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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第一章 常闇の島
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1-1 猫神様と神主さん

 灯籠(とうろう)に照らされる石畳の道にふたつの影が映る。


 ひとりは少女。

この世界の単位で四十六寸ほどの身長に、白黒の巫女装束、三寸ほどの高い下駄を鳴らしながら歩いている。


 ひとりは青年。五十六寸ほどの身長、白と黒の袴に、下駄を履いている。


「まったく……。なんでみゃ~がネコ探しなんかしにゃきゃいけないのかにゃ。

 ワダチ! 答えるにゃ!」


 くの字に曲がった尻尾を左右に振りながら幼い声で少女は、隣りにいる男性を少し見上げて大きな声で問う。


対し『ワダチ』と呼ばれた隣の男性は硬い顔のまま、

「神社のお賽銭が減ってきてるからですよ。

 ちゃんと神様が島の役に立っているところを見せないと」

 とため息混じりのめんどくさそうな声で答えた。


 階段の多い島を歩き回り、騒がしい神様の声を聞いて暑さを覚えた。

 ワダチは白黒の袴を少しほぐし、服の隙間から体に風を送る。


「このイロ島の猫神『チャコ』がいるだけで島は平和にゃ!

 その証拠にほれ! こいつもみゃ~の腕の中でぐっすりにゃ!」


 チャコは両手に抱えているオスの三毛猫をワダチに見せつける。


「平和なのは神様の頭の中だけですよ」

「なんか言ったかにゃ?」

「オスの三毛猫は珍しいなぁって話ですよ。

 記憶が確かなら三万分の一の確率でしか生まれないって――」

「ぷぷ~、ワダチは知らないのか? この世界ではメスの三毛猫の方が珍しいにゃ」


 チャコは頬を膨らませて馬鹿にするなにやけた顔でワダチに言った。その声にチャコの腕の中に居た猫は目を覚まし、あくびをする。


「……そんなこと知らなくても生きていけます」



 イロ島は三十八町ほどの面積を持つ小さな島だ。

 観光地としても有名で様々な世界から、様々な人種の観光客が訪れる。


 島の奥にあるお茶屋『つきかげや』の店主の『アヤア』も色白の雪女だ。


「ありがとうございます~」

 のんびりとした声でお礼を言いながらアヤアはチャコから猫を受け取る。


「猫なんだから半日くらい居なくなっても平気にゃ。こんなことに神の手を煩わせるにゃ」

 チャコは空いた腕を組んで頬を膨らませそっぽを向く。


 ワダチとチャコはアヤアに頼まれ、行方不明だった猫を探していた。

 だが失踪していた時間は約半日。

 雪女なのに汗を垂らして神社にやってきたアヤアを見て、ふたりは依頼を引き受けたのだった。


「お礼と言ってはなんですが、甘味をごちそうします~」

 アヤアは涼しい笑顔を見せてそう言った。チャコの耳がビクリと震え、

「こいつがまた失踪したらいつでも呼ぶにゃ」


 両腕を前に出し、力強さを見せつける格好を見せながら言ったチャコ。

 その目は丸い白玉のような形になっていた。


「手のひら返し早いですね」


「なにを言ってるにゃ。島民が困っているのに猫神が放っておけるか!

