十一話、聖女
教会の町セントレイア、僕たちが今いるこの町は世界各地にある教会の象徴とされている町で、教会の発祥の地でもある。
セントレイアのセントレイア大聖堂と言えば、この世界で知らないものはいないくらいだ。
僕たちはそのセントレイア大聖堂を訪れていた。
そこでは訪れた勇者に良き旅路を願って一度だけ加護を与えてくれるようで、しかもその加護を与えられると、一度だけ命の危機を回避することができるらしいのだ。
他にもいろいろな効果があるらしいが、一番目を引くのはそこだ。
死亡する新人勇者の四割は、魔物との戦闘での致命傷や、冒険に出る前に必要最低限の装備を揃えていなかったことによるものだ。半分は事故のようなもので、偶然そういう場面に直面してしまったら避けられようもない。
そういった恩恵がタダで得られるということで、この大陸にいる新人勇者のほぼ全員がここに寄ってから王都にいく。
セントレイア大聖堂に着くと、なん組かの勇者パーティが大聖堂の前に並んでいた。大聖堂の扉の前にはシスターが一人いて、その場を仕切っているようだった。
僕たちの前には三組くらいだ。思っていたよりも少ない。本来なら百人近くの勇者が押し寄せて来ていてもおかしくはない。
やはりここまで僕たちが来るのにかなり遠回りしてきたのが原因だろう。
勇者養成所を終わった時期からここまで来るのにあまり時間はかからない。今は既にピークが過ぎ去ったあとのようだ。
僕たちが待っていて、その間に前にいた三組が加護を受けて大聖堂から出てきたのを確認する。
よし、そろそろ出番だなと僕は意気込む。
「なかはどうなってるかな」
「楽しみ~」
「楽しみね」
ミリアとククとマシェエラの声だ。三人はすぐに打ち解けたようで、待っている間も仲良く談笑していた。
時々僕の話題が上がっていたが、聞かないように他のものに視線を振って意識を紛らわしていた。
自分たちの番が回ってきた。大聖堂のなかに入ろうとして進むと、なぜか扉の前のシスターに止められた。
「勇者エル様でお間違えないですよね」
「そうですけど、どうかしました?」
「レイア様から、あなた方は最後にと言われていますので、その間は大聖堂奥の客間にてお待ちいただきたいのです」
「別にいいですよ」
「ではこちらへ」
そうして他のシスターに連れられて大聖堂の奥にいくと扉があり、そこを開けると中庭に出た。中庭には大聖堂という神聖な場所にふさわしい白と青の小さな教会が中庭の中央に建っていた。
その小さな教会のなかに通されると、なかは普通の教会で、そこの一番前の席に座らせられた。
しばらく待っていると、扉が開き、三人分の人の足音がコツコツと教会内に響いた。振り向くとさっきの人とは別のシスターと、純白の身軽そうな衣服を着た背の高い黒髪の女性と、いつの間にかいなくなっていたロゼが揃って歩いてきた。
「悪いわね。待たせちゃって」
「ロゼ。急にいなくなったと思ったらここにいたんだ」
「なあにエルくん、私がいなくて恋しかった」
ロゼがなぜか顔を近づけてきてそういってくる。前屈みになったことで、露出している胸元の隙間からロゼの谷間がちらちらと目に入る。
「エルっ」
二つ隣にいるミリアから子供を叱りつけるようなトーンで名前を呼ばれる。横に振り向くとミリアはじとっとした目で僕を見ていた。
「手綱握られてるわねエルくん」
「ははは……」
ロゼの言ったことに対してどう反応していいかわからなかったので、とりあえず笑っておいた。
「ロゼ、その気もないのに思わせ振りな態度をとるのはいけませんよ」
「あら、気がないわけじゃないわよ。もしかしたら将来的に私が彼を好きになる可能性があるかもしれないじゃない」
「その言葉の並びだと限りなく低いのではないですか」
「可能性がゼロなわけじゃないわ」
「ものは言い様ですね」
三人の話しに区切りがつくと、ロゼの後ろにいた目を閉じたままの落ち着いた風体のシスターと、長い黒髪の凛とした女性が前に出てきた。
その瞬間、場の空気感が引き締まった。教会らしい神聖な空気感が戻ってきたように感じた。
僕と横に座っていた他の三人も、二人が前に出てきたことで立ち上がる。
シスターが更に一歩前に出て、口を開いた。
「私はこのセントレイア教会と大聖堂を預からせていただいているもので、レイアと申します」
