十二話、動き出す世界
最近エルは思うのだった。自分の意志とは別に自分や周りが変わっていってしまっていると。
王都までの道中、エルは考えていた。
ククはいつも通りだからいいけど、ミリアは最近情緒が不安定なのではないかと感じる。気分が良かったり悪かったりと反応が変わってよくわからない。
マシェエラとはちゃんと話しをできていないこともあって、なんか素っ気ない。
マリアは基本的に自分から話し掛けてくることはない。必要なときに必要な分だけ話すような感じだ。時折視線を感じることもあるが、振り向くと顔を背けられる。頻度が多いので、監視されている気分だ。
女性陣はみんな仲が良くて、僕の後ろでそれぞれに話しをしていたりする。こうなると僕だけ疎外されているような気がしてならない。
こんなとき、男の仲間がいれば僕も楽しく話しをしたり、相談に乗ってもらったりできるのにな。
「エル~。まだ着かないの~」
ククが後ろから抱きついてくる。最早これが当たり前の風景となりつつあった。
「うん、あともう少しかな」
まあいいや。そのうちなんとかなるさ。
そう思ってたり、いろんなことに考えを巡らせながら歩いていると、森を抜けた先に王都の城が見えてきた。
森を抜けて王都の門までたどり着くと、そこには二人の門番が立っていた。
「お前らは旅のものか?」
「はい、そうですけど」
「今マグアーレでは国王たっての理由で外のものをなかに入れることはできなくなっている。お引き取り願おう」
「え~。せっかくきたのに~」
ククが不満の声を漏らす。
「理由を教えてよ。じゃないと納得できない」
ミリアが門番にくって掛かる。
「それには守秘義務が発生する。答えることはできない」
「理由も教えてもらえないのに入れてもらえないなんてあんまりじゃないですか」
さすがのマシェエラも門番に意見する。
三人が門番と言い争いをしているのを見ていると、横からマリアが僕に小声で話し掛けてくる。
「あの門番二人から異様な気配を感じます。もしかしたら人間じゃないのかも」
マリアが、僕が人だと思っている存在を人ではものだと言っている。
次期聖女のマリアが言うのならそうなのかもしれない。
だが、だとしたらそれは非常に怖いことだと僕は思った。
「お前たち、これ以上引き下がらないのなら、こちらも実力行使をせざる終えんぞ」
そのとき、エルの首から下げていた聖女レイアから受け取った金のロザリオが輝き出し、二人の門番に光を放った。
するとどうだ。さっきまで門番の姿をしていたものたちが、魔物の姿へと変わっていた。
「ガーゴイルだったのか」
人に化けていた魔物が姿を現した。
エルは剣をとってガーゴイルに向かって駆け出した。
自分よりも前にいるククとミリアとマシェエラを守らなければいけないと思った。
エルはガーゴイル一体に飛び掛かって斬撃を入れると、そのガーゴイルはダメージを負ったようだが、横からくるもう一体のガーゴイルにその大爪で攻撃を受けてエルは弾かれた。
その間に戦闘モードに入ったクク、ミリア、マシェエラの三人が連携をとって一体ずつガーゴイルを処理していった。
あれ……もしかて僕……あんまり必要ないのかも。
そう思ってしまうくらい見事な連携だった。
ミリアが先制してガーゴイルの動きを引き付け、ククがもう一体のガーゴイルに攻撃し、それをマシェエラがサポートする。まさしく無駄がない。
「エル、大丈夫!」
「怪我しなかった」
戦いを終え、ミリアとマシェエラが心配して僕に近寄ってくる。有り難いことだけど、怪我をするより心が痛い。
「大丈夫だよ。ありがとう」
まだまだだな。もっと頑張らないと。より強くそう思うエルだった。
「早くなかに入りましょう。その方が身のためです」
マリアにそう急かされて門を小さく開けてなかに入る。
なかに入って見ると、マグアーレのなかは平穏無事という感じで、普通に人々が生活をしていた。
「まずは宿を探しましょう。それから話し合いを……」
「うん、そうだね」
そして僕たちは城のある方と反対側のこじんまりとした宿に身を置くことにした。
それから僕の部屋にみんなを集めて、話し合いを始めた。
まずはミリアが疑問を投げ掛ける。
「あのガーゴイルはどういうこと? 元は門番だったのに急にああなったよね」
「それは僕の持っていたロザリオが門番の本来の姿を暴いたってことになるね。聖女レイアが闇の存在を暴く力があるって言ってたから」
「ということはあの門番の人たちは人間に化けていたガーゴイルだったってこと!」
マシェエラが驚きと恐怖と不安の入りまじった声を上げる。