 ワダチだって、頼まれごとはホイホイ引き受ける、それと同じにゃ」


「はいはいそうですね」


「というわけで、アヤア! よろしく頼むにゃ」



 老舗『つきかげや』の茶色い建物の隣には庭がある。

 そちらも客席になっており、毛氈(もうせん)のかかった長椅子に、手軽に野掛けができるようになっていた。


 冷たい麦茶を飲みながら、ワダチとチャコは階段や坂の多い島を歩き回った疲れを癒やす。


「そいえばさっき、土産屋のコノミとふたりで話しておったにゃ? なにを話してたにゃ?」

 チャコは目を細めて、自分以外の女子と話していたことを追求する。


 アヤアのように堂々と話しをしているのならば、なにも聞かない。

 だが女子に手招きされ、コソコソとした会話をしていたのならば、確認しなければならないと先程から思っていた。


「いや、そろそろ繁盛期だからまたお店の手伝いをしてくれって」

「ホントかにゃ?」

「神様に隠れてしなくちゃいけない、やましい話なんてありません」


 ワダチは包丁で野菜を切り落とすようにスッパリと答えた。

 本当のことを言ったのに、なぜ神様は疑うのか。ワダチには分からず、言い切ると口を結ぶ。


「あらあら、わたしのお店も冬季限定店員さんを募集中なんですよ~」


 オボンを持ったアヤアが店内からやってきた。

 チャコが大きな声で話をしていたのか、アヤアが会話に乗っかるように言う。


「冬に向けて?」

 チャコは妙な言葉に首を傾げた。


「はい~」

「おお~、白玉ぜんさい……」

 だが、かしげた首はすぐに戻り、チャコの目線と興味は店の明かりを反射させる白玉に吸われる。


「白玉多めにしておきました~」

 ぜんざいに入るあずきのような甘い声で言いながら、チャコとワダチの前に茶碗と木のおさじを置く。


「とりあえず、あてがったらあやあさんに教えますね」

「よろしくお願いします~」


 なぜ冬に向けて求人募集をするのかという疑問をチャコはすっかり忘れて、逆手におさじを握る。

 そして白玉にたっぷりとあずきを絡ませて口へ運んだ。


「いいにゃ~。猫を探してきて甘味が食べられるなら、毎日でも探すにゃ」

「猫も毎日は失踪しませんし、半日じゃ失踪とは言いません」

「期間は関係ないにゃ。アヤアが居なくなって心配したらそれが失踪にゃ」

「はいはい」

 呆れた声で適当な返事をしながら、ワダチも白玉の列島が浮くぜんざいにおさじを入れる。


「ワダチはお人好しにゃ」

「そうですか?」

「コノミの店の手伝いといい、アヤアの猫探しといい、ワダチは人の悩みをなんでも聞いてしまいそうにゃ」

「俺でも断るようなことはありますよ」

「どんなにゃ?」

「神様のわがまま」

「それは聞いてほしいにゃ」



「なんにゃあいつ」

 白玉の数が少なくなってきたところでチャコがつぶやく。


 視線の先には女性が居た。

 パッと見種族は人間、チャコには馴染みのない服装に、長い黒髪。

 それだけならばチャコも不思議に思わないだろう。


「死んだ魚が泳いでるようですね」

「あるいは泳ぐのやめたら死ぬみたいにゃ」

「それとも井戸女ですかね」

「そんな妖怪いないにゃ」

「井戸女が映る映写機を見ると呪い殺されるって映画が、別の世界にあったんですよ。

 その井戸女の姿があんな感じです」

「どうやって井戸を登って出てくるんだにゃ」

「さぁ……所詮(しょせん)空想の産物ですし、それよりどうします?」


 ワダチがそう問うとチャコは、三個だけ残った白玉とあずきを口に流し込んだ。

 それを見たワダチも残りの白玉を口に含む。


「おふぃかきぇるにゃ(追いかけるにゃ)」

「……神様、飲み込んでから言わないとカッコつかないです」


 ワダチは白玉を飲み込み、余っていた麦茶を飲み胃に押し込めた。


「それに、また人助けですか?」

「あんな瘴気(しょうき)にまみれたやつを放って置けないにゃ」


 チャコの目には、女性の周囲に漂う毒々しい煙のようなものが見えていた。

 あのような良くない空気をまとって、イロ島にやってきた人間を他にも知っている。

 どのような理由でここにやってきたのかは分からないが、少なくとも放っては置けない存在であることは分かる。


 チャコは瞳を細め、唇を結んだ。


「そうですね」


 ワダチもうなずき、チャコのあとを追いかける。

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