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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第二章 島のお仕事
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2-4 あいすくりん

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 

 店に入ってきた角の生えた妖怪にホタルは明るい声で伝えた。


(こういうの演劇でやったなぁ)


 客への挨拶の言葉もその演劇の稽古と同じようにしてみたが、どうだろうかと思ったホタルは調理場であいすくりんの準備をしているアヤアを見た。


 アヤアはニッコリと柔らかい雪のように笑った。


(これでいいんだ)




 店の奥の座卓に座り、チャコとワダチはホタルの様子を見ていた。


「意外と向いてるかもしれないにゃ」


 チャコは意外だと口をとがらせて感想を言う。


 偶像という仕事をよく分かっていないチャコは、接客の仕事に共通する技能はないのだろうと思っているのだと感じたワダチは、

「多分仕事柄、営業笑顔が得意なんですよ」

 と補足する。


 人前に出て笑顔を振りまくというのが偶像の仕事のひとつ。

 ホタルにはそれができるのだと思い、ワダチはこの仕事を紹介したのだ。


「なんにゃ、それ」

「お仕事をするときに相手に見せる笑顔ですよ」

「ワダチは苦手そうにゃ。いつもこーんな顔をしてるからにゃ」


 表情豊かなチャコは絶対にしないであろう、氷のように硬い顔をする。

 これがチャコから見た自分なのだと思ったワダチは涼しげに笑った。


「苦手ですよ。

 しようとすると胃がねじ切れそうになります」

「普段から無愛想にしてるからそうなるにゃ」

「神様は普段からゆったりしすぎなんですよ」

「顔が硬いのは大仏だけで十分にゃ」


 ぷいっと顔をしかめてそっぽを向くチャコだが、なにか気になるものを見つけたのか、細くした目を開く。


「ワダチ、なんやあの眼鏡」


 言われてワダチはチャコの向いている方を見る。

 そこには真っ黒い色眼鏡をかけた男性が『白玉とあいすくりん』を真顔で味わっていた。


「サングラスですね。

 本当は日よけの眼鏡なんですが、変装にもたまに使います」


「常闇の世界であんなのつけてるってことは、正体を隠すためなのかにゃ?」


「そうですね。ホタルさんのように何かの有名人がお忍びで、イロ島に遊びに来てるのかもしれません」

「有名人は大変にゃ~」


 チャコは他人事のように言う。


「はい、『白玉とあいすくりんのはやりの甘味』ですよ~。

 今日はホタルさんをご紹介くださったので、お代は結構です~」


 アヤアがおぼんに乗せて甘味を運んできた。


 透明な硝子のお椀の上には、あずきのかかったつややかな白玉と、さくらんぼやみかん、甘そうなあいすくりん――別の世界ではアイスクリームと言われている――が乗っている。


 チャコはそれを見るなり目を輝かせた。


「やったにゃ!」

「調子に乗らないでください」


「白玉とあいすくりんを多めにしておきましたから~」

「おお、あやあは分かっているにゃ!」


「あまり甘やかさないでください」

「もっと甘やかしてもいいにゃ。ワダチは厳しいからにゃ」


「俺がいつ厳しくしました?」

「いつもにゃ」


「相変わらず仲が良いですね」

「そんなことないにゃ」


 アヤアの言葉にぷいっとそっぽを向くチャコだが、ワダチはなにも言わずに白玉とあずきを口に運ぶ。

 そんなワダチを見て、あやあはクスクスと笑った。



 ご機嫌にあいすくりんを頬張っていたチャコが急に手を止めて顔をしかめた。


「……ワダチ、みゃ~病気にかかったかもしれないにゃ」

「なっ!? どうしたんですか」


 ワダチはあまり見たことがないチャコの表情に匙を置き、チャコの隣に行く。

 

 もしかしたら先程三毛猫から祓った瘴気の影響を受けたのかもしれない。

 瘴気の影響はどのようにひとや妖怪出るか分からない。

 鬱などの精神的な症状から、病気の発症などもあり得る。


 チャコは元は普通の猫、そこから化け猫になり、神になっている。

 万が一にも影響がないとは言い難い。


「症状は? どこか痛みますか?」

「頭が痛くなってきたにゃ」


 ワダチの緊張の糸が音を立てて切れた。


 本当ならなにもなかったことを喜ぶべきなのだろう。

 だが自分の多大な心配の行き先に困ったワダチは、目線と態度でチャコにぶつけることにした。


「『あいすくりん頭痛』ですよ」

「適当なこと言うにゃ! いてて」


 大きな声で文句をいうと、自分の甲高い声が頭に響いたのかチャコは頭を抱えてしまう。


「適当じゃなくて医学的な正式名称です」


 理由が分かれば心配する必要はないし、この頭痛は治療や対応の必要はない。

 ワダチはいつもの冷めた声で言う。


「あらあらワダチさんは物知りですねぇ」


 あやあも心配したのか店の中から様子を見にやってきた。


「そんなことないにゃ。ワダチは今日まで、この世界の三毛猫はオスがほとんどだってこと知らなかったにゃ」


「実用的な知識しか覚えてなかったので」


 そう言いながらワダチは白玉を頬張る。


「『あいすくりん頭痛』なんて言葉、知らなくても生きていけるにゃ」


「あいすくりんみたいな冷たいものを急にたくさん食べると、頭痛を起こす。

 これを知っていれば、今の神様みたいなことは防げます」


「なんにゃ、ってててて」

「少し横になってはどうです?」

「いやにゃ、あいすくりんが溶けてしまうにゃ」


「俺がもらうんで」

「なおさらダメにゃ」


 食い意地を張るチャコを見かねたワダチは、

「あやあさん、あまり冷たくないお水をもらえます?」

「はいは~い」


「しばらくしてれば治るので、おとなしくしててください」

「……さっきは本気で心配してくれたのに、今は冷たいにゃ」


 どうやら気が付かれてしまったようだ。


 チャコは島にとって大切な存在だ。

 あいすくりん頭痛を痛がってる間抜けな状況ではあるが、猫神がいなければ島は楽園ではなくなる。


 そうでなくてもワダチにとってチャコは大切な存在だ。


 ワダチはなんかだ恥ずかしくなりそっぽを向いて、

「そりゃ、あいすくりんですから」

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