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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第二章 島のお仕事
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2-6 働く理由について

 店の営業時間は午後の六時までだった。

 飲食店ではなく、酒の提供もしていないのでひとが少なくなる時間には閉めるのだという。


「今日はありがとうございました」


 お店の前掛けを返したホタルは一礼。


「いいえ~、お店が気に入ったらいつでも声をかけてくださいね~」


 アヤアは柔らかい雪のような笑顔と、ゆっくりと降ってくる粉雪のような声で返事をした。


「あとこれを」

「これは?」


 渡されたのは白い封筒。

 日当とその金額が書かれており、中身は紙幣のようだった。


「少ないですけど日当ですよ」

「そんな、いいですよ。お昼も頂いたのに……」


 ホタルは慌てて返そうとするが、アヤアは白くて細い氷のような手のひらを前に出して、ホタルの手を押した。


「いいえ、ちゃんと働いたんですから受け取ってください」


 ひんやりとした手と優しい笑顔を前に、ホタルは頷くしかなかった。


「では、失礼します。お疲れ様でした」

「はい~」


 小さく手を振るアヤアに見送れてお店を出ると、心地の良い暖かさを感じた。

 先程まで涼しい場所に居たというのもあるが、わだかまりもなく仕事を終えた開放感もある。


 外は相変わらず暗く、周辺の店も営業を終えているのか戸を締めているので来たときよりも暗く感じた。


 そんな中、見覚えのある影が二人分。


「迎えに来たにゃ!」


 元気な猫の声が聞こえた。もちろんその声の主は猫神のチャコ。

 その隣には硬い表情のワダチが腕を組んでいた。


「わざわざ来てくださったんですか?」


 店から神社までは一〇分程度の道のりだ。

 そんな短い距離とはいえ、来てくれたことにホタルは少し驚き、目をぱっちりさせる。


「ホタルは道がまだ怖いと言ってたから、ちゃんと送り迎えするんだにゃ」


 口を丸くした。

 自分が今朝言っていたことを覚えていてくれたようだ。

 ワダチはなにも言わないが黙ってついてきたということは、チャコと同じ理由で来てくれたのだろう。


「ありがとうございます」


 ホタルは自分のできる一番きれいなお辞儀をした。


「うぬ!」


 チャコはにっこりと笑い、ワダチは頷いた。


「さて、帰りましょうか。お夕飯の準備もすぐできますから」

「はい」


 帰ったときに夕飯がある。

 それも店屋物や保存食品のようなものではなく、その日に作った料理が出てくのだ。ホタルはそれが嬉しくて、周囲に響くような明るい返事をした。


「あ、ごめんなさい。大きな声を出してしまって」

「いいですよ。神様なんてもっとうるさいですから」

「にゃに~!?」


 ワダチの言うことにチャコは大きな声を上げた。

 ホタルはそれを見てクスクスと笑いながら、灯籠の道をゆっくりと歩き出した。


「お仕事どうでしたか?」

「意外とできるもんだと思いました。やったことあると言いましたが、かなり前のことだったので……」


 チャコはホタルの顔を覗き込んで、

「向いてるんじゃないかにゃ?」


「でもちょっとゆっくりしすぎというか、調子が合わないというか、言い方はおかしいかもしれませんが、時間の流れ方が遅いと感じました」


 今まであれば午前一〇時から午後六時までは、やることが多すぎてあっという間だったとホタルは感じていた。

 昼食をとるお昼休憩もままならなかったし、指示や客の行動を待つような時間すらもない。

 仮にあったとしてもその時間を休憩に当てることもできず、自ら行動を起こす必要があった。


「アヤアさんのお店はあんな感じですし、前のお仕事が忙しすぎたからそう感じるのかもしれません」

「……そうかもしれませんね」


「まあ、明日はもうちょっと違う接客の仕事をしてもらうつもりなので、そっちもやってみて考えてください」

「まだお仕事の候補があるんですか?」


 観光地だからだろうか、常に求人があることに驚いたホタルは聞き返した。


「イロ島は思った以上にたくさんの人間や妖怪や神々が働いてるにゃ!」

「神様は猫神だけですけどね」


「そうですよね。

 見えているひとたちだけが、島を支えてるわけじゃないんですね」


 自分たちが出演していた講演会などもそうだった。

 終演後の最後の挨拶には顔も見たことがなかったひとたちがたくさん集まり、みんなでねぎらいの言葉を掛け合う。

 それを思えばこの島も同じであることは想像できた。


「よくご存知で」


 ワダチは問題を解いた子供を褒める先生のような笑みを見せた。


 ホタルの網膜にその顔が焼き付く。

 ワダチの普段の固い顔から、この表情が出てくるとは思わなかった。


 自分の元いた場所では『褒めるときの笑顔』をまったく見ることはなかった。

 できて当たり前、できなければその顔は怖い顔に変わるだけ。


 だからなのだろうか、ホタルにとってその笑顔はあまりに魅力的だった。


 この顔は他のひとの前でもするのだろうか。例えば神様の前でするのだろうか。

 島には他にも仲のいいひとがいるだろう。

 そのひとの前ではするのだろうか。


「どうしたにゃ?」


 ボッーっとしていたホタルはチャコの言葉でハッと我に返る。


 こんなことを考えている場合ではない。

 神様と神主様にはとてもお世話になっている。

 誠意を見せなくてはいけない。


「あの少ないと思いますがこれ……」


 ホタルは先程アヤアから受け取った封筒をそのまま差し出す。


 この封筒の中身では、一泊二日食事付きの料金としては足りないだろう。

 それでも恩義を返したいと思ったホタルは封筒にシワがつくほど強く封筒を持っていた。


「いいえ、これは受け取れません」


 ワダチの硬い手が、ホタルの封筒を持つ手を押した。


「そうにゃそうにゃ。大切なお金、ちゃんと自分のために使うにゃ」


 チャコも猫の笑顔を見せて受取を拒否。


「でも……」

「言ったでしょう? 出世払いですって」

「念のため言っておくが、お賽銭にしても拒否するにゃ」


 ふと思いついたことを先に読まれ、ホタルはうつむいて封筒を引っ込める。


「ですが神様は、もっとお賽銭や初穂料が増えるように努力してください」

「そ、そんなに少なくなってるかにゃ?」

「前年度一割五部減です」

「細かいにゃ!」

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