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九十九話、デュースという男 Ⅷ



曇天のの空の下、彼らは地獄の業火に焼かれながら唄っている。


私にはそのように見えた。


身体には大きな黒い斑点が浮かび上がっている。


あの魔物の仕業だろう。


憎い。


あの魔物が憎い。


ヘレナを苦しめるベルローテやあの魔物が憎い。


ぽつりぽつりと雨が降ってくる。


やがてそれは豪雨になった。まるで人々の悲しみの涙のように。


私の胸に抱き止めていたヘレナが、私の頬に手を当ててこう言った。


「テレネコ……あの魔物のせい……じゃな……いわ。悪いのは……私たち人間と差別……けして平等ではない……この世界の形」


ああわかっている。わかっているんだ。


ヘレナを失い、私が世界に初めて繋がったその日に、私はこの世界のすべてを知った。


そして私は名前を変え、デュースとなった。




あの夜、ベルローテ伯爵の屋敷から逃げた私たちは、国の外に出る門の前で兵士たちに捕らえられてしまった。


中層まで連行されたところで、私たちの前に現れたのはベルローテ伯爵だった。


「待っていたぞヘレナ」


ベルローテ伯爵は卑しい笑みを浮かべて立っていた。


「やれやれ、目をかけてやったというのになんという尻軽女だ。才能があり、元貴族であったから生かしてやったというのに」


「ヘレナは尻軽女ではない。お前が無理矢理やったんだろ」


「そうかな? 我には良い声を出して鳴いていたように思えたがな」


ベルローテ伯爵は顎の髭を手で触りながら薄く笑った。


「ゲスめ」


「惜しいなヘレナ。我は惜しい。お前のような才能溢れるものがこんな男と駆け落ちなどと」


「テレネコは私の大事な人です。ベルローテ伯爵お願いします。私のことを惜しいと思ってくれているのなら、どうか私たちのことを認めて下さい」


「認めてやっても……いいぞ」


「正し……お前が約束通り私の子供を孕むのが条件だがな」


「ヘレナ、こいつの言うことに従うな。どうせ嘘か罠だろう」


「そうか、ならお前たちのこの先の人生は波乱が待ち受けているだろうな。私の言う通りにするなら、今まで通りここで生きているぞ」


私がヘレナの前に出ようとすると、ヘレナは私を遮って、私が言おうとしていたことを変わりに代弁した。


「私たちは……波乱を選びます」


「そうか!! ではお前たちをザイヌに送ろう」


ザイヌ……聞いたことのない名前だ。


「彼処は今危険な場所だ。それはヘレナも知ってるな」


ヘレナは言われて小さく頷いた。


それでもとヘレナは覚悟を決めているようだった。


私もヘレナとともに生きることを決めた。どこにつれていかれようが迷いなどない。


そうして翌日、私たちはザイヌという山奥の村に送られた。


ザイヌは鉱山に囲まれた村で、そこから魔石や鉄鉱石など、生活に必要な物資をビファレストに供給している。


ザイヌはサイモリス王国とビファレストにとっての資源供給を担う拠点の一つだ。


そこには両国の労働者が駆り出され、今やなにもなかったところにザイヌという村が出来上がった。


そこに住むものは両国の最下級の人民たち。


分かりやすく言えば奴隷だ。


扱いは物同然で労働条件は守られていない。人権もあるようでないところだという。


だが今のザイヌでは問題が発生しているらしい。


ベルローテ伯爵曰く、今のザイヌにはどこから来たのかも不明な醜悪な見た目の魔物が現れ、ザイヌに住む労働者たちを襲っているらしい。


それが原因でそこで働く上流の管理者たちはすべて国に逃げ帰ってしまい、今は労働者だけでそこをやりくりしているようだが、それも長くは続かない。


そこで今回のことを都合よく考えたベルローテ伯爵が、私たちをそこに送り、調査及び労働者を監督する役目に就かせることにしたようだ。


これは運が良かったのか悪かったのかわからんな。


ザイヌに着いてから一月後、私たちは逃げてしまった管理者や労働者たちの穴を埋めるべくして仕事に励んでいた。


状況は良くないが、すぐさま処刑やヘレナと離ればなれにされなくて良かったと今では思っている。


それでもいつかそういう目に合わない保証はどこにもない。


ヘレナが研究者として優秀だったから新種魔物の調査を任されているが、魔物のことが解決されたあとはどのようにされるかわかったものではない。


「テレネコさん、こっちは終わりました」


「そうか、じゃあ今日は終わろう。そろそろ奴が現れる時間だからな」


「はい」


キグはそういって額の汗を拭った。


キグはザイヌの鉱山に派遣されてきてから知り合ったサイモリスから来ている労働者の女の子だ。


見掛けは日に焼けた肌と、元気で力強そうという印象の強い女の子だが、正義感が強いようで、私たちがここに来るまでの間は彼女が逃げた管理者や監督者たちの代わりをしてくれていたらしい。