「そうだったんだ~。凄いね~」
ククはいつも通りマイペースだ。
「今はそれよりも私たちがこれからどうするかについて話し合いましょう」
マリアは強く主張する。
「どうするってなにを~」
「今マグアーレではなにかが起こっているのは間違いないでしょう。問題は私たちが門番のガーゴイルを倒したことで、私たちの存在に感づくものもいるはずです」
「狙われるってこと?」
「そうです。マグアーレは現在、なにものかによって乗っ取られようとしているのではないかと推測されます」
「乗っ取られるって、そんなことあるの!?」
「信じられない」
「五大魔王の誰かの仕業というのが妥当でしょう」
五大魔王……未だ謎の多い存在であり、それぞれの考え方も違っているという人知を越えた闇の力を持ったものたち。
「五大魔王の一人、ブラックレオは唯一人間側に敵対意識を持っています。もしかすると彼が行動を起こしたのかもしれません」
「魔王か……」
「なかの人たちはみんな人間だと思いますが、城にいる人たちはそうだとは限りません」
「城のなかは完全に乗っ取られてるってことですか?」
マシェエラが言うと、マリアは静かに頷く。
「その可能性は高いでしょう」
「だったらここにいる方がまずいのではないですか」
「そうですね。その通りです。エル、あなたはこれからどうしますか?」
唐突にマリアが僕に選択を迫ってくる。
「僕?」
「あなたが決めてください。私たちはあなたについていきます」
マリアは僕をじっと見つめていた。それは僕を射貫くように芯の通った真っ直ぐさだった。
「僕は……なんとかできないかなと思う」
「エル!?」
マシェエラが声を上げる。
「今の僕じゃ解決できる問題じゃないのはわかってる。でも、町の人たちを放って逃げることはできないよ」
僕が正直な気持ちを述べると、周りはなにも言うことはなかった。だが代わりにその空気感が僕に思い止まらせようとしていた。
短い沈黙を破ったのは、僕に選択を迫ったマリアだった。
マリアは小さく笑うと、いつもよりやや表情を明るくしてこう言った。
「エルの気持ちはわかりました。ですがやはり今回は私とマグアーレにある教会のものとで解決しようと思います。今のエルには難しいと思いますので」
マリアは一人部屋を出ていこうとする。出ていく前に振り返って、言葉を残していった。
「試すような真似をしてすいません。でも、嬉しい答えでしたよ」
マリアが出ていくと、今まであった緊張の糸がとけて、身体が軽くなった気がした。
不安は消えたが、マリア一人に任せてしまったことに少し罪悪感を感じていた。そんなエルに、ミリアが声を掛けてくる。
「エルの気持ちはわかるけど、どうにもならないことはあるよ。それよりも今のエルにはこの町の人たち意外にも守らなきゃいけないものがあるでしょ」
ミリア……。
僕はミリアに気づかされる。
「そうだね。僕は僕にできることをするよ」
僕は目の前にいる三人に向かってそう言った。
みんなの雰囲気が和んだそのとき、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
「はい、どなたですか」
エルがドアに向かって聞いてみると、返ってきた声は宿の人のものだった。
「すいません。食事をどうされるか聞いていませんでしたので、よろしければ一階にご用意させていただいていますが、どうされますか?」
長旅でまともな食事ができてなかったエルたちにとっては願ってもない誘いだった。
「ありがとうございます。いただきます」
「では早速一階いらっしゃって下さい」
エルと他の三人も軽く準備すると、部屋を出ようと、内鍵を開けて外に廊下に出る。そして一階に降りると、そこに待ち受けていたのはマグアーレの兵たちだった。
しまった。罠だったか。
「こいつらで間違いないな」
「はい、間違いありません」
他の至る部屋から兵が現れ、僕たちを取り囲む。
「引っ捕らえろ」
逃げる術もなく僕たちはマグアーレ兵に捕まった。
そしてマグアーレ城に連行された。
城に連れていかれると、エル以外のクク、ミリア、マシェエラは別の部屋に連れていかれる。
「みんな!」
エルは一人だけ広間に残される。闇が濃く、気がつくとそこには黒い杖を持った魔術師が立っていた。
「あらあら、子供じゃないですか」
魔術師は近づいてきて、僕の顔を凝視する。
「なんと、勇者でしたか。それにしても弱々しい魔力ですね。未熟にしてもこのレベルから始めていったいどこまでいけるのでしょうね。相当努力してもレベル30くらいですか」
