二十二話、マリア、仮面との出会い
エルは悩んでいた。
ジンイ教の一件以来、なぜかマリアから避けられているように感じる。
「ミズチ、どうしてだと思う?」
「さあな、なにかしたんじゃないのか?」
部屋にいるときも、依頼に出ているときも、買い物に出掛けても、トイレにいっているときも、風呂に入っているときも、僕は避けられ続けていた。
だが僕には覚えがなかった。
「いや落ち着け。後半二つは避けられて当然だ」
「でもこのままじゃマリアに嫌われたまま旅に出ることになっちゃうんだよ。気まずいよ」
「仕方ねぇな。俺が特別に女の機嫌を損ねたときの対処方を教えてやるよ」
「対処方?」
「そうだエル。女が機嫌を損ねたら、機嫌をとらなきゃならねんだ。そのためには――――」
「遊びに誘えって言われてもなぁ。そもそも避けられてるっていうのに」
エルの手には今朝部屋に入ったチラシが一枚握られていた。
内容はスイーツ食べ放題。
ミズチが言うには女の人はスイーツに弱いらしい。
そうは言っても誘おうと思っていたマリアが今朝から姿がなかった。
今日は無理かもしれないけど、次誘うときの下準備として、取り敢えず僕はその店の前まで行ってみることにしたのだった。
店のなかは女の人同士やカップルで一色だった。
遠目から見ていてもわかるが、男一人の僕があの空間に入っていくことはとてもじゃないができそうにない。
そうして様子を見ていると、さっきからちらほら同じ服装の女の人が僕の視界を横切っていく。どうやら、店が気になっているらしい。
一人で入りづらいのかな。
そう思ってよく観察してみると、 顔は仮面をつけていてわからないが、特徴的な艶のある長い黒髪が揺れているのを見て、エルはもしやと感づいた。
「なにしてるの? マリア」
僕は虚をつくように後ろから声を掛けてみた。
「エル!? あっ…………」
マリアがしまったといった声を出す。仮面をつけているだけに気づかれたくなかったようだ。
「どうしたの? その仮面……」
どこかで見覚えのある代物だった。
「拾ったんですよ。どうです? 似合いますか?」
目が白目に見える。顔半分を隠して下半分は隠していない。非常に特徴的で、偏ったセンスの持ち主でなければ身に付けることのないものだろう。
「いや、ちょっと怖いからやめた方がいいかも」
「そうですか……」
「それよりどうしたの? お店の前で」
「いえ、気になったのでちょっとだけ立ち止まって見ていたのですが」
嘘だよね。さっきからずっとこの店の周りをいったり来たりしてたよね。
「入りづらいなら一緒に入ろうか。一緒なら怖くないでしょ」
「でも……」
「気にしなくていいよ。僕もこのお店入ってみたかったからさ。マリアがいてくれた方が僕も入りやすいしね」
「そういうことなら」
という感じで僕たちは店のなかに入る。すると、なかは想像以上にカップルが多く、雰囲気がピンク一色である。
なにこの場違い感……。
いや、でも一応僕もマリアと一緒だから同類に見てもらえるんじゃないだろうか。
そう思いながら横で固まっているマリアを近くの席に着かせる。
僕も席につき、適当に注文を頼んだ。マリアは席についても落ち着きがなく、仮面を外すのも忘れているようだった。
でもなんだかそんな状況が楽しく感じた僕は、注文したものがくるまで黙って見ていることにした。
「あれ!? エルとマリアじゃん」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
声のした方に目を向けると、そこにはミリアとククがいて僕たちを見ていた。
「二人も来てたんだ。だったら誘ってくれればいいのに」
「もう~、エルは気が利かないな~」
そう二人は僕に文句をいいながら同じテーブルの席に座ってくる。
「ごめんごめん。僕もちょうどこの店が気になって見てたら偶然マリアと会ったから入ってみることにしただけなんだ」
「ほんとかなぁ」
「ほんとかな~」
と、二人に疑いの目で見られる。
「ほんとだよ。それより二人もなにか頼んだら」
「まあいいや。そういうことにしといてあげる。じゃあ私はチヨコクレープ」
「ボクはパンケーキっていうのがいいな~」
二人もそれぞれ注文する。
「二人はなに注文したの?」
ミリアからそう聞かれる。
「僕たちは――――」
エルが答えようとした瞬間、店員が注文の品を持ってきた。
「お待たせしました。アストロベリーツインタワーレボリューションお二つですね」
そう言って店員は、天井ほどの高さのあるパフエをテーブルに二つ置いていった。
「凄く……大きいね」
「スゴ~い。こんなの初めてみたよ~」
二人がそんな感想を述べているなか僕は唖然として見上げていた。
