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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第四章 灯台とかお風呂とか
19/33

4-4 猫神様と神主さんは恋人同士?

 食後のお茶を飲みながらホタルはチャコのことを見ていた。


 ホタルは灯台でのトラブルのあと、ずっとワダチとチャコの関係が気になって仕方がない。

 ふたりがイロ島の神様とその神社の神主ということは知っている。

 だが、それにしては仕事という間柄には見えない。


 ホタルの思う仕事の間柄というのは冷たい関係で、取材など人前では仲良さそうに振る舞っていても、裏では打ち合わせ以外で言葉をかわさないということも多いという印象を強く持っていた。

 もちろん友達関係になることもあるが、ホタルの前にはそんなひとは現れなかったうえに、そういった関係のひとを見ていなかった。


 他の偶像仲間とは競い合うだけの仲。

 他人を蹴落としてでも業界で生き残ろうとする生存競争をする相手だ。


 そんな環境で仕事をしていたからか、ワダチとチャコの仲は不思議でならない。


 もしかしたら、神々と神主という間柄とは違う関係があるのではないか。

 そんなことを考えながら、食後にぼーっとしているチャコを見ていた。

 

「なんにゃ、ホタル。

 みゃ~の顔になにかついてるかにゃ?」


「あ、なんでもないです」

「みゃ~のこと気になるかにゃ?」

「えっと、はい」


「そうかそうか。なんでも聞いてみるがよいにゃ!

『ふらいべえと』なこと以外はなんでも答えるにゃ」


 聞きなれない言葉が出てきた。チャコが口にした言葉に近い単語は、

「『プライベート』ですか?」


 ホタルの居た世界で『個人的』という意味で使われる言葉だ。


「にゃ? そうなのか?」


 チャコのように通じない相手が居るので極力使わないようにしている。


 だが『アイドル』の意味をワダチは理解していた。

 観光客が多いから覚えたのか、それとも勉強したのか、あるいはワダチは別の世界の出身なのか。

 これもホタルの気になることのひとつだ。


 やっぱり知っていそうな第三者に聞いてみたい。


「無理して他の世界の言葉を使おうとしなくていいです。みっともない」

「みっともないとはなんにゃ!」


 お風呂の支度をしてたワダチが居間に戻ってきていた。

 いつも通り神様であるチャコに対して軽口を叩く。


「あの、わたし、お風呂の前に少し出かけてきますね」


 ホタルは出かけることを決めて、それをふたりに告げる。


「大丈夫かにゃ? みゃ~がついていこうか?」

「神様がついていくと逆にホタルさんの迷惑になりますよ」


「そんなことないにゃ!

 みゃ~はイロ島の猫神にゃ!

