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二十一話、約束の刻




あれは黒衣を着込んじまった世界に、一つだけ見つけた小さな灯りのついた花模様だった。


その光に惹かれて、その光に魅せられて、俺はこの真っ暗な世界に降りてきた。


そこがどんな世界なのか、居心地のいい場所かなんて気にもせずに。


俺はただ居場所を求めていたのだろう。


俺は光る花とともに戦った。この世界を包みんこでいた闇そのものと。そしてそれを封印することに成功した。


そのころにはもう既にそこが俺の居場所になっていた。世界は変わり、光に満ち溢れていた。


だがたった一つ、最初に魅せられた光、リン、そうあいつだけは俺の目には相も変わらず光って見えていた。


「ミズチ、あなたがきてくれて良かったわ。あなたがいなきゃ、都やこの大陸に住む人たちは今でも苦しんでいたかもしれない。こうしてみんなが笑っていられるのは、あなたのおかげよ」


そう言っていつも、あいつは屋敷から外の世界を見ていた。あいつは人々の笑って生活している姿を見るのがなにより好きだった。


邪神ゴルトスとの戦いのなかで受けた傷が、呪いとなってリンの身体を蝕んでいた。


医者からは半年と持たないだろうと言われていた。


「そんな悲しい目をしないでミズチ。私は幸せよ。この数年間ずっと苦しんでいた人々にやっと笑顔が戻った。外に住む魔物たちも無用に人と争うことがなくなった。こんなに素敵なことはないわ」


「リン、お前は……」


いっつもそうだ。こいつは他人の喜ぶことしか考えていなかった。自分のことは顧みず、世界に生きるものたちすべての幸せを願っていた。


「本当に馬鹿だな」


「それはあなたもでしょ。わざわざ自分から荒れていたこの土地に降りてきて邪神退治に付き合うなんて、あなたもよっぽどの馬鹿よ」


そんなんじゃねぇよ。わかってねぇなこの馬鹿は。


遠い昔の話だ。俺はあいつと約束した。


「ねぇミズチ、次にゴルトスの封印が解かれたとき、私はこの世に生まれ変わるわ。でもそれは今とは全く違う私。あなたの知らない私で、あなたとの縁もない。だけどもしあなたがまだこの世界を好きでいてくれたなら、生まれ変わった私を、助けてあげて頂戴ね」


馬鹿な女だ。生まれ変わってもお前は、ゴルトスと戦おうっていうのか。


それがどうだ。今のおまえは、やつの傀儡になっちまった。


いくら巫女の力で転生しようと、お前の言う通り、縁は変わってしまうらしい。


それが、お前が思うようなものじゃなかったってだけのことだ。


これは理だ。覆しようがない。だから――――。


誤った道を行ってしまったお前を、俺が止めてやるよ。


それがお前との――――――約束だからな。


川原でミズチとハカナは対峙していた。


ハカナの目は依然として虚ろなままで、傀儡として半分魔物になって戦っていた。


ミズチはハカナの鎌の攻撃をすべてその腕でいなしていた。


「俺は今のお前のことはほとんど知らねぇし、お前は俺のことなんて敵としか思っていないのかもしれない。だがよ。その姿は今のお前が望んだものじゃねぇだろ。そんな姿になるために産まれてきたんじゃねぇはずだ。だから――――」


ミズチはハカナの斬撃を受けきって、そのあと自分の拳を鎌にぶつけて吹き飛ばした。


ハカナは体勢を崩して腰をついた。


「俺が終わらせてやるよ。そして、またいつか、来世で会えたなら、そのときこそ、お前を―――――幸せにしてやるよ」


ハカナの目が見開く。


ミズチは覚悟を決め、ハカナの身体をその拳で貫いた。


「約束の追加だ。来世で覚えとけ」


「ぐおああああああ」


ハカナの貫かれた背中から大量の血が噴き出す。


そしてハカナは倒れた。もう二度と立ち上がることはないだろう。眠らせてやろう。


ミズチがそう思ったとき、ハカナの目に色が戻る。


「聞こえてた。ミズチ、あなたの声が……」


「ハカナ、正気に戻ったのか」


ミズチはハカナの元に駆け、身体を抱き起こす。


「ええ、あなたのおかげよ。最後に、あなたと落ち着いて話せそう。今までの私だったら、あなたの話しなんて耳を貸してなかっただろうから」


「悪い。助けてやれなくて」


「いいの。私が悪いのよ。あなたに言われると、なんか他人とは思えなくて、余計反発しちゃってたから」


ハカナからは今まであったはずの負の一切の感情が抜け落ちたように穏やかな顔をしていた。


それがハカナの最期が近くまできていることを暗示させていた。


ミズチは思わず悲しい顔をしてしまっていた。


「やっぱり、あなたは私のことを知っていたのね。それはきっと、今の私じゃない私なのかもしれないけど」


「お前、知っていたのか」


「夢でみたの。それだけよ。でもその夢にはあなたがいたから……」


ハカナの声が弱々しいものになっていく。体温も徐々に熱がなくなっていっているのが抱き抱えいるところから伝わってくる。


「ねぇ、もし、もっと違った形であなたと出会っていたなら、こうはなってなかったのかしら……」


ハカナは自分の半分魔物になってしまった身体を見てそう言った。


「もういい、眠れ。そして今度こそ、いい夢を見てくれよ」


ハカナは目を閉じる。


「そうね。次は絶対に、いい夢……見ないとね」


ハカナの命は、そこで潰えた。


「来世で……また会おうぜ」


ミズチはハカナを抱き抱えたまま川のなかに入って、その亡骸を川に流してやった。


それから数日が経ち、ジンイ教は解体された。教会側がいろいろと手を回してくれたおかげで、すべてのことが穏便に進んでいた。魔物化せずに済んだゴルトスと契約前の信者たちも、少しずつ普通の日常に戻っていっていた。


「ミズチ、探したよ」


エルは川原に座って物思いにふけているミズチに声を掛けた。


「なんの用だ。もう俺に用はないはずだ」


「ミズチはこれからどうするの?」


「さあな。このままここにいて、またあいつに出会えるときを待ってるのも悪くわねぇかな」


「じゃあそれまで暇だよね」


エルは笑顔でそう聞く。


「なにが言いたいんだ?」


「僕たちと……旅をしないか」


エルの横にはクク、ミリア、マシェエラ、マリアが並ぶ。


「女ばっかじゃねぇか。いいのか? せっかくのハーレムなのによ」


「いいんだよ。ミズチがいてくれればきっともっと楽しい旅になると思うから」


エルがミズチに手を差し伸べる。


「そうかい……じゃあ、約束の刻がくるまで、よろしく頼むぜ」


ミズチはその手を取って、エルたちの輪のなかに入った。


そうして僕以外にようやく、女の子じゃない仲間が加わったのだった。




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