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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第四章 灯台とかお風呂とか
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4-3 レンズと瘴気

 展望台からもう一階登るとそこにはまた部屋があった。


「じゃあ今日は体験ということでここを掃除してもらう」

「ここは?」


 十畳ほどの部屋には一面ガラス張りで、展望台とほぼ同じ景色が見えている。


 だが目立つのは中央にある大きなレンズだ。


「レンズ室。

 そこにあるのがさっき話した灯台の聖火、このレンズを通して光と遠くに行き届かせているんだ。

 レンズもでかいから、他の灯台と比べてこの部屋もかなり広い」


「そうですね……。

 灯台ってもっと小さいものを見てきましたから、こんなおっきなレンズ初めて見ます」


「きれいでしょう?

 これのお手入れも俺たちの仕事なんだ」


 ヒロシは少し偉そうに、それでも自慢しすぎないように、声を作って言う。


「今は掃除の時間になるから一旦止めている。

 この時間は別の世界では日が登っているから、その間に掃除をしているんだ」


「なるほど。他の世界の時間に合わせてるんですね」

「そのとおり!」


(今日のヒロシ必死すぎて面白いにゃ)

 ヒロシとホタルに背を向けてチャコが小さく笑う。


(神様、ひとの恋路を見て笑うのは、イロ島の神々としてどうかと思います)


