十七話、ジンイ教
ロベリアス大陸の東にあるソルティアス大陸。僕たちは港町レイトマーレから船でそのソルティアス大陸に渡った。
ソルティアス大陸ではロベリアス大陸よりも魔物の種類が多く生息していて、そのためか人間と共存している魔物も多くいる。
今まではあまりなかったが、普通に魔物が町のなかを歩いていたり、仕事をして生活していたりする町もあるだろう。
これからはより、楽しい旅が待ち受けていそうだった。
ソルティアス大陸にある都、ミエトに僕たちはやってきていた。
町のつくりもそうだが、人の服装もロベリアスとは異なるものとなっている。
大陸が違うだけで文化も違うというのは面白いものだ。
しばらくはミエトにある宿屋を拠点とすることにした。
僕たちが旅のための準備に明け暮れていたころ、ミエトにある教会組織からマリアに要請があった。
内容は半年ほど前からミエトで活動している宗教団体のジンイ教という集団のことを調べて欲しいというものだった。
教会側で得ている情報としては、ジンイ教は、表向きは人の力で物事を為すことを尊い考えているものたちで、実際は魔物の存在を嫌うものたちの集まりのようだ。
最初彼らは自分たちの不満や思想をその集まりによって鬱憤を晴らすのが目的だったらしいが、人数が増えるに連れて縄張りをつくったり、その縄張りから共生していた魔物を排除したりし始めたらしい。
そして最近、ジンイ教はソルティアス大陸全土まで手を伸ばしつつあり、上流層から下流層まであらゆる層の信者を抱き込んで、ソルティアス大陸の大きな一つの勢力となりつつあるらしい。
そのせいで都は二分され、今では都の三割ほどの場所でしか人と共生している魔物にとっての居場所がなくなってしまっている。
教会側としては、そういう背景も含めた要請なのだろう。
僕たちは、僕、マリアの二人、そしてクク、ミリア、マシェエラの三人の二手に分かれて調査を始めた。
ククたち三人には大陸の町や村での調査を頼んだ。僕とマリアは都での調査、それと本拠地である都の北側にあるジンイ教本部に乗り込んでの潜入捜査だ。
僕とマリアはまず、人と魔物が共生している南側の都の人や魔物に聞き取りを始めた。
「ジンイ教のことか……あそごの話しはあまり大っぴらにするもんねぇ。悪い噂話しなんてしてるのを知られたら、なにされるかわかったもんじゃねぇぞい」
「あんだたちも、関わるのはやめといた方が身のためだよ」
これと同じ事を、南側の人や魔物たちは聞けば返される。
結局大した情報は得られなかった。徹底的な恐怖と得体の知れなさで情報統制がとられている。まともな情報は得られそうになかった。
「仕方ないですね、危険ですがやはりあそこへ行ってみるべきでしょう」
マリアが北側の関の入口に目を向ける。
それから僕たちは、北側に潜入することにした。
北側は主にジンイ教に入信している人間しか入ることができない。
「すいません。僕たち、入信を希望してるんですけど」
「そうですか、歓迎いたします。こちらへどうぞ」
僕とマリアは関所の人に連れられて、ジンイ教本部に潜入した。
「お二人は運がいい。今日はこれから間も無く教祖様のゲマ様とハカナ様が参られる日となっております。会えば我々のことをより知っていただけることでしょう」
「はあ……」
そして僕たちは広い会場に通された。そこにはたくさんの人が集まっていて、教祖のゲマとハカナという人を待っていた。
少しして教祖らしい仮面の男と不思議な魅力のある麗しい黒髪の女性が壇上に現れた。
「あれが教祖のゲマって人とハカナって人か……」
「ハカナって人はともかく、教祖のゲマの方は明らかに怪しいですね」
マリアとそう話していると、二人の話しが始まった。
「今日皆様に集まっていただいたのは他でもありません。ようやく我らの悲願である人の力の可能性を開花させる方法を見つけたのです」
