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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第四章 灯台とかお風呂とか
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4-2 一つ目小僧の、必死なお仕事紹介

 灯台の真下に着くと、鳥居があった。

 その先にはこの世界には珍しい鉄製の枠の扉がある。


 隣にはなぜかたくさんの雑巾が干されていた。


「ここから灯台に入れる」

「お邪魔します」


 ホタルがそう言いながら薄暗い空間に入る。

 灯台に入るとまっすぐに伸びた木製の支柱が目に入った。


 そして壁沿いにぐるりと作られた螺旋階段、そして大量のほうきやちりとり、鉄製の扉以上にこの世界では珍しいものがあった。


「ブレーカー」


 壁に設置された箱の上の端末をホタルはそう呼んだ。


「別の世界ではそう呼ぶんだな。

 多分ホタルさんの思っているとおり、これは『配線用遮断器』だ。

 灯台の明かりを回すために島で唯一電気を使ってる」


 そう解説しながら、ヒロシは階段を登り始める。


「だからここでの仕事はほとんどが掃除と、安全点検だ」

「そうなんですね」


 続いて階段を登ったホタルはそう言いながら目を丸くした。


「意外?」

「もっと専門的な仕事だと思ってたので」

 うなずきながらそう答えた。


 どのような知識が必要なのか、資格はあったほうがいいのか、ならどんな資格が必要なのかなど想像はできない。

 だが『管理』や『点検』という言葉がホタルに難しそうな印象を与えていた。


「偉くなったら灯台の成り立ちとか、設計とかそういうのは学ぶことになるけど、そういうのはあとでいい」


 階段を歩きながらヒロシは大きな目をつむり、背中で腕を込んでカッコつけて偉そうに解説する。


 ホタルは別に偉そうにも、カッコつけにも見えていない。

 仕事にするかもしれないことなので、真剣にヒロシの話を聞いていた。


「それよりも掃除自体が結構大変だ。

 灯台はすぐ汚れる。

 だから毎日大掃除してるみたいなもんなんだ」


「どうしすぐに汚れるんです?」

 理由が分からず訪ねてみる。


 するとヒロシは『よくぞ聞いてくれた』と言わんばかりの決め顔をして、振り向いた。

 大きな瞳に、ホタルの不思議そうな表情が映っていた。


「ここ灯台は船に島の位置を知らせているだけでなく、他の世界にも場所を教えているんだ」


「船だけじゃなく世界移動新幹線にも場所を教えてるってことです?」


「もちろん。

 でもその明かりを求めて瘴気――良くない空気も集まってくるんだ。

 その空気は明かりに当たろうとせず、明かりでできた影を好む。

 良くない空気は影を増やし、最終的には光源を覆ってしまう。すると明かりは消えてなくなる。

 そうならないように毎日掃除をしてるんだ」


「ちょっと怖いですね」

 本当はちょっとではなく寒気を覚えるほど怖い。


 チャコいわく、自分には瘴気がまとわりついていると言う。

 それが集まりすぎると体によくないとは聞いているが、まさか目に見えた影響も与えるとは思っていなかった。


 ホタルは腕を組んで鳥肌が立つ肌を温める。


「そしてイロ島で使われている明かりのほとんどはこの灯台の火を使ってる。

 ここの火がなくなるということは島から明かりが消えることになる」


「でも灯台下暗し。

 だから、下には悪い空気が溜まってしまうんですね」


「そういうこと」

「まるでわたしみたいですね」


 自分がどれだけ光っていても足元は明かりが当たらず暗くなる。

 お客さんがどれだけ光を灯してくれても、足元は暗い。

 自分は灯台のようだとホタルは思い、うつむく。


「もしかしたらホタルさんは、光を求めてイロ島にやってきたのかもしれないね」


「光を求めて……」


「そう。新しい希望っていうのかな。そんな感じの」

「灯台の光は『希望の光』なんですか?」


「詩的な言い方をしますね」

「あ、ごめんなさい。分かりづらかったですか?」


 ヒロシはその表現が気に入ったと言わんばかりの笑顔をする。


「ホタルさんのその表現、とても正しいですよ。

 灯台の火は島の初代猫神様が灯した聖火。

 さっきの話と矛盾するようだけど、光には瘴気や厄を浄化する力がある。

 そういう意味では『希望の光』であってるかもな」


「だから大事にしてるんですね。

 ヒロシさんはとても大切な仕事をしている方なんですね。

 ちょっとかっこいいかも」


「まあな」


 ヒロシは顔をそらした。

 もちろんその顔は真っ赤になっていた。



 階段の途中には外に出れる扉があった。この扉も鉄製だ。


「ここが展望台。

 一般公開はしてないから、こういう機会でもないと見れれないと思う」


 そう言ってヒロシは力を入れて扉を開けた。

 ふわっと外の風が入り、ホタルの黒髪をなびかせた。


 展望台は三六〇度ぐるりと回れるように作られており、周囲を鉄製の柵が覆っている。


 柵の前までやってきたホタルはその景色を見下ろす。


