3-2 猫神様の扱い
「い、いらっしゃいませ……」
店内に入ってくる客に挨拶をするチャコの声は震えていた。
顔はうつむき、足は内股。尻尾は左右に落ち着きがなく動いており、接客をするひとの姿勢ではない。
「チャコちゃん『にゃ』はどうしたの?」
だがコノミが指摘したのはその姿勢ではなく語尾だった。
「これ以上みゃ~に恥を増やせというのかにゃ!?」
「にゃ~にゃ~言っているのが恥ずかしいことだって、自覚はあるんですね」
着慣れた背広を来たワダチが着替えを終えてやってきた。
こちらもいつもと違う服を着ているが、あまりにもいつも通りなので、
「ワダチはその格好恥ずかしくないのかにゃ!?」
と大きな声をあげる。
観光客はそれに驚くが、チャコの愛らしい格好と声に笑みをこぼす。
「このみにも言ったが、似たような服を前に着てたからな。それも毎日」
淡々と語るワダチは黒い背広を着こなしていた。
いつもの袴よりも体が細く見え、本人の姿勢も良いのでとても凛々しく見える。
衣装遊び(コスプレ)ではなく、本物の執事だと言っても納得できるような出で立ちだ。
「ぐぬぬ」
自分と違い着慣れた服を着ていることに苛立ち顔をこわばらせる。
「チャコちゃん、笑って笑って。神様がムスっとしてたら怖いよ~」
コノミはチャコの頬に指を当てて按摩するようにクリクリと動かす。
「こんなときだけ神あつかいするにゃ!」
声を上げてコノミの柔らかい指を払う。
「ほらホタルさんを見習ってください。
あちらも神様と同じ服を着ているのに立派に仕事をしていますよ」
ワダチの言葉に、チャコは目を細めながら店先にいるホタルの方を見る。
「いらっしゃいませー」
前変えの上に重ねた両手は無駄な力が入っておらず、 背筋はまっすぐ、堂々とした姿勢。
さらにその声は仲見世通りの人混みの中でもとても良く通っていた。
さらに別の世界では有名な世話係の衣装を、とてもよく着こなしている。
ホタルの居た世界の衣装ではないはずだが、着たことがあるようだった。
コノミは輝いた目でホタルを見ており、ワダチも満足げな表情で声を聞いて頷いていた。
「ホタルはこういうの得意っぽいし、いいんだにゃ」
チャコはぷいっと腕を組んでそっぽを向く。
「にゃからみゃ~のこの格好をどうにかするにゃ!
人間も妖怪も神々も向かないことをするのは体に悪いにゃ!」
「大丈夫! チャコちゃんにぴったりだから」
「客寄せパンダとしてね」
「みゃ~は猫神だにゃ!」
「い、いらっしゃいませにゃ」
チャコは再び店先に立たされた。
ぎこちない姿勢に、大根役者のような声だが、それでも観光客の視線を掴む。
「かわいいー」
「猫又の妖怪ちゃん?」
ふたりの女性がチャコに声をかけた。
「み、みゃ~は島の神社の神にゃ」
まるで子供をあやすような言い方にチャコは反論。
「そういう設定なんだ! かわいい~」
「せ、設定じゃないにゃ!」
チャコがあれこれと言うものの、観光客の女性ふたりは微笑ましく笑ってるだけで、まったく信じていない。
「おお、コノミ助け――」
「いらっしゃいませー。
そんな猫神様の『鍵飾り』があるんですが、いかがですかー?」
「な、なんにゃそれは!?」
助けを求める声が遮られるもそんなことがどうでもよくなるものが出てきた。
チャコは驚くというよりうろたえた言い方と顔で、コノミの持ってきた小物を指差す。
「かわいい~」
「これは別の世界で『きいほるだあ』って呼ばれてる人気のおみやげなんですよ」
コノミが飾りを揺らして観光客に見せつける。
「そうじゃなくて、こんなのいつの間に作ったにゃ!」
「ほらほら似てるでしょう?」
質問するチャコを無視して飾りをチャコと並べて比較させる。
「それが聞きたいんじゃないにゃ!
おいワダチ、コノミがこんなのを――」
「神社の鍵にも使ってますよ」
近くに居たワダチは衣嚢から鍵を取り出す。
ジャラジャラと揺らして見せつけられて、チャコの顔はさらに引きつる。
「にゃにゃ!?」
「それください~」
「わたしもー」
「は~い、ありがとうございます~」
「む~」
観光客の女性ふたりが満足そうに店を出ていくのを、チャコは頬を膨らませて見送っていた。
「似てるでしょー。いい職人さんに頼んだ甲斐があったなー」
「ああ、人形はうるさくないし、いいかもな」
「それってみゃ~が黙ってればかわいいってことかにゃ?」
ワダチの言葉にチャコは目を細めて、突き刺さるような視線を送る。
「誰もそんなことは言ってないですよ」
「チャコちゃんは声もかわいいよー」
「……お主ら仲が良さそうにゃ」
ふたりの調子のいい回答を聞いて、チャコは違う種類の目線を送った。
「そうですか? 普通だと思いますよ」
ワダチはしれっとした顔で答えたのに対し、
「そ、そうかな……」
コノミは内股になりモジモジしながらつぶやいた。
「だって、こんなのみゃ~に知られないでいつの間に作ったにゃ」
「前から話し合ってたんだよねー」
いつもどおりの柔らかい声に戻ったコノミは、ワダチにそう声をかける。
「コノミが、新しいおみやげの案がほしいっていうから、俺が提案したんですよ」
だがコノミの顔は少し赤いまま。チャコはそれがなんだか面白くないような顔になる。
「ふ~ん、お主ら付き合ってるのかにゃ?」
「そうかなーそう見えるかな?」
うつむき、内股でモジモジとするコノミだが、なんとか声だけはいつも通りを取り繕う。
「それは神様の考え過ぎというやつですよ」
ワダチにはコノミの仕草や表情が見えていない。
チャコはそんなワダチを不機嫌な細い目で見ていた。