私とヘレナはキグから状況を聞き、ヘレナは管理者、私が監督者としての立ち位置に就き、現在はキグ共に労働者たちは落ち着きを取り戻していた。


帰り仕度を済ませ、鉱山を後にする。


ぞろぞろと仕事仲間と列をなして帰路に着く。


「それにしてもテレネコさんたちが来てくれて良かったです。私だけじゃ絶対持たなかったですよ。みんなをここまで引っ張れなかっただろうし」


「それでも私たちが来るまではキグ一人でやってたんだろ。お前は優秀だよ」


「そうですよね!! 私、自分を褒めて上げたい」


などと安堵した声を漏らしている。肩の荷が下りて、年相応に彼女らしい言葉を吐いて笑っていた。


「そういえばキグは何歳なんだ?」


「私ですか? 私は十六です」


アトよりはかなり上の方だな。それでも年が近いことに代わりないが。


女の子だからと決めつける気はないが、それでもこの年の子がここにいる年の離れた大人たちを混乱から救い、導いてきたというのだから驚かされる。


そう評価していると、帰り道で黒い影がこちらに向かってきているのが見えた。


私たちは足を止め、出会いたくなかった奴に出会ってしまったと身体に緊張が走った。


こうしてこいつに出くわすのは一度や二度ではない。みんなも一応慣れてきてはいるが、それでも恐れていないわけではない。


こいつに噛みつかれたら最後、死が待っているのだから。


「迂回しよう。みんないつも通りに落ち着いて動いてくれ」


私が後ろにいるみんなにそう声を掛けると、みんな小さく一度頷いて動き出す。


向かってきている奴も、間合いを見極めながら近づいてきているため動きは遅い。


「キグ、ここは私に任せて早く逃げろ」


「そんな……テレネコさんだけに任せていけませんよ」


そのとき、私たちが話しているその一瞬を突いて奴は間合いを摘めてきた。


「キグ!!」


「えっ!?」


私はキグを押し倒し、突進してきた奴を紙一重で躱す。


私たちと奴の位置が逆になり、私は奴が他の労働者たちが逃げていった方に向かっていかないかとすぐに立ち上がって様子を確認した。


だが奴の注意はまだ私たちの方に向いていてくれていたようで、私は少し安心した。


問題はキグだ。


彼女を早くここから逃がさなくては。


「キグ、立てるか?」


私はキグの手を強引に取って立ち上がらせる。


「あ……はい……大丈夫です」


突然のことに頭が追い付いていないのか、キグはゆっくりと小さくそう言った。


「なら早く逃げろ。運良く位置関係が逆になった。お前がいると私が動きにくい」


暗に足手纏いだと告げる。


「わ……わかった」


後はここで私が奴を足止めしていれば、これで他の労働者たちは迂回して逃げ、キグは元々帰るときの順路で逃げることができる。


私はキグが走り去ったのを確認し、奴に向かい合った。


「ようやく一対一になれたな」


このときをずっと待っていた。


「お前の力、試させてもらうぞ」


私は人間の姿のまま最も魔力を集中させやすい延ばしている髪の毛先から変化させる。


そうすると髪が先の方から生き物のようにうねり始める。


この感覚は久しぶりだ。


元の身体を動かす感覚。


ヘレナの部屋に住み始めてからはほとんど元の身体を動かす機会がなかった。


それでもやはり私の身体……自由自在だ。


「さあ始めよう。久しぶりの魔物同士の戦闘というやつを」


私は生き物のようになった髪を自在に伸ばし、鋭利なものに変え、奴目掛けて飛ばしてやる。


すると奴は後方に下がりそれを避ける。


逃げたということは奴も私の攻撃で傷を負うということか。


奴は全身がドス黒く、目は白く光っている。だから暗闇でもその存在を確認することができる。

