百十三話、神子の反逆
教会が秘密裏に保有する地図にも載っていない島、ベルバ島。
その上空には天界障壁があり、そのなかに創造神がいるという。
これは教会内でもごく少数の幹部にしか知らされていないことであった。
だが、今や世界のすべての人間を洗脳し、自由にできるイレギュラーの力を手にしたデュースにとって、すべての情報は筒抜けだった。
イレギュラーネットワークと、洗脳によって自分を邪魔するものはもう神しか存在しなくなった。
自分を作り出した神、創造神インサイダー。
彼女を倒し、世界を作り変える。
人間を……生物を完全なものにするために。
そのためには世界もまた完全なものでなければならない。
豊かな星、そこに生物を住まわせ、今の人類や多種族が無用な淘汰を自らの生態系のなかで行わなくてもいいように寿命を短くする。
道徳と命の尊さをすべての生物が皆一律に概念として理解し、またそれに反する考えを完全なる悪とするように思考回路の構築を念密に行う。
そして完成するのだ。無用な争いもなく、目まぐるしく循環することで成り立つ世界を……。
命を尊ぶからこそ種は繁栄し、短い生のなかでその命を燃やし尽くす。
儚く、そして美しく。そういう存在であれ。
「そのために私はここまできた」
デュースの視線の先には、雲が開け、青々とした空が今もしんしんとそこに広がっていた。
だがデュースにはわかっていた。その空は偽物だということを。あの自然そのもののような空は、天界障壁という名のベールによって覆われた外側の空の写しなのだと。
空を飛んだとしてもそれを感じることはできない。なぜなら天界障壁の性質は守りだけではなく隠蔽、存在を隠すことにある。
そのため創造神の住む天界を障壁によって物理的に干渉することもできないようになっている。
「いよいよだ」
デュースはそう小さく呟いた。
長きに渡る野望への悲願がこの先の戦いを経てようやく成就するのだとデュースは思いを馳せる。
「マリア、準備は終わったのか?」
背後に立った彼女にデュースは視線を配ることなく声を掛けた。
「はい、デュース様。準備は整っております」
「そうか。では始めるとしようか」
デュースは待ちに待ったというようにマリアのいる方に視線を向けた。
視線の先には島を覆うほどの軍勢。皆、デュースによって洗脳され配下となった人間や魔物たちだった。
「聞け。今こそ我らの悲願が成就するとき。悲願とは正に、この世界に当たり前に存在している無慈悲な淘汰の殲滅である」
デュースの声が高らかに響き渡る。魔力により声帯が拡張されているためだ。
「我々は今日まで様々な事情や環境など、そんな些末なことのために命を脅かされてきた。それはこの世界と、刻まれし遺伝子によって日々我々が淘汰され、それによる管理がなされていたためだ」
「だがそれは間違いである。そして今の社会構築、資本主義的な考えこそ、生き物が淘汰を無為自然のなかで受け入れ、それが当たり前なのだと教授していることなのだ」
「今こそ我々はそれに打ち勝たなければならない。そして古い因習や忌まわしき価値観の汚染を浄化し、まっさらな世界にパラダイムシフトしようではないか!!」
デュースの演説が終わると、その瞬間喝采が沸き上がった。
それは偽りの喝采だった。一部はデュースの本当の配下によるもので、すべてが偽りではない。
だが洗脳しなければこれほどの支持は得られないだろう。それだけこの世界には虫のような頭の足りないものが多過ぎる。
しかしこれですべてが変わるとデュースは確信していた。
自分の思い描く世界が……寿命を全うし安らかに死ぬことだけが死であり、無用に他者を傷つけ、傷つけ合う世界を終わりにできる。
人間が、魔物が、生物が悪かったのではない。
この世界そのものが間違いだったのだ。雑な複製品は消えるべきだ。
「デュース様、デュカリオンの塔の魔力が十分に供給されています。いつでも発射可能です」
「そうか。ならば――――」
デュースはベルバ島の中心にある世界で最も高く、教会が秘密裏に保有していた最古の遺産、デュカリオンの塔を起動させた。
「発射だ!!」
デュカリオンの塔は、創造神インサイダーが教会に与えたもので、もしも世界システムに異常をきたし、コントロール不能な魔王が現れたとき、それを彼らの文明ごと破壊するためのものだった。
飼い犬に手を噛まれないように作り出した保険。
淘汰のために生まれた存在を世界を守るために淘汰するための兵器といったところだ。
「だがそれが……貴様の首を絞めることになるのだ」
発射された魔力の閃光は世界の神秘を暴き、その存在を露にさせた。
空に飛んでいった光が消えると、さっきまでなにもなかった空に巨大な水晶のような形をしたものが浮遊していた。
「あれが聖域か」
じっと見ていると、その周りになにかが転移してきた。
あれは…………。
それぞれ形は違うが同じものなのだとわかる統一された黄金色と、美しい造形が神秘的なものだと思わせる。
そして感じる魔力は魔王には及ばないが、それの一歩手前くらいのもの。
それは一体一体が化物クラスの敵だということが一目でわかった。
「キメラか」
デュースはイレギュラーネットワークによって旧世界の過去のこともすべて知っていた。
ここに来るまでの時間で得られる知識はすべて詰め込んできていた。
「インサイダー、やはり抵抗するか」
キメラの数は増え続け、空に百体近くのキメラが現れた。
「いいだろう。戦おう。世界を――――未来をかけて」




