プロローグ
アメリヤス13世紀。世界に突如出現した五大魔王によって、長い間、世界は混沌としたものになっていた。それから時は進み、現代では人と魔物のあり方は確実に変化しつつあった。
五大魔王はそれぞれの支配領域を広げていったが、各々が世界に与える影響の方向性はまったく違ったものだった。
五大魔王のなかには人間に害を及すことを利としない考え方をするものもいたことによって、一部の人と魔物の間には友好な関係が結ばれ、愛を育む人と魔物も現れ始めていた。
そんなとき、女神アメリヤスによって、数百という数の勇者が世界各地に産み落とされた。
魔王に唯一抵抗する抑止力としての勇者の力は個人差があり、一人で魔王配下の一個師団を相手取ることのできる勇者もいれば、魔犬一匹に手こずっている勇者もいる。
そのうち勇者養成所という公的機関も生まれ、各国に産み落とされた勇者が十六歳になるまでそこに通い基礎的なスキルを習得し、冒険の旅に出ていくというシステムになっている。
現在十六歳の僕は、八大陸の南東にあるもっとも端側、ロベリアス大陸の勇者養成所に通っていた。
そして今日、その卒業式が始まろうとしていた。
卒業式ではパーティーが開かれ、そこで一緒に冒険に出る仲間を決めるというのが恒例だ。
僕も一緒に冒険に出る仲間を探していた……のだが。
「ミリア、僕と一緒に冒険に出てくれないかな」
「ごめんエル、私ハラートたちとパーティ組むから無理ィ」
と、簡単に断られてしまった。
「じゃあレイド、僕と一緒に行かない?」
「わりぃエル、俺ももうパーティ組んじまった」
昔から仲がいいと思っていた顔ぶれに、次々と断られてしまう。
また断られた。まだだ、まだ終わらんよ。
僕は折れそうになった心を立て直して奮起し周りを見た。だが、もうそこらじゅうがパーティーを形成していて、居場所がないことに気づく。
その瞬間、僕の心は折れていた。
劣等感や敗北感のようなものが血の流れとともに身体中に行き渡り、思考が止まり、この世の終わりのように感じられた。
泣きそうになりながらも、僕は探し続けるがいるわけもない。泣きつくようにまたミリアに視線を向けると、それに気づいたミリアが僕に声を掛けてきた。
「エル、パーティ組めないんなら町で就職した方がいいんじゃない」
「ええ!?」
「だってエルはロベリアス勇者養成所始まって以来のダメ勇者なんだからさ」
幼馴染のミリアにそう言われ、僕はその場を逃げ出すしかなかった。
後ろからは、"仕方ないんじゃない"、"落ちこぼれのエルくんだしね"などの声が聞こえてきた。
僕はその声を振り切って町外れにある自分の家まで走った。
家に帰ると、お母さんが僕の帰りを待っててくれていた。
「お帰りなさいエル。一緒に冒険に出てくれる子見つかった?」
僕はお母さんの問いかけすら聞きたくないと振り切って、そのまま自分の部屋に戻り、ベッドにダイブした。
心配したお母さんが、部屋の前で僕に事情を聞いてくる。
「エル、どうかしたの?」
「ごめんなさいお母さん。僕、勇者になれない」
「どうして? エルは勇者として生まれてきたのよ」
「でも、僕は落ちこぼれで、誰も僕のこと仲間に入れてくれなくて、誰も……期待してくれなくて」
「エル……」
「僕は誰にも必要とされてないんだ。僕みたいな落ちこぼれが、勇者になんてなれるわけないんだよ」
お母さんは僕の部屋のドアを開けてなかに入ってきた。
そして僕の目の前まで近づいてきて、僕の涙で濡れてくしゃくしゃになった顔を抱きしめてこう言った。
「エル、私はそう思わないわ。エルは確かに今は他の子達よりも勇者としての力がないのかもしれない。でも、私はエルは誰よりも心の優しい子だって信じてる」
「お母さん……」
「だからエル、私と約束して。エルは心の強い、優しい勇者になって。そしてその優しさでみんなを救ってあげてね」
僕は泣いた。身体中の水分がすべて流れ出ていくくらい思い切り泣いた。気がつけば、僕はお母さんの膝の上で眠りに落ちていた。
次の日の朝、僕は冒険の旅に出発した。お母さんは僕に行ってらっしゃいと笑顔で見送ってくれた。
お母さん……僕は……勇者になります。
たとえダメな勇者でも、誰かの力になりたいから。
たとえ誰も僕のことを期待してくれなくても、お母さんの言ってくれたような勇者になれるように――――。
そして僕はただ一人、冒険の旅に出た。