教会組織の象徴であるセントレイアを預かるもの。彼女は今の自己紹介で、自分が聖女であることを間接的に語っていた。
聖女とは教会組織のトップを意味している。つまり彼女はかなりの権力者である。
聖女なんて存在には一介の勇者が会う機会なんて普通はあるはずもない。
エルはどうしてこんな状況になっているのか理解できず現実感がなかった。そのおかげで生まれてくるはずの緊張感も消えていた。
「勇者エル、この度は夢喰い〈バグ〉の魔の手からこの町を救っていただいたことに心からのお礼を申し上げます」
「え!? いや、僕はなにもしていないんですけど」
「今のあなたはなにもしていなくとも、もう一人のあなたはしてくれたはずです」
それはロゼからも聞いていたが、裏の自分が分離した自分でもう一人の自分だとか混乱するだけでまったく理解できなかった。
今後普通に勇者をやっていて、それをきちんと認識できるときがくるとは今の僕には思えなかった。
「ですので、心からのお礼の品として、あなたには私たち教会の加護と、セントレイアで作られた金のロザリオを与えましょう」
そう言ってまずレイアはエルに加護を与えるために魔法を詠唱する。
エルは少しして加護を受け取り、そのあとに金のロザリオを首にかけてもらった。
「そのロザリオには闇の存在を暴く力があります。それはあなた方にとって必要なときにその力を発揮してくれるでしょう。それと、それを持っていれば、いざというときに教会が力になってくれるでなくさないようにしてください」
「はい、ありがとうございます」
エルはここまできてようやく実感が湧いてきたのか、身体に力が入り、声が震えてきていた。
「そして最後に、次期聖女である妹のマリアをあなたに預けます。良き経験をさせてあげてください」
「はい………………えっ!?」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
エルの声が反響して教会内に響く。
エルは思いがけないことに驚きを隠せずにいた。
「姉さん!?」
レイアの隣にいたマリアも今知らされたような声を上げる。
「私は初耳なのですが……」
「言ってないですからね」
レイアはピシャリと言い放つ。
「いいマリア。これは教会のためなのです。イレギュラーたる勇者エルがこれから世界にどんな影響を与えていくのかはわかりません。ですが変革の起点になりうる可能性を秘めています。ですから今のうちに交流を深め、繋がりを持つことは我々教会組織の存続のために必要なことなのです」
と、レイアはさっきまでの落ち着いた雰囲気とは一転して熱心にマリアを説得する。
「それは理解できますが、なぜわたしなのですか?」
「それはもちろん美人で私の自慢の妹だからよ」
「それとこれとなんの関係があるのでしょう」
「鈍いわね。交流を深めるのに男と女なら、することは一つしかないじゃない」
「私にも相手を決める自由はあると思うのですが」
「そこはあなたが見極めればいいわ。もし、教会に不利益な方であったならそのときは関係を持つ必要はないもの」
「結局私に自由はないということですか」
マリアは諦めたようにため息をつく。
「大丈夫よ。この子、悪い子じゃないわ。私の勘だけど、マリアはきっと気に入ると思う」
「姉さんがそういうのなら、そうなのかも知れませんね。わかりました。同行して見極めさせていただきます」
理解はしていないが、納得はしたようだった。
「よろしくね。マリアちゃん」
マリアが僕の前にくる。
「今日からよろしくお願いします」
「はい……こちらこそ」
「ほんと、あんたって黒いわね。教会のために妹まで使うなんて」
「あら、選ぶ自由は与えてあげたじゃない。それに私の勘はよく当たるから、なにも問題ないわ」
「一代で教会組織をここまで大きくしたあんたが言うのなら、そうなのかもしれないわね」
ロゼもどうやら知らなかったらしく、レイアに一言投げ掛けていた。
「それでは勇者エルとそのお連れの皆さまの旅路が輝かしいものになることを願っております。どうかいってらっしゃいませ」
レイアが僕らを見送る。
その隣にいるロゼも手を振っている。
話しの内容が頭のなかでまとまっていないのは僕だけのようで、気がつくと教会の外に出されていた。
そのあとは新しくパーティに入ったマリアとみんなで食事をしてその日を終えた。




