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九話、目覚めた二人




目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。


少し離れたベットには、ミリアが横になって眠っている。


「ここは? あれぇ~エルがいない~?」


ククは契約しているエルの存在を感知できなかった。こんなことは今までで初めてのことだった。


エルの存在の消失にククは不安を覚えるが、近くにはミリアがいる。ククはこの不安を払拭しようと寝ているミリアを起こす。


「ミリア~、起きてぇ! エルがいないの~」


「ん~ん、エルぅ? 隣の部屋じゃなかったっけ」


ミリアは寝起きの顔を擦りながら言う。


「エルの魔力を感じないんだよ~。もうどこいっちゃったの~」


「クク、ちょっと落ち着いて。私もまだ状況を理解できてないから。えっと……この部屋どこ? これってもしかしてエルのことより私たち自身のことを心配したほうがいいんじゃ……」


そのとき、勢いよく部屋のドアが開かれた。


外から白衣を着たふくよかな体格をした初老の男が、額に汗をかきながら部屋のなかに入ってきた。


「君たちも目覚めたんだね。良かったぁ」


「あの、ここってどこなんですか? 私たちはどうしてここにいるんですか?」


「ここは一応診療所ってことになってる。君たちのようにバグに眠らされた人たちを集めて保護していたんだよ」


「バグ~?」


「五大魔王のひとりが生み出した魔物だそうだ。眠っているものの夢を肥大化させて、夢を終わらなくするらしい。そして抵抗できなくなったところで、その肥大化して熟した夢を食べる魔物だ」


「じゃあここにはエルはいないの~?」


「ああ、エルくんかい? 君たちが眠ってから半年以上経つからね」


「半年もですか」


「うん、君たちがもう魂のない抜け殻になってしまったんじゃないかってエルくんも諦めていたようで」


「そんな……」


「今もこの町にいるみたいだけど、最近顔を出さなくなってたからねぇ。どうしているのかは僕にもわからないよ」


ミリアの表情に陰が堕ちる。捨てられた子供のような寂しさが自分のなかに溢れてきていた。


「じゃあ~私、エルを迎えにいってくるね~」


「えっ……」


「だって~エルを待たせちゃってたんでしょぅ~。だったら迎えにいってあげないとねぇ~」


「そうだけど……なんかちょっと複雑で……気持ちの整理がつかないっていうか……」


ミリアはどうすればいいのか。どうしたいのかわからなくなっていた。半年も眠っていたとはいえ、自分たちのことを諦められてしまったことに腹が立つ気持ちもあった。


煮え切らないミリアの手をククは強引に掴む。


「いくよ~ミリア~。言いたいことがあるなら~、直接エルに言ってあげなくちゃ~」


ククは笑顔で言う。


「そっか……そうだねクク。言いたいことは本人に直接伝えないとね」


「そうだよ~」


ミリアの曇りは晴れていた。ククのおかげで今自分のしたいことがはっきりした。


ククとミリアは部屋を飛び出した。


エルがどこにいるのかわからないが、とにかく先に進まなければ身体はいつまでも動かないままだ。あとのことは平行して少しずつ考えればいい。


「ありがとね。クク」


「なにが~?」


「なんでもない」


「?」


ククはわからなかったようだが、それでよかった。それがククのいいところなのだと、ミリアはこのとき知ったのだった。


ユメイルの町の広場に出ると、偶然か必然か、巨大な魔力の柱が天を切り裂くように上っていくのが見えた。


周りの人たちはそれを見て混乱していたが、ミリアとククはなぜかそれを見て理解した。エルがあそこにいるのだと。


ミリアとククは互いに視線すら合わさぬまま駆け出していた。


ククは飛んでいるから、ほんとうはもっと速く飛んでいけるのだろう。それでも私にに合わせてくれている。自分だって今すぐにでもエルのところに行きたいと思っているはずなのに。


見た目は幼いくせに、意外としっかりしてるんだから。


ミリアは必死に走った。エルのこともククのことも両方想って。


がむしゃらに走ってたどり着いた先には、背の高い、青い髪の男が立っていた。雰囲気はまるで違うが、どこかエルに似ているように感じた。


不意にその男は崩れ落ちるように倒れそうになる。


その一瞬、ミリアの横を通りすぎて、男より頭一つ低いほどの背の高さの翠髪の女性が男を受け止める。


誰――――。


彼女は彼を受け止めると、自分の膝の上に頭をのせて、気を失っている彼の顔を覗き込んで、優しく、そして暖かくその蒲公英色の眼に涙を滲ませて笑う。


「ナハト、やっと逢えたわね」


彼女は糸が切れたように、意識を失った。


その光景は運命的で、寄り添うようにしている二人は、悠久の時を共に刻んできた恋人のように映った。


そして二人の姿は、奇跡的ともいえるくらい同時に変化していき、元の姿へと戻っていった。


「エル……と、クク!?」


ミリアは振り返ると、そこにククの姿がないことに気づく。


じゃあ、ククだったんだ。あの女の人は。


ミリアの目には、絵画のなかの世界から現れたような幻想的な美しさのある女性に見えていた。そして今、それがククだったということがわかった。


ミリアは更に少し複雑な感情が生まれていたが、それどころではないとして、走って疲弊している身体を動かす。


近寄って、どうするべきかと考えていると、上から一人が降りてきて、後ろから一人近づいてくる。そしてその二人とも女性だった。


上から降りてきた人は魔女のような風貌で、奇抜な服装をしている。


後ろから近づいてきた人は、年上の女性でその手に弓を持っていた。


そして共通するのは、二人とも胸が大きくてかなりの美人だった。


ミリアは頭痛がしてくるくらい複雑な感情と、状況に頭を抱えそうになっていた。


ミリアがそうしているうちに、金髪の魔女が先に口を開いた。


「どうやら終わったようね。いろいろと混沌としているけど、あなたたち二人はこの子の関係者ってことで大丈夫?」


「はい、そうですけど」


ミリアがはっきりそう答えると、後ろの女性も答える。


「私も……はい、そうです」


「なら話しは早いわ。情報の共有はとりあえず後にして、二人をセントレイアに運びましょう」


「わかりました」


「はい」


「運ぶのは私がやってあげるから、二人は付いてきて」


魔女は魔法で、エルとククの二人を浮遊させる。


そして私たち三人はセントレイアの宿に向かった。




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