そしてもっと分かりやすい特徴の一つが、二メートルほどの巨体から上がる蒸気だ。


奴の持つ謎の一つで、身体が強い熱を帯びているわけでもないのに常に蒸気が発生している。


それと草の上を通ったときに、通り過ぎたあとの草は枯れたように灰になっている。それらの特徴によって奴の存在を確認することができている。


逃げるときは私たちに便利に働く要素だが、その凶悪性には対峙し戦うとなると恐怖だ。


だが奴も私の攻撃を避け、私の攻撃を受けるのを恐れているということは、少なくともあの謎の身体に私の攻撃は通用するということだろう。


それならば私にも勝ち目はある。


久々に戻ってきた闘争本能というやつだろうか。私は嬉々として奴と対峙していた。


だというのに奴は素っ気なくも逃げる姿勢に出た。


「つれないぞ。もう少し遊んでいけ」


私は逃げようとする奴に追い討ちをかける。


すると突如として奴は反転し私に向かって突進してきた。


しまった。裏をかかれた。


私は魔力で盾になる分離した身体を一つ作り、奴の突進を受けた。


私は弾け飛んだ。


地面に激突したがそれによるダメージは大したことはない。


すぐに起き上がって盾にした身体の一部を見ると、黒く焼け焦げ、不純物が入り交じっていた。


腐敗している。これではひとたまりもない。


私はそのときに初めてはっきりと恐怖を感じた。未だかつて一度として感じたことのなかった感情を、私はこのときようやく手にした。


こいつは私の手に負える相手ではないと直感した。


今度は私が逃げる番だった。


時間は稼いだ。もう十分だろう。


そう自分に思い込ませ、私は奴に背を向けた。


そこからは必死になって鉱山地帯を掛けた。


場所が場所なだけに足場が悪いが気にしてはいられなかった。


後ろから奴も追ってきていた。こちらが弱味を見せたことであっちも強気なのだろう。


奴も速く、距離はなかなか遠ざかってはくれない。


それどころか奴に捉えられたら魔力の遠距離攻撃によって後ろから撃たれかねない。


私は焦っていた。どうにか姿を眩ませられないかと、視線をいたるところに向けながら走った。


くそっ……なにもない。このままではそのうちに狩られる。


そのときだった。横から私の足を掴まれ、そのまま強引に身体ごと引きずり込まれた。


一瞬死を覚悟して動揺していた私に頭の上から私の耳に届くほどの小さな声で名前を呼ばれた。


「テレネコさん、大丈夫ですか?」


「……その声はキグか? まだこんなところにいたのか?」


「テレネコさんがいつまで経っても来ないから待ってたんですよ」


「そうか」


「危なかったですね」


奴の気配はない。お陰で撒くことができたようだ。キグには感謝しなければならんな。


「そこに洞窟があるでしょ。そこから村へ帰れるんで行きましょう」


そういってキグは洞窟のある方を指差した。


私はそのとき油断していた。


ちなみに油断していたというのは奴が現れたというわけではなく心構えの方だ。


洞窟をキグと一緒に通り、そろそろ洞窟を抜けるというときに、キグが私の少し前を歩き出して止まった。


「テレネコさん……私、見ちゃったんです」


「なにをだ?」


もう一度言おう。このときの私は完全に油断しきっていた。


「テレネコさんが……魔物みたいになるところをです」


な……な…ん…だ…と。


私は動揺していた。


「見られてしまっていたのか」


咄嗟に言ったこの一言が私の痛恨のミスだった。


「やっぱり……」


一難が去り、こうしてまた一難がやってきた。




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