教祖ゲマのその一言で、周りの人たちがざわつく。
「これで力のない私たちでも、魔物に対抗する力が手に入れられるのです。これからは魔物の存在に怯えて生きていく必要なんてないんです」
ハカナの言葉に励まされるように、周りの人たちも声を上げる。これで、自分たちが恐れているものから解放されるのだと。
「教祖様、その力はどうやったら開花させることができるのですか? どうかお教えください」
信者の一人が懇願する。
「その言葉を待っていました」
教祖ゲマは懐から鏡を取り出した。
「これは偉大なる神ゴルトス様が宿られた鏡です」
教祖ゲマの発した言葉に信者たちは思わず声を漏らす。
「ゴルトス様は私たちにおっしゃいました。人は魔物にも劣らぬ力と可能性を持っていると、そして私はそれを開花させる手助けができますと」
更に信者たちの声が増す。
「力を開花させるには、それを開花させるだけの魔力が必要となってきます。そのため、毎日少しずつ皆様から魔力をいただき、集まった魔力をゴルトス様の鏡に注ぐことで、ゴルトス様の力により三日に一人ずつ力を開花させていく方針です」
「時間はかかりますが、ほらこの通り」
ハカナはなにかの刻印が刻まれた腕を皆に見せてから力を発動させた。そしてその腕が大きな黒い鎌のようになった。
試し切りといった感じで、捕らえてきた魔物を一体信者の使いの一人に壇上の上に連れてこさせると、そいつを一刀両断して見せた。
「これでようやく私たちの念願が叶うことでしょう。なにとぞご助力していただきたいと思います」
そのハカナの一言で、集まりに幕が下りた。
やはり如何わしい集団のようだ。下のものはともかくとして、幹部はなにかよくないことに手を染めているのではないかと想像させられる。
そのとき、地面を揺るがすほどの振動が起こった。
「おいでなすった」
ハカナは嬉々とした様子で会場を出ていく。
「ミズチか……」
教祖ゲマがそう呟く。
「ミズチだ……ミズチが来たんだ」
「ハカナ様の敵は私たちの敵」
周りが喚き立てるが、なんのことを言っているのかわからない。
信者の人たちも揃って外に出ていくので、僕たちもそれについていくことにした。
外に出て、北側の外に出る方の出口に見たこともないような巨大な大蛇がいた。その大蛇の頭に人の形をしたものが乗っていた。
「ミズチ……また来たのね」
「ハカナ、いい加減目を覚ませよ。ゴルトスの魔鏡は、お前たちを決して幸福になんてしてくれないぞ」
「そんなの嘘よ。ゴルトス様は私たち人間の味方なの。あなたのように人をたぶらかしてひと飲みにする凶悪な魔物とは違うわ」
「俺はそんなことしねぇ。誰がそんなことを言ってんだ」
「教祖のゲマ様よ。都の歴史書にも書かれてあったわ。巨大な蛇とその使いが、かつてこの都を滅ぼそうとした。そのときこの都に住んでいた巫女が、その秘めたる力を使ってその魔物を封印した」
「なんだその話しは! 俺は都を滅ぼうそうとなんてしちゃいない。俺はリンとの約束のために――」
「これはこれは邪悪な魔物ミズチではありませんか。巫女の封印が解かれてしまったせいで出てきてしまったんですね」
「お前がゲマか。お前の目的はなんだ」
「目的ですか、それはあなたには関係のないことです」
「なんだと!」
「本日はお帰り下さい」
ゲマはゴルトスの鏡をかざした。するとかまいたちのような黒い旋風がミズチと大蛇を襲う。
「バジリスク、今回は退くぞ」
やむを得ないといったように、バジリスクと言われた大蛇は都に背を向けて敗走する。
「ハカナ、次は必ずお前を……」
と、言葉を残して二体の魔物は去っていった。
「因縁がありそうですね。まずは歴史書から探ってみましょう」
「いや、先にミリアたちと合流しよう。なにか掴んでくれてるかもしれないし」
僕たちは信者の野次馬のなかを掻き分けて、一度宿に戻った。