そして、細剣で竜巻を一刀両断して消滅させた。


「エル、今のあなたではハルピュイヤには勝てません。引いてください」


「マリア」


「どうやら狙いはあなたのようです。あなたがここにいる限り、この船の乗員に被害が及ぶことになる」


「じゃあどうすればいいの」


「ククを連れて船から逃げてください。この船には緊急時のために小舟が備え付けられています。それで早く」


「わかった」


これ以上迷惑はかけられない。そう思い、僕は小舟を船の下の海に降ろした。


「みんなはどうする?」


エルは近くにいる仲間たちに顔を向けた。


「ククが心配だし、ついてくよ」


「じゃあ私もミリアが心配だからついてくわね」


そう言って素直じゃない二人が僕の前に出る。


「私はここで船を守ります」


「じゃあ俺はここで敵を食い止めておくぜ」


マリアとミズチがそう志願する。


「ありがとう。二人とも、グランゾールでまた会おう」


「ええ」


「おう」


そして、マリアが連れてきていたククを抱えて、ミリアとマシェエラと一緒に船から脱出した。


脱出した僕らは、マリアやミズチの活躍のおかげで魔物に追われることはなかったが、天候の悪化によって起こった巨大な波に飲み込まれた。


そして気がつくと僕たちは、闇で覆われた孤島に流れ着いていた。





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