3-1 お土産屋さんの座敷わらし
神社前の階段を降りて行くと、島につながる橋からまっすぐ伸びている商店街がある。
通称『仲見世通り』と呼ばれてるこの道にはお土産屋や飲食店が並んでいる。
神社や島の象徴である灯台に通じる道は基本的にここしかないため、自然と人通りも多い。
そんな観光客にお金を落としてもらおうと店も活気づくため、年中祭りをやっているような雰囲気が漂っていた。
「お土産屋さんですか」
そんな商店街の一番端、神社に通じる鳥居の真ん前にある店にやってきた。
店の出窓にはたくさんのおもちゃやぬいぐるみが飾られている。
「コノミー。イロ島の猫神たるチャコが来たにゃ」
今回も遠慮なく裏口から入った。
ふたりが遠慮をしないということは、それだけ神社が偉いということか、あるいは相手と慣れ親しんだ関係だからか。
ホタルは少しうらやましいと感じた。
「やっほーワダチちゃん、チャコちゃん」
甘い元気で幼い女の子の声がして、その印象どおりの黄緑色の着物の女の子が出てきた。
丸い顔にふたつに結った長くて黒い髪は、まるで人形のようだった。
「この子が先日言ってた子?」
「ああ。別の世界で偶像のお仕事をしていたホタルさんだ」
「よろしくお願いします」
「コノミだよー。世間では『座敷わらし』って妖怪にあたるのかな。
そしてここでは見ての通りこのお土産屋の店主で看板娘だ!」
昨日のアヤアに対しとても軽いノリで接してくる。
「座敷わらしさんって旅館とかに住み着くって聞いてるんですけど」
「前は島の旅館に住んでたんだけど、飽きちゃった。
そしたらお土産屋さんをやるのが楽しそうだなって思って、自分でお店を建てたんだ!
あ、その旅館は今もちゃんと繁盛してるんだよー」
「はあ」
(座敷わらしってこんなに活発でおしゃべりな妖怪だったかな……)
聞いてもいないことをペラペラと喋られて、ホタルはそんなことを思いながら曖昧な返事をした。
「じゃあ、早速着替えて着替えてー。
ホタルちゃんが来るって聞いて準備してたんだー」
「えっ、わたしのためにですか?」
「そうそう~。あとチャコちゃんも衣装用意したら着て~」
「俺は売り場でも見て待ってるぞ」
「ワダチちゃんも衣装用意したから、ふたりが着替え終わったら来てね~」
ワダチはコノミの言葉に返事もせず、店の売り場へ向かった。
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ホタルはこの衣装についてよく知っていた。
元いた世界の言葉で説明すると、フリルのたくさんついたロングスカート、黒地の上にエプロンのように白い前掛けが施され、腰には大きなリボン。
さらに頭にもフリルのついたカチューシャをつけ、靴はブーツに履き替える。
「メイド服……」
ホタルも一度仕事で来たことがあるが、これで接客をするのは初めてになることを思い、少し眉をひそめながら衣装の俗称をつぶやいた。
「別の世界の接客衣装を参考に作ってみたんだ~。ホタルちゃん似合う~」
対してこれを着せたコノミはとてもうれしそうだ。
笑顔を抑えようとしても溢れ出てしまうような表情でホタルの周りをくるくると回りながら眺めている。
「なんでみゃ~も着せられるんだにゃ!?」
更衣室のふすまをガラリと明けてチャコが出てくる。
着ている衣装はホタルたちと同じようなものだが、スカートの丈がとても短い。
尻尾を振り回していたらめくれて見えてしまいそうだと思い、ホタルは顔を赤くする。
「用意しなくても天然の猫耳と尻尾!
いいよ~。かわいいよ~」
「答えるにゃ!」
「そりゃー、ワダチちゃんと相談してた新しい計画のひとつだからだよー」
「にゃ!? にゃけどどうしてみゃ~を巻き込むにゃ!?」
「この計画の中心にはチャコちゃんが居るからだよー」
「みゃ~が計画の中心ってどういうことにゃ!」
餌を欲しがる猫のように騒ぐチャコを、ホタルはただただ見ていた。
(他のひとでもこんな感じに接してるんだ……)
チャコは島の猫神にもかかわらず、あまり神様として扱っていない。
むしろその扱われ方は偶像に近い。
崇拝される対象にもかかわらず軽く扱われていて、いいのだろうかと思っていると、
「ホタルもなにか言うにゃ!」
話が飛び火してきた。チャコは頬を膨らませてホタルの意見を求めている。
「えっと、わたしはこの衣装別に恥ずかしくないし……」
むしろ着慣れていると言ってもいい。
舞台衣装でも、ビラ配りの仕事でも、今日やるであろう接客の仕事でも着たことがある。
「にゃんでぇ~」
チャコは崩れ落ちて地面にぺたりと座り込む。
「さっすがー! 偶像さんは仕事を選ばないー!」
「あはは……」
そのコノミの言葉は褒められているのだろうか。分からずホタルは乾いた笑いをする。
「もういいにゃ! ワダチに講義してくるにゃ!」
チャコはそう言い放って大きな足踏みをしながら売り場の方へと出ていった。
「今は偶像の仕事をしてないですけど」
ホタルはそれを見送ってからコノミの発言に補足を加える。
「おっとそうだったね。
でもでも、その経験活かせると思うから、今日はよろしくね。
うちで本格的に働いてくれるなら、他の衣装も来てみてくれると嬉しいな~」
コノミに押されたところで、ふとホタルは気がつく。
「もしかして、わたしに服を貸してくださってるのって」
「うん、コノミだよ~」
さも当たり前のようにコノミは甘い笑顔で答える。
「ごめんなさい。わたし、なにも考えずに飛び出して来ちゃって……」
そのせいでワダチやチャコに迷惑をかけている自覚がある。
さらに服を貸してもらっているということは、コノミにも迷惑をかけていた。
そう思うと胃が締め付けられるような感覚がする。
「いいのいいの。
人間でも妖怪でも、生きてたらなにか強い衝動にかられて行動しちゃっうってあるから」
だがコノミはホタルの顔に落ちた影を払う涼しい風のように言った。
「コノミさんもそうなんですか?」
「このお店がそうだからね~。
今回の計画とかも思いついたらすぐにワダチちゃんに相談しに行ってさ~」
「そうなんですね……」
思い立ったら迷わず即実行ができる女性なんだとホタルは感じ、羨ましがるような眼差しを向ける。
これだけの判断力や決断力、度胸があったら自分の道も少し違ってきたかもしれない。
「それにいい服はいい子に来てもらわないとね。
似合わないワタシが持ってても宝の持ち腐れってことあるし」
「そうでしょうか」
「そういうもんだよ」
「コノミさん?」
「さ、今日もお仕事始めるよ~!」
言い終わった後のコノミの表情が少し暗くなった気がして聞いてみたが、コノミはホタルの呼びかけに答えずに売り場へと歩き出した。