 万が一ホタルの身になにかあったらみゃ~がちゃ~んと――」


「その『万が一』が起きないように仕事してください。

 そういうことは、起こったのを解決するのではなく、防ぐことが大切ですから」


「にゃあ~」

 正論を言われチャコは畳の上に倒れる。


 そんなふたりのやり取りを見てホタルは、

「あの、やっぱりひとりで出かけないほうがいいでしょうか」

 と少し不安になる。


 今でも外に出るとずっと夜なのは違和感で、灯籠に灯されていない場所は怖いと感じる。


「大丈夫ですよ。

 灯籠の光や建物の灯りがある場所は安全ですから」


「聖火が守ってくれるからですか?」

「そうです。それになにかあれば島のひとが助けてくれますよ」


 ワダチは少し優しさを感じるような声で言ってくれた。

 いつもどおりのぶっきらぼうだとも言える口調ではあるが、語尾が少し上がっている。


 意外と不器用なひとなのかもしれないと思った。


「はい。では行ってきます」


 ワダチが少し微笑ましいと感じたホタルは、ふたりに笑って外出を宣言する。


「お風呂は蓋をしておくので、帰ってきたらゆっくり入ってください」


「すみません。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げてホタルは神社の裏口を出た。



 夕飯のあとにホタルがやってきたのは喫茶店『いろまる』だった。


 営業中の看板がガラスの戸にかかっており、店内にはつけ台を暇そうに拭いているミーコの姿があった。

 耳も尻尾もタレており、外から見てもやる気を感じない。


「こんにちは~」


 ホタルは少しワクワクした気持ちで店に入る。


「あら、ホタルじゃない。いらっしゃい、ひとり?」


 店内に入るホタルを見てミーコの耳と尻尾がピクリと立つ。

 とても分かりやすい反応にホタルの口から思わず笑みがこぼれた。


「はい。ちょっとミーコさんとお話したくって」

「いいよ~。あたしかわいい子好きだから、珈琲か紅茶奢ってあげるわ」


 ミーコは歯を見せてごきげんそうに笑った。


「いいんですか?」

「ちょっとミーコちゃん~」


 つけ場奥の調理場から店長の声だけが聞こえてきた。

 だがミーコは見向きもせず、

「気にしなくていいわよ」

 と笑顔を崩さずに言った。


「あはは……じゃあ、あったかい珈琲をお願いします」


 ジャック店長に申し訳ないと思いながらも、ミーコの好意はちゃんと受け取りたい。

 そんなホタルは苦笑いで答える。


(今度店長さんにお代を渡しておこう)

 そう思ってつけ台の前にある脚長の椅子に座る。


 温かみのある店内には何人かの客が居た。

 読書をする女性や色眼鏡をかけた男性。


(あのひと先日も見たような――)


