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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第二章 島のお仕事
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2-1 イロ島で迎える暗い朝

 ホタルは目を覚ますなり慌てて持ち歩いている懐中時計を確認する。

 時間は八時を回っており、踊りの練習時間をとっくに回っていた。


 本当ならば五時に置きて食事をしながら無線放送を聞き、電子手紙の確認、新聞を読みながら朝食を取り、すぐに髪の手入れ、化粧をして、体をほぐす体操をしてから家を出ている。

 そのどれもが今できていないまま時間が過ぎているのだ。


 だが今自分がいる場所は、自分が昨日まで寝ていた部屋ではなかった。

 慌ただしく鳴り響く目覚まし時計もなければ、憂鬱な日常の始まりを告げる太陽もない。


 八畳一間の大きな部屋に自分だけがいた。


 衣装も昨日から同じものを着ているのを確認すると、

「そっか、イロ島の神社に泊めてもらったんだ……」

 と気がついた事実をつぶやく。


「おはようございます」

 すると障子の向こうから声がする。

 昨日も聞いた低く凛々しい声はこの神社の神主、ワダチの声だ。


「お、おはようございます……」


 障子の向こうから微かにワダチの影が見える。

 部屋に入ってこないのは、寝起きの自分の顔を見ないため気を使ってくれているのだろうと思い、そのまま挨拶を返した。


「朝食の用意をしてるので、洗面所で顔を洗って、こちらの服に着替えていたけますか?」


「あ、ありがとうございます」


 障子が開くが、ワダチの顔は出てこない。

 その代わりにたたんである服が差し出された。

 ちゃんと女性物だが、どこから手に入れたのだろうか気になるところだ。


「いえ、そのかわり……ひとつお願いが」

「はい」


「神様を、起こしてきてもらえますか?」



 ワダチがどこからともなく借りてきた服は、ホタルが着慣れていたような服だった。


 この世界とは違う。

 むしろホタルが元いた世界の服のよう――ようではなくそのものだった。


 紺のスカートに水色のブラウス、青いカーディガン。

 元いた場所ではそういう服装。色合いは常闇の世界でも見えやすく、かつ落ち着いた印象でまとまっている。


(ワダチさんが見繕った……わけじゃないと思うけど)

 では誰が。考えながら静かな廊下を歩く。


「神様、ホタルです」


 返事はない。


「神様?」


 もう一度声をかけるが返事はない。


 耳をふすまにあてて見ると微かに寝息が聞こえる。


「気づいてないんだ……。仕方ない、失礼します」


 障子を開けて見ると、布団の上でチャコが猫のように丸まっていた。


(寒くないのかな)


 そう思いながら、部屋へ足を踏み入れようとすると足元になにかがある。


「うん?」


 足元には毛布が転がっていた。

 昨日ワダチに聞いたようにかなり抜け毛がついている。


「寝相が悪いんでしょうか?」


 そう思いながらホタルは毛布を持ってチャコの元へ。


「神様、起きてください。ワダチさんがお待ちですよ」


 丸くなるチャコの前にしゃがみ声をかけた。するともぞもぞと動きながら、

「もう朝かにゃ?」


 ゆるゆるの文字になりそうなセリフでチャコは聞く。

 だが顔はこちらに向いておらず、寝言のようにも思えた。


(常闇なのに朝っていうのかな……)


 そう思ってホタルは回答に迷った。

 迷っている間にもチャコはまた眠ってしまいそうだったので、

「えっと……日が登ってないですけど、午前八時過ぎです」


「あと五分」


 チャコはそう言ってホタルの持っていた布団を奪い、その中にこもった。


「夏なのに暑くないんですか?」

「寝起きだから寒いんだにゃ」


「だったら朝ごはんを食べるといいと思います。

 温かい味噌汁を飲んだりすれば、寒くなくなると思います」

「それ以上に眠いにゃ」


「なら、珈琲を……この世界に珈琲ってあるのかな?」

「あんな苦いもの飲めないにゃ」


「あるんですね。でも珈琲じゃなくても、お茶とかでもいいと思います」

「寝れば眠たくなるなるにゃ」


「そうでしょうか……?」

(しまったこれは二度寝する流れだ)


 チャコの語尾が消えそうな声を聞いて、ホタルはそう感じた。

 さらに依然として布団から出てこないし、このまま籠城戦を続けていてはワダチの頼まれごとを達成できない。


 この程度のことなんて思われるかもしれないが、これができないことでワダチが怒ってしまうかもしれない。一晩だけではあの仏頂面がなにを考えているか理解するのは難しいし、ホタルはいつも怖い顔をしている男性が苦手だ。


「神様」


 その石のように固い声に背中が震える。


「ワダチさん」


 恐る恐る後ろを向くと、仁王立ちするワダチがいた。

 朝食を作っていた最中だからか、袴の上に前掛けをしている。


 自分がチャコを連れてくるのが遅かったのでやってきたのだろう。


(怒られる)


 そう思ってホタルは目を強く瞑る。

 ワダチは大きな足音を立てて部屋に入り、

「起きてください。っていうか、いつまでも猫気分でいないでください」


 ホタルを追い抜いて布団の山に強く言葉を飛ばす。


「みゃ~は猫神にゃ。だから猫みたいなものにゃ」

「都合のいいときだけ猫にならないでください」


「都合の悪いときも猫にゃ」

「そんなことはいいです。

 今日はホタルさんのお仕事探しをするんですよ。神様が居てくれないと困りますから」


「みゃ~がいなくてもワダチがいればどうにかなるにゃ」

「ホタルさんの瘴気を祓うのに神様が必要なんです」


「ワダチも祓えるにゃ。ちゃんと練習もしたし、力もあるにゃ」

「普通の人間が瘴気祓うために、どれだけの力と準備が必要だと思ってるんですか。

 神様なら埃をはらうように祓えるから言ってるんです」


「ダジャレかにゃ?」

「っていうか朝ごはん食べてください」

「起きたら食べるにゃ」


 そんな言葉を聞くやいなや、ワダチはチャコが籠城する布団と毛布を掴み、思いっきり引き上げた。


 チャコは食べるのに失敗したおにぎりの具のように布団と毛布から出され、畳の床に転がされた。

 それでも仰向けにならず、うつ伏せに着地。


「なにするにゃ!」


 そのままワダチに食って掛かった。


「目が覚めましたね。朝食の準備がすぐできるので居間に来てください」

「しょうがないにゃ……」


 チャコはワダチの手を握り、あくびをしながら部屋を出る。


「ホタルさんもありがとうございます」

「いえ、わたしはなにもしてないです」


 反射的にホタルは言った。


 この言葉はだいたい気を使うときに言う台詞だ。

 誰かの仕事を手伝ったり、補欠を埋めたりしたときによく口にしていた。


 だが今回は本当になもしていない。


 それに神様を起こすのが遅いと怒られると思っていただけに、拍子抜けだ。


「いえ、ホタルさんが話しかけなければ、神様はもっと深い眠りに落ちていたでしょう」


「……神様って低血圧なんですか? というより、神様に血圧とかはないような」


「猫の睡眠時間が長いだけです」


 また猫扱いしたのに、チャコは言い返さず船を漕ぎながら歩いていた。

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