 街灯に照らされる長い橋、常闇の世界に光る街の明かり、それを反射する海と光を歪ませる波。

 真下は先ほど歩いてきた境内や、島の明かりが見える。

 街の明かりよりも島の明かりのほうが温かい色をしていた。


 常闇の世界のはずなのにこんなにも明るかった。


「きれいですね」


 ホタルは自分たちの居た世界のチカチカした夜景よりも、温かい光だと感じた。

 おそらく電気で作られた光ではないのだろう。

 島の灯りは猫神様の聖火なのは聞いたが、橋向うの街の灯りはどうなのか気にしながらその景色を見ていた。


「だろう?」


 ヒロシは自慢げに返事をするが、その顔も声もあまりホタルには届いていない。


「この景色を守るために、ヒロシさんは頑張ってるんですね」


「ま、ま~ね……。

 ホタルさんもここで仕事をすることになったら、また見る機会ができるんじゃないかな」


「それは魅力的かもしれません」


 目に優しい夜景ならボーッと見ていても疲れないだろう。

 わざわざ入れるようにしているということは、休憩時にはここにいることも許されるかもしれない。


「どうだい?

 仕事もそんなに難しくないし、毎日この景色が見放題、給料もいいし女性も結構いる」


「そうですね……いいかもしれません」


 条件だけ聞けばいい仕事。

 元いた世界ではなかなか見つけられないかもしれない。


「だろう? あ~でも焦らなくていいよ。

 ちゃんと考えてから答えをくれればいいし、分からないことがあればいつでも聞きに来てくれればいいからさ」


「はい、ありがとうございます」


「それにそれに、灯台のことだけじゃなくて島のことでも気になることがあれば俺に聞いてくれ。

 先代の猫神様が引退する前くらいから俺はここで仕事をしてたんだ。

 だから今の猫神様やワダチでも分からないことがあれば、俺のところに来てくればいいぞ。

 灯台で働いてるみんなには話を通しておくから」


「は、はい」


 気を使ってくれてるのは分かるが、先代の猫神様のことまでは知らなくても大丈夫かもしれない。

 だが必死なヒロシにホタルははっきりと『結構です』とは言えず、なんとか笑いを維持して返事をしている。



 ホタルとヒロシの会話を邪魔しないよう、チャコとワダチは後ろをついて歩いていた。


 ようやく展望台はもうちょっと登る必要がある。


「なんにゃ、ヒロシのやつ。普段真面目に働いてるくせに、かわいい女の子にベッタリか」


 だがチャコの耳にはふたりの会話が聞こえるらしく、そんなことを言いながら不機嫌そうな顔をしていた。


「神様は普段真面目に働いてから、そういうことを言ってください」

「いいのかにゃ? ホタルをヒロシにとられるぞ」


 チャコは不機嫌な声のままワダチに聞いた。ワダチはため息をついてから、

「別に俺のものじゃないです。それに」

「それに?」

「偶像には恋愛禁止という決まりもあります」


 どこで聞いたのかは覚えていない。

 だが世間的にはそうなってることをなぜかワダチは覚えていた。

 随分と不便そうな決まり事だと思ったが、偶像の仕事の性質上、仕方がないと納得もしている。


「それじゃヒロシはフラれるのかにゃ?」

「どうでしょう」


 ホタルが現在も偶像であれば、チャコの言うとおりフラれるだろう。

 だが今はそうではない。

 可能性がないわけではないので、ワダチは曖昧な返事をした。


「ワダチ、意地悪なやつだにゃ」


 だがチャコはほぼほぼ叶わない恋愛を応援していると思ったようだ。


「ホタルさんが偶像をやめれば、別に恋愛禁止じゃなくなりますから、俺は意地悪をしているつもりはありません」


 ホタルが偶像であることをやめればその限りではない。

 恋愛をきっかけに偶像を引退した者もいると小耳に挟んだことがある。


 なのでいじめっ子のように思われるのは嫌だ。

 ワダチはそう思いながら淡々とした口調で反論した。


「ま、いいにゃ」

「いいんですか」

 と思ったらチャコがケロッと話題を放り投げた。


「ヒロシがホタルをとってくれれば、ワダチはみゃ~のお世話係に戻るにゃ」

「俺は神様のお世話係になった覚えはありません」


 だが炊事家事洗濯、神社の運営、島の住民からの相談受付など、神社のほとんどの仕事をしている。

 これでは神様のお世話係と言われても反論できないのは確かだ。


 それをチャコ本人に言われるのは不本意ではあるが。


「でもワダチはみゃ~の神社の神主であるべきだにゃ」


 そう言ってチャコはワダチの手を握る。


 普通の猫のような肉球はなく、ひとの手と変わらない。

 小さくて少し柔らかい感触がワダチの指に触れた。


「あまり仕事環境が悪いとまた辞めてしまうかもしれませんよ」


「そうはさせないにゃ。

 みゃ~と一緒じゃないとこんな景色見られない。

 こんないい仕事はめったにないにゃ」


 チャコは偉そうに言った。

 だがこの景色を支えているのは自分であることを知っていれば、偉そうに言いたくなるのも仕方がないと思う。


「まあ、そうですね」

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