 具体的にはコノミのお土産屋を手伝ったときだ。

 観光客でこれから帰るからお土産を買ったのだろうと思ったが、今はここで珈琲を飲んでいる。


「はい、砂糖と牛乳はどうする?」

 思考を巡らせ始める前にミーコが声をかけた。


「あ、牛乳多めで」

「はいよ」


 ミーコは慣れた手つきで珈琲茶碗――ホタルの世界で言うカップ――に水差しの牛乳を注ぐ。

 黒い珈琲の中に白い渦ができる。

 これをじっくり見るだけの余裕が今はあるんだと、ホタルは感じる。


「それでどうしたの? あたしとお話したいって?」


 こんなふうに誰かに個人的なことを相談するのは初めてかもしれない。

 今までしてきた相談らしい相談は、仕事のことばかりで、それもひとりしかできる相手がいなかった。


 その相手にも仕事をやめたいということは最後まで相談できなかった。

 だが今は仕事のことは気にしなくていい。目の前の気になることを聞きに来たのだ。


「ワダチさんのことを教えてほしくって」

「チャコちゃんに聞けばいいじゃないか?」


 ケロッと答えられた。

 いつもそばにいるのだし、家事などでチャコが居間にゴロゴロしているところを聞けばいい。

 本人もかまってもらえるのが嬉しいから喜んで質問などに答えてくれるだろう。


「猫神様に伺うのはちょっと……」


 チャコにも聞けない理由があった。

 チャコのことも関わっているからだ。

 ホタルは目を茶色い珈琲に向けて、間の悪そうな顔をする。


 ミーコは特に気にせずに、

「まいいや、なにが聞きたい?」

 と聞いてきた。

 つけ台に腕を置き、やや前のめりに話を聞く姿勢を作る。


「ワダチさんと猫神様ってそういう仲なのかなって」

「そういうって、漫才二人組かどうかか?」

「そうじゃなくて……その――」


 首を傾げるミーコからすればなにを悩んでいるのだろうという感じだろう。

 だがホタルとしてはどういった言葉で聞けば恥ずかしくないのか考えている。


 だが一番適当な言葉はこれしかない。


「その、夫婦なのかなって」


 言った後『恋人同士』とか『籍を入れている』などもあったことに気が付き、顔を赤くして珈琲に口をつける。

 さらに顔が熱く、どうして自分は温かい飲み物を選んだのかと思い始める。


 ミーコは口をあんぐりと開けて、

「あ~、夫婦かどうかは分からん。

 チャコちゃんはこの島の神様で、ワダチはその神社の神主って関係だしな」

「そうでしたか……」


 やはり仲の良さそうな島の住民でも、ホタルの知っている以上の情報は持っていないらしい。

 そう思ってホタルは腹式呼吸で長めのため息をつく。


「なに、まさかワダチのこと好きになっちゃった?」


 そんな様子を見たミーコは軽い声でからかう。

 だがホタルの手は止まった。


 どうしてワダチとチャコの仲がこんなにも気になっていたのだろうか。

 ふたりがどういう関係であっても自分とは関係ないはずだった。


 ミーコの言葉で気がついた。ワダチのことが気になるのだ。


 ぶっきらぼうな言い方だが、自分のことを考えてくれているような言葉をかけてくれる。

 背広が似合うのもかっこよかったし、自分と違い炊事家事洗濯もできる。

 さらに自分の身に危機が迫ったときは、すぐに駆けつけてくれるだろうと思える優しさもある。


 自分の周りにはいなかったような存在に、心を惹かれていたのだ。


 そこに気が付き、

「……はい」

 弱々しく返事をした。


「まじかよ。あいつそんなにモテるやつなのか」


 ミーコは苦虫を噛んでいるような引きつった顔をする。

 接客業をしているのにそんな顔をしてはいけないとホタルは思ったが、それよりも気になることがミーコの口からでてきた。


「えっ、他にもワダチさんに想いを寄せてる方がいらっしゃるんですか?」


 ワダチの周りには少なくとも、お茶屋のアヤア、お土産屋のコノミ、喫茶店のミーコ、神様のチャコとホタル自身を除いて四人も女性がいるのを知っている。

 もしかしたら他にもあるイロ島のお店の女性と交流があるかもしれない。


「お土産屋のコノミ。

 あいつはなにかあるとすぐ『ワダチちゃんワダチちゃん』って、子供か!って思うほどだ」


 思い返してみればかなりベタベタしていたようにも思えた。


「他にはいらっしゃるんですか?」

「…………」


 もしかしたらと思ってホタルは聞いてみるが、ミーコ顔を固めたまま黙ってしまった。


「ミーコさん?」

「お前の目の前にいる」


 ミーコは小声でホタルに言った。

 言い終えた後のミーコの顔は店内の灯りよりも明るい赤に染まっており、そのまま常闇の道を歩けそうだった。


「えっ、うそ……そんな」

「悪かったな!」


 店内にも日々か渡るような大声でミーコは叫んだ。


「そ、そんなつもりじゃ」


 別に怒らせるつもりはなかった。

 本当に驚いただけだとホタルは両手を前に出して振る。


「いやいい。だがそれ以上にワダチのやつはチャコちゃんにぞっこんだ」


 顔は真っ赤のまま、身を縮こませてミーコは言う。


「やっぱりそうなんですね……」


 先日の灯台での騒動を思い出す。

 ワダチは普段チャコに対して軽口ばかり言っているが、あのときチャコの名前を呼んだときの声はとても真剣だった。


 ホタルが羨ましいと思うほど大切にされているのがよく分かる。

 それを好意や愛情と見ないでなんと呼ぶのか。

 今更気がついた。


「ワダチにとってチャコは恩人らしいが、どうにもそれ以上に思えてしかたないんだよな」


 ふたりのことを一番知っていそうなミーコでも、知らない出来事があるようだ。

 ホタルはうつむいた。


 この話を聞く限り、今気がついたこの恋愛は叶いそうにない。


 だったらすっぱり諦めたほうが良いのかもしれない。

 そもそも自分たちは仕事のため『恋愛禁止』というルールを課してきたのだ。

 今更恋愛のひとつやふたつを諦めるのは大したことではないはずだ。


 なのに諦めたくないという思いもある。


「ま、でもそれで恋を諦めるかどうかは別問題だがな。

 あの頑固者を落とすっていう恋愛遊戯は結構楽しいもんだぞ」


 両腕を腰にやり、胸を張ってミーコは、悪ガキのような余裕の笑みを浮かべて言った。


「前向きですね」


 自分にはできない考え方と姿勢だ。


「せっかくこの世に生まれたんだ。いろいろ楽しまないとな」

「生まれたら、楽しむ」


「そうさ。

 そうじゃなかったら天狗の縦社会を放り捨てて、こんなところで喫茶店の店員なんてやらないさ」


「僕としては本当に仕事をしているのか怪しいけどね~」


 作った甘味をお盆に載せ、店長が通りすがりに言った。

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