8-2 イロ島へ再び
時間は午後一時だが、周囲は真っ暗。
月明かりのように世界を照らしてくれる優しい光もなければ、車の光のようにわずらわしいほど強い光もない。
道標になるのは神様の灯した聖火の光だ。
久しぶりにこの常闇の世界へとやってきた。
この世界でも四季はあり、今は夏なのだが夜風と汐風がまじりとても涼しい。
カーディガンを羽織ってきて正解だったと思いながら橋を渡り、灯籠と灯台に照らされるイロ島へと足を踏み入れる。
去年の今頃もこうしてイロ島へとやってきたのだが、そのときとは違い足取りはとても軽い。
こうしてお祭りのような仲見世通りを歩いていると、気分が盛り上がってくるのを感じ、自然と足も早くなる。
コノミの明るい声が聴こえるお土産屋の横を通り過ぎる、神社につながる階段がある。
イロ島に初めてきたであろう観光客が、息を切らせながら歩いているのをホタルは軽々と追い抜いていく。
「にゃから!
どうしてみゃ~たちが猫探しをしなくちゃならないにゃ!?」
「アヤアさんに頼まれたからです。
あちらの猫が子宝に恵まれ、しかも親に似てわんぱくらしいですから」
階段の上から元気な声が聞こえてきた。
このふたりの声を聞いていると、イロ島は今日も平和だとホタルは感じ、自然と笑みがこぼれてしまう。
「そんなの理由にならないにゃ!
だいだい子猫でもみゃ~の加護があるイロ島で、そんな危ないことがあるわけがにゃい!」
「子猫だからなにするかわからないでしょう。
去年木から落ちて痛い目にあったのはどなたでしたっけ?
猫も木から落ちます」
「それを言うにゃら『猿も木から落ちる』にゃ!」
階段を登りきるとイロ島神社の正面に出る。
「ワダチさん、猫神様」
「ホタルか久しぶりだにゃ」
声をかけると、先程までの不機嫌な様子が吹き飛んだようにチャコは、溢れ出るような笑みを返してくれる。
「はい。ご無沙汰しています」
ホタルはふたりにきれいな礼をする。
「元気そうでなによりです」
「神様もワダチさんも、変わらずお元気そうでなによりです」
お世辞のような挨拶言葉ではなく、ホタルは心の底からそう思う。
先程からのやりとりを聞いてれば、ふたりが元気なのは確認するまでもない。
「ワダチの減らず口も変わってないにゃ」
「神様のいい加減なところも変わってません」
そう軽口を言い合うふたりを見て、ホタルはニッコリと笑ってみせた。
「それで出世したのであの時のお金をお持ちしました」
「ホントにもってきたのかにゃ。
ワダチの言うことなんか聞かなくてもいいのに」
「そういうことはお賽銭と初穂料を増やしてから言ってください」
「では、これを――」
「それなら、あそこに入れてください」
ワダチはホタルの差し出した封筒を受け取らず、神社の入り口を指差す。
そこには普通の神社の例に漏れずお賽銭箱があった。
周囲にはだれもおらず、お賽銭も初穂料も去年から増えていないのだとホタルは思いながら箱の前へ。
「神様へはお札より銭の方がいいです。
音がしないと神様はお賽銭があったことに気が付かないんです」
「みゃ~は耳がいいからお札でも分かるぞ」
「神様は畳まれたお札を開こうとすると、破いてしまうので小銭で」
「それいう言うにゃ~」
神社の主であるふたりの声を聞きながら、封筒をしまって財布を取り出した。
封筒に入ったお金と同じくらいの金額になる硬貨を取り出し、お賽銭箱へ。
重たい硬貨が、お賽銭箱の底にぶつかり重たい音がした。
ホタルは姿勢を正し、一礼。
そして両手を二回叩き、最後に一礼。
チャコのワダチも、ホタルのお参りを黙って見守っていた。
「それで、今日はお礼参りにしにきたわけじゃありませんよね」
お参りが済んだところで、ワダチは声をかける。
「はい、イロ島を雑誌で紹介することになって、今日はその下見などをしにきたんです」
「なんで分かったにゃ?」
「写真機を持っていたからですよ。
お礼参りだけなら、持ってきません」
「にゃるほど~」
チャコは腕を組んで頷く。
「仕事、順調そうですね」
「はい」
「みゃ~のおかげにゃ」
写真機の発光装置のようにチャコはパッと笑顔を見せる。
ホタルの仕事が順調なのを喜び、さらに自分の功績を自慢するような笑みだと感じたホタルは、
「そうです。
猫神様、ありがとうございます」
満面の笑みでチャコの言うことを肯定した。
「いやいやいやいやいや、褒められると照れるにゃ」
チャコは猫が毛づくろいをしているような動きをしながら言った。
「さ、神様、猫探しに行きますよ」
ワダチはチャコの手を引いてずるずると歩き始めた。




