十九話、ミズチ
樹木の濃い山々に流れるオボロ川は、大陸最大最長の川として有名だ。だが、人が簡単に入っていけるほど山の構造はよくしたものではなく、分厚い木々などに阻まれて普通は進めない。
しかし数日前ミズチが復活したころから、樹海と化していた山の地形が日に日に天の光が差し込まれた明るいものへと変わっていった。
おかげでなんの苦もなくエルとマリアはその山に入り、ミズチを探すことができている。
「とはいえ山が広すぎるよ」
「なんの手掛かりもないですからね」
「あるとすれば、あのバジリスクって大蛇によってならされたこの地面だけど……」
形からどこにいったのかを読み取るなんて不可能だ。
そのとき、不意に邪悪な波動がミエトの方から流れてくるのを感じた。
「まさかもう……」
「いえ、まだだと思います。ですが復活は近いでしょう」
空が徐々に黒く塗り変わっていく。
このままだといけない。早くミズチに会って話さないと。
そう思った矢先に、邪悪な波動を打ち消すように、木々のなかからミズチが現れた。
「これは……お前ら誰だ。やつらの手先か?」
「違う。僕たちは君に協力を頼みにきたんだ。ゴルトスの封印が解かれる前に」
「ゴルトスの封印だと! どうしててめえらが知ってる」
「ミエトの歴史がに書かれてあったんだ。あの教団はゴルトスを復活させようとしてる。僕たちに協力してくれないか?」
「お前……わかった。いいだろう。だが邪魔だけはしてくれるなよ」
「うん、ありがとう」
「今日はもう遅い。大したものも出してやれねぇが、よければ泊まってけよ」
山をさまよっているうちに、だいぶ時間が経過していたようだ。空は変わらず暗雲が立ち込めていて、星一つ見えない。
「そうさせてもらうよ」
エルはマリアと一度目を合わせてから、ミズチにそう伝えた。
そのあと僕たちはオボロ川の近くにある洞穴に案内された。
そこでミズチは火を焚いて、川魚を振る舞ってくれた。
「で、お前さんたちはなにものなんだ?」
「僕はエル。ただの勇者だよ」
「勇者? 勇者ってなんだよ?」
「えっ! 勇者を知らないの?」
「知らねぇな。俺のいたころにはいなかったぞ」
「勇者の出現は千年くらい前が最初ですし、ミズチさんはそれ以上前の時代の方なので知らないのも当然かと」
「ミズチでいい」
ミズチが付け加えるように言う。
「じゃあもしかしてマリアが産まれた時代も――――」
「私のときはいましたよ!!」
マリアに途中で言葉を切られて、声に力を入れて断言される。
マリア……やっぱり気にしてるだな。女の人だし当然か。
「どういうことだ?」
「マリアは聖女で寿命がないから、九百年くらい生きてるらしいんだ」
「なるほどな。そういうことか。じゃあババ――――」
ミズチが言おうとした瞬間、首筋に細剣を突きつけられる。
「それ以上はなりませぬ!!」
興奮しているせいかマリアの口調がおかしかった。
「すまん……」
常時強気だったミズチもタジタジな様子だ。
「で、勇者とか聖女ってなんなんだ?」
ミズチは切り替えてそう聞いてくる。
「なんなんだって言われてもな。勇者は……正義の味方みたいなものかな」
次いでマリアが話す。
「申し遅れました。マリアといいます。聖女とは女神アメリアス様に仕えるものです。教会組織を束ねています」
「なんだかよくわかんねぇからもういい。それより、どうしてお前たちは俺に手を貸そうと思ったんだ?」
「教会から要請がありました。ジンイ教という組織に動きがあると。だから私たちは調査していたのです」
「そしたら歴史書に載っている俺のことを知ってここにきたってことか?」
「うん、そうなんだ」
「まあいいや。信用するって決めたしな」
ミズチは納得してくれたようだった。
「ありがとう。ミズチ」
「礼はいい。その代わり、ハカナとの決着は俺がつける」
「ハカナって教団の?」
「違う。あいつは騙されてるんだ。弱味に付け込まれてな」
「弱味……ですか?」
マリアが聞くとミズチは頷く。
「あれは俺の封印が解けて少したったあとのことだった」
そして思い出すようにしてミズチは語りだした。
ハカナに会ったこと。ハカナが巫女の生まれ変わりであること。そしてハカナには悲惨な過去があること。
「あいつは過去に両親を亡くしている。子供の頃、ある日突然ミエトの自分の屋敷に現れた魔物に両親が殺されたんだそうだ」
子供の頃に植え付けられた恐怖と復讐心は大人になっても残り続ける。忘れられない記憶となって。
「当然今でも魔物を恨んでいる。そこに付け込まれたんだろう」
「どうにもならないのかな」
「どうにもならんさ。だから俺が気づかせてやるんだ」
ミズチは席を立とうとする。
「ミズチ、どうして彼女のことをそこまで……」
「約束があるんだよ。遠い昔にしたな」
ミズチは、背を向けたままそう言って離れていった。
夜の闇に紛れてミエトから瘴気がソルティアス大陸全土へ放たれていた。
最早、一刻の猶予もなく、自分たちのすぐ側まで侵食してきていることに、僕たちはまだ、気づかずにいた。