 面白いのは同意するが、一応神様の面子もあるので注意はする。

 当然この注意でチャコが態度を改めるとは思っていない。


「ヒロシ、せっかく神様も来てるし、今日は神様にも瘴気や厄払いをしてもらったらどうだ?」

 ワダチはふと思い立って声を上げた。


 チャコに神々の自覚を持たせるには、神々の仕事をさせるのがいい。

「にゃ!?」


 お灸が急に背中に置かれたみたいにチャコは声をあげた。


「おお、それはありがたい。

 最近頑固で落ちにくい瘴気が多くて、神様なら簡単に祓ってくれるな」


「神を強い洗剤みたいに言うにゃ!」


「神様、最近灯台の見回りをサボってましたよね」

「にゃ!?」


 不機嫌な表情から一変、目を細めた顔になるチャコはその表情で固まる。


「そいえば週に一度来てもらうはずが、今日会うのは久しぶりだったな」


 わざとらしく思い出したようにヒロシがつぶやく。


「ひ、ヒロシ、それは言わないでほしいって約束したにゃ」


 チャコのその言葉に、ヒロシはそっぽを向いて聞いていないふりをした。


「ほ、ホタル、助けるにゃ」

「ごめんなさい神様。お掃除わたしも手伝いますから」


 ホタルは両手を合わせて謝る。


「じゃあ、神様。灯台の厄払いをお願いします」

「にゃぁ~」


 ワダチの言葉に、チャコは脱力したような声を上げてへたり込んだ。


「神様、こんなところに座るとお召し物が汚れます」



「神様~、ここの埃が取れないのでお願いしていいですか?」


 ホタルたちからは普通の埃に見えるが、実際は瘴気や厄なども紛れている。

 あまり強くなければ埃と一緒に()()ことができるが、固まりひとや妖怪に影響を与えるようになってくるとなかなか()()ことはできない。


「はいはい、今行くにゃ」


 チャコはそれを文字通りほうきで掃くように祓うことができる。


「なんでみゃ~が掃除をしないといけないにゃ」


 チャコはブツブツと文句を呟きながらほうきでホコリを集める。


「そりゃ、しばらくサボったからですよ。

 毎週ちょっとずつやってれば、こんなことにはならなかったでしょう?」


「毎週灯台を登るのは面倒にゃ」

「いい運動じゃないですか」


「俺なんて毎日何往復してると思ってるんだ。おかげで体力が自慢になったぞ」

「確かにヒロシさんは、これだけ登ったのに全然疲れてなさそうですね」

「でしょう!」


「そんなの自慢にならないにゃ。ホタルだって全然疲れてなさそうにゃ」

「わたしは鍛えてたので……」

「鍛えてた?」


「はい、踊りも歌も体力を使うので」


「ひとは見かけによらないにゃ……」

 細そうな体によらず、自分よりも体力があることに驚いて目を細めてチャコは、レンズ近くの埃を払おうとほうきを動かすと、

「にゃ!?」

 チャコの短い悲鳴と同時に大きなガラスが割れる音が聞こえてきた。


「神様!?」

 ワダチが大きな声を上げて音のする方を見ると、座り込むチャコの前に沢山のガラス片が散っている。


「レンズが割れたにゃ」

 未だになにが起こったのかよく分かっていないように、チャコはぽかんとした顔のままそうつぶやいた。


「怪我はないですか?」

「ないにゃ」


 ワダチのとても真剣な表情での問いかけにも、チャコは顔を変えずに答える。

 ワダチはチャコの様子を再度見直してから、ため息をつき、

「……神様、専門外のものに不用意に触らないように言ってるじゃないですか」

 いつもの口調で苦言を漏らした。


「こっ、これは勝手に割れたんだにゃ」


 するとチャコもいつもの口調で、両手を前に出して振りながらワダチに弁解し始める。


「いいよいいよ。それは次の掃除のときに付け替える予定だったレンズだし」

「じゃあ、なんでいきなり割れたんですか?」


 安堵した表情のヒロシに、悪寒を感じているように腕を抱くホタルが聞く。


 常識的に考えて、ガラスがひとりでに割れることはないのだ。

 異常な気温、大気状態ならその限りではないにしても、ホタルはそのような異常さは感じていない。

 あるいは人間の感知でない見えない何かが動いたのかもしれない、ホタルはそう思った。


「多分、瘴気や厄をたくさん吸ったからだと思うにゃ。

 ああもちろん、ホタルのせいじゃにゃい」


 チャコは割れたレンズとレンズの置いてあった場所を見ながら言った。

 その目は本当の猫のように瞳孔が開いており、見えない何かを警戒するようにホタルには見えた。


「今はもう大丈夫みたいにゃ」


 そして危険がないことを付け加えた。

 チャコの言葉を聞いたヒロシは、

「じゃあちょっと下に連絡してくる。

 替えのレンズを運ばないと行けないからな」


「こっちはガラスの片付けしてるぞ」

「頼む」

 ワダチの言葉にヒロシはそう答えると、駆け足で階段を降りていった。


「神様、立てますか」

「もちろんにゃ」


 ワダチが差し出した手に、チャコが手を伸ばす。


 ホタルはただふたりを見ていた。


「ちょっとうらやましいかも」

 小声でホタルは呟いた。


 怪我をしそうになった事故はホタルも見舞われたことがある。

 重いものが倒れてきたり、ひとにぶつかりそうになったり、かすり傷程度は受けたこともあった。


 だが実際に心配されたのは倒れてきた物だったり、ぶつかった相手だった。


 ホタルも心配するべきは自分ではなく、相手や高価な機材であることは頭のなかで理解していた。


 それでも心の奥底では自分の方を心配してほしい。

 大きな怪我をしてしまったらどうするんだと考えていることも確かだ。


 ワダチが目に見えてホタルのことをとても心配している。

 大切にしている。それが少し――とてもうらやましい。


「ワダチさん、猫神様のこと大切に思ってるんですね」


 少し嫉妬にも似た言い方をしてしまった。


「……怪我するとまたにゃ~にゃ~うるさくなるので」

 だがワダチは照れ隠しなのか、いつもどおりそっけない口調で答えた。


「なんにゃ!

 もっとみゃ~に優しくするにゃ!」


 対してチャコもいつもどおりの声で反論。


「神主さんも神様もいつもの漫才をしてないで、ガラスの片付しろよ」


 いつの間にか戻ってきたヒロシが腕を組み目を細めてそう言った。

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