魔術師は僕を値踏みするように観察する。僕の存在など取るに足らないと見なしたようだった。
「お前は誰だ」
「私ですか? 私はゲマルドと申します。五大魔王の一人、ブラックレオ様の右腕でございます」
「ブラックレオ! マリアが言っていたやつか」
僕がそう言うと、ゲマルドは瞬時に魔法を発動して、魔法の鎖で僕の動きを封じる。そして、持っているその杖で顔を叩かれた。
「口の聞き方に気をつけろ小僧。でなければお前は仲間もろとも地獄行きだ」
怒りでゲマルドの口調が変わる。
その時、広間の天井からククとミリアとマシェエラが、魔法の鎖に繋がれて落ちてきた。
「クク! ミリア! マシェエラ!」
エルはそれぞれの名を呼ぶ。三人とも意識がない。なにをされたんだ。
エルは鎖に繋がれた身体を強引に動かす。
「クソ、なんだこれ動けない」
「お前程度がどうにかできるものか。お前はそのまま死ぬしかない。その前にこちらはお前たちで楽しく遊ばせてもらうがな」
僕は必死に魔力を込めるが鎖はびくともしない。
それどころかその鎖から、魔光雷が流れてきて、エルや鎖に繋がれた仲間たちの体力を奪っていく。
どうしたら、どうしたらいい…………。
「可哀想なやつだな。助けたいという気持ちがその目から伝わってくるが、お前には力がなくてなにもできない」
ゲマルドの言う通りだ。今の力のない僕にはなにもできない。
意識が……遠のいていく。
ダメだ……助けなきゃ。
そのとき、不思議なことが起こった。エルが気を失う瞬間、首から下げていた金のロザリオが床に落ちていた。そして、その金のロザリオは急に光を放ち、エルを照らした。
光に照らされたエルの後ろには大きな影が現れていた。その影からは妖しさが感じとれ、なにか恐ろしいものが潜んでいるという錯覚や幻覚のような奇妙な力を秘めていた。
その影は、やがて人の形となり、エルを闇に呑み込みながら姿を現した。
「エル!!」
不意に目を覚ましたミリアの目に入ってきたのは、エルが影のなかに呑み込まれていくのと同時に、後ろの巨大な人形の影から、入れ換わるように出てくる、いつか見た灰色の髪の青年、ナハトの姿だった。
「さあ、パーティーの時間だ」
その光景をみてさすがのゲマルドも目を見開いていた。
「なんだこのおぞましい感覚は……お前はなにものだ」
「俺か? 俺は今抱いているお前の恐怖そのものだ」
「なんだと。この俺が恐れを抱いているというのか」
「そうだ。お前は今、自分よりも次元を違う程の圧倒的な力の差を俺に感じている。この時点でお前に勝利はない」
「そうですか。では見せて下さい。あなたのその圧倒的な力というやつを――――来い、我がしもべたち」
ゲマルドは兵士に化けていたガーゴイルを呼び出せるだけ呼び出した。
「数は力ですよ。やっておしまいお前たち!」
数多のガーゴイルが一斉にナハトに攻撃を仕掛けてくる。だが、そのすべてはナハトの身体を通りすぎていくばかりだった。
「なぜだ! なぜ当たらない」
「言っただろ。俺とお前では次元が違うと」
その言葉の通り、ナハトとゲマルドのいる次元がもとより違っていた。どんな攻撃ですら届くはずがなかった。
「ふん、だというのならお前だって私に手出しできまい。所詮お前は影ということか」
「いや、違うね」
ナハトの人差し指の先から、散弾のように魔弾が放たれた。魔弾はガーゴイルの群れにすべて命中し、命の尽きたガーゴイルは塵に還っていった。
「俺のは当たるのさ。だから次元が違うんだ」
ゲマルドはしもべを一瞬で失い、狼狽する。
「ふざけるな。インチキだ。こっ……これでは化け物ではないか」
「次はお前だゲマルド。俺の大切な仲間が受けた痛みを、お前には数倍にして味わってもらうぞ」
「つきあっていられん。逃げるが勝ちだ」
「待て!」
ゲマルドはナハトの魔弾を肩に受けたが、そのまま魔法で逃げ去っていた。
「逃がしたか。まあいい、それよりもククたちを早く下ろしてやらないとな」
ナハトは魔法の鎖を魔弾で撃ち抜き、三人を下ろした。
「大丈夫か。お姫様」
意識のあるミリアにそう言って抱えて下ろすと、ミリアは複雑な表情をナハトに向けた。
「あなたは……エルのなんなの?」
「心配しなくても大丈夫だ。女を悲しませるのは嫌いなんだ。だからそんなことは絶対にしない。俺も、こいつもな」
そしてまた唐突に意識がぷつりと切れて、元のエルの姿に戻っていた。
そのあとは、遅れてやってきたマリアと教会の人たちに救出された。
城のなかにいるはずの人たちは、探しても誰一人として見つかることはなかった。