クルスの最期と俺の夢
「じゃあ僕も浄化してもらっていいかな?」
「え?」
クルスの言葉に驚いて反射的に聞き返してしまう。
「幽霊はね、いつかはレイスになってしまうんだ。もしかしたらもっと上位の魔物になってしまうかもしれない」
「そんな…だって……そんなのわからないじゃないですか!」
つい感情的になって言い返してしまう。幽霊といっても意思のある幽霊を浄化する気にはならなかった。ましてやよくしてくれたクルスを消すなんてしたくなかった。
「わかるんだよ。君の持っているスキルの【霊視】はね、もともと僕の能力だったんだ。あまり人は幽霊になることはないんだけど、強い意志を持った人や強い人はたまに幽霊になる。僕は2人の幽霊を見たけど、2人ともレイスになってしまった」
悲しそうな顔をしながらクルスは語っていた。
「出来れば人として送ってあげたかったけど、僕にはできなかった。でも君にはできる。僕を浄化してほしい」
「そんな……まだ聞きたいこともあるのに……」
もうほとんど聞きたいことは聞いてしまった。これは嘘だ。
「そうかい?でもごめんね。僕にはもう時間がないや。死んでから2カ月は経っている。レイス化も始めってしまっている。それにみんなも呼んでいるみたいだ」
気になってはいたが、クルスの輪郭が赤みを帯びている。レイス化の兆候だろう。呼んでいるのはさっき浄化した森の民たちだろう。
そういうことなら仕方がない。クルスを魔物にするわけにはいかない。
「わかりました。浄化させていただきます」
「ありがとう。ユイトはこの後どうするんだい?」
しんみりした空気を破ってクルスが質問してくる。
「魔法を活用して曲芸師になろうと思います」
テレビの向こうでいろいろな曲芸をみせて、みんなを驚かせて笑顔に変えた人たちへの憧れがあった。病院を訪問して病院中を笑顔にしてくれた大道芸人への憧れがあった。
今なら自分にもそうなれると思って装備を整えている間に考えていた。同じように人を笑顔にしたかった。
これなら人の役に立てるだろう。
「曲芸師?」
「大道芸人みたいな人です。まだぼんやりとしている夢なんですけど、人前でパフォーマンスできるような人になりたいんです」
「ユイトの力があれば大賢者でも現代神みたいな存在になれるとしても?」
「はい。元の世界にいたころの夢なんです。俺はいっぱい励ましてもらいました」
「そうかい。素敵な夢だ。それじゃあここから南に向かうといい。大きな町がある。ダンジョンもあるから冒険者として稼ぐこともできる。夢のための資金を集められると思うよ」
クルスが的確なアドバイスをくれた。
クルスは本当にいいやつだな。これからこの人を浄化すると思うと涙が出てきた。
「どうしたんだい?」
「いえ…短い…グスッ…間でしたけど…ありがとうございました!」
「ああ。僕も身体を託す相手がユイトでよかった。君はなんだか僕に似ている感じがするしね。僕の身体を大事にしてね。多少の無茶は大丈夫だと思うけどね」
クルスは優しく微笑んだ。
そんなクルスの表情を見ているとさらに涙が出てくる。クルスは少し困った顔をした。
「僕はあまり泣かない人だったんだけど。身体は意外と泣きたがっていたのかな?最期くらい笑顔で見送ってほしいんだけどな」
クルスは冗談をいった。困った顔も演技だとおもった。
「……そうですね。見送るときは笑顔のほうが見送られる側もいいですよね」
俺は袖で涙を拭った。クルスの冗談のおかげで涙が収まった。顔はまだひどい顔をしていそうだが、精一杯笑った。
「うん。それじゃお願いできるかな。みんなももう待ち侘びているかもしれない」
俺は感謝の気持ちを込めて、魂が癒されることを願って指を振った。クルスの身体から光が漏れる。
「ああ。心地がいいね。みんなもこんな気持ちで成仏したんだろうね」
クルスは身体を見回したあと空を見上げて呟いた。そしてこちらに向かって微笑んだ。
「ありがとう。ユイトには何回言っても足らないな。君の夢が大成することを祈っているよ」
そういうクルスに向かって俺は頭を下げた。笑顔で見送りたかったけど涙があふれてきてしまった。
「ありがとうございました!」
泣いていることを気取られないように精一杯大きな声でいった。
頭を上げてクルスを見る。泣いていることがバレても彼の最期は看取りたかった。
光に包まれてクルスは足から徐々に消えていった。最期の表情はやはり優しく微笑んでいた。その姿は光と合わさり幻想的だった。
涙を拭いて周りを見渡した。
周りは閑散としており、ひどく孤独を感じさせた。木々は鬱蒼としており、昼だというのに広場以外は暗かった。
「…南だっけか」
ひとり呟く。
クルスの言う通りに南に向かうことにした。
当面の目標は南の街に向かうこと。
街で冒険者になること。
冒険者として資金を集めること。
出来ればダンジョンで装備も見つけられたらいいな。
テンプレだと冒険者になるには冒険者ギルドで登録しないといけないけど、この世界だと如何なんだろう。冒険者として登録するとカードが貰えてそれが身分証明になるパターンだとありがたい。クルスに聞けばよかったかな。ついついクルスを思い出してしまう。
パーティを組んだりしたらダンジョンのアイテムの分配で揉めそうだし、当分は1人だな。仲間は自分の装備が整ってからになりそうだ。
よし!当面の目標も決まったことだし出発しよう。南は村長の家にあった羅針盤でわかる。広場から森に向かって歩き出す。
森には入る前に後ろを振り返る。広場に向かってお辞儀をする。
「行ってきます。クルスさん」
南に向かって森に入った。クルスが優しく微笑み、見送ってくれている気がした。
ここまで物語の設定を中心に書いてきました。少し長いので面倒くさいという方は、主人公はとりあえずチートで、設定は多少違えどテンプレであることを押さえていただければよいかと思います。