どう見ても大きさと量が馬鹿げていた。というかツインとか言ってるけどタワー一つだけだった。
そして、一番驚いたのはマリアの動きと食べっぷりだった。
マリアはアストロベリーツインタワーレボリューションが着いたとたん仮面を脱ぎ捨てて、もの凄い勢いで口に掻きこみ始めた。
「んん~ん!! 甘酸っぱくて最高です。やっぱり来たかいがありました」
目を輝かせるマリア。気がつけばマリアのアストロベリーツインタワーレボリューションは春先の雪が解けゆくように小さくなっていった。
そして完食。
「お粗末様でした」
十分もかからないうちにマリアは完食する。
その鬼気迫るような食べっぷりに圧倒されて、僕もククもミリアも呆然とマリアを見ていた。
「あ……」
周囲の空気感に気づいたのか、マリアは思わず声を発していた。
「えっと……どうかしました」
「いや、マリア、スイーツ好きなんだなって思って」
狂気的だったけど。
「……そうなんです。私、甘いものが好きなんです。では私は食べ終わりましたのでこれで……」
そう言ってマリアは店を出ていこうとする。
「あっちょっ!? 待ってよマリア」
僕は逃げるように出ていこうとするマリアについていく。
「エル、これどうするの?」
ミリアがアストロベリーツインタワーレボリューションを指して聞いてくる。
「お金払っとくから食べていいよ」
「え……これカロリーどれくらいあんの?」
「太っちゃうよ~」
ククとミリアの二人はアストロベリーツインタワーレボリューションを眺めながらため息をついていた。
店を出て、僕は離れていくマリアに駆け寄った。
「待ってよマリア」
「エル、なんで付いてきたんですか……」
「なんでってほらこれ、忘れ物だよ」
エルは仮面を手渡す。
「……それのために付いてきたんですか?」
「そうだけど」
マリアは間の抜けた顔をした。
「でもマリア、最近明らかに僕のこと避けてるよね。どうしてなの?」
「それは……そうですね。この際です。はっきり言わせてもらいます」
そしてマリアは間を空けてこう言った。
「エル、私は怒っているんです」
「なんで?」
「なんで? じゃありません。エルは忘れたんですか! この間のことを」
「この間?」
ここでマリアは口をつぐんだ。なぜならあの洞穴でエルにされたことを言葉にするのはとても恥ずかしいことだったからだ。
それでも言わなければ伝わらない。マリアはエルに記憶を思い出させるように誘導することにした。
「あの……洞穴でのことですよ」
「洞穴? なにかしたっけ?」
「ほら……だから、エルがその……私の身体を……」
「身体をどうかしたの?」
「あの……だからえっと……ですね……私の身体をその……手でもにゅもにゅといいますか……えっとだから――――」
マリア、意を決して言葉にする。
「エルは私の身体を弄んだじゃないですか」
と、小さく早口でマリアはそう言った。
「ごめん。最後の方声が小さくて聞こえなかったから、もう一回言ってくれない」
エルのこの言葉で、マリアの心は折れた。
「……もういいです。私が悪かったんです」
エルは首を傾げる。
マリアは顔を真っ赤にして話すのを諦めた。
「なんというか……私の方が誘導されたような」
マリアは疲れた顔をする。
さっきからマリアの感情の起伏が激しい。いったいどうしたのだろうとエルは心配する。
「マリア、部屋に戻って休もう」
「部屋に戻って…………」
そこでマリアはなぜか不意にエルにあの洞穴のときのようなことをされるのではないかというふうに解釈をしてしまった。
「それはダメです!!」
「えっ!? なんで?」
「なんでってそんなの当たり前じゃないですか」
「それならどっか休めるところを探そうか」
「休めるところって…………」
これが世に言う休憩というやつですか……などとマリアは思った。
「エル! あなたはなにを考えてるんですか。こんな時間からハ、、ハレンチですよ」
「ハレンチ? なんのこと?」
ここでエルの方が先に話しが噛み合っていないことに気づく。
「惚けないでください。さっきからずっと部屋にいこうとか、休憩とか……」
「だってマリア、さっきから様子がおかしいから、てっきり具合がよくないのかなって思って」
「へ……………………そうなの?」
「それ以外になにがあるの?」
沈黙が訪れた。そして急速に赤くなっていくマリアだった。
マリアは下を向いたまま、その赤くなった顔を隠すように、エルから渡された仮面をつけた。
そしてしばらくの間、マリアはその仮面を外すことはなく、外しても僕との距離感は変わらず、なぜか避けられ続けていた。
いったいなにが悪かったんだろう。
エルには永遠の謎だった。