訓練
「だいぶいい調子だな。筋もいいし、技もすぐ盗むし」
俺の様子をみて法弥に褒められる。褒められるのは嬉しいが、盗人みたいに言わないでほしい。
俺は勇者の幽霊のホーヤこと法弥に剣技を教えてもらっている。毎日、森の法弥のところに来て剣を振るっている。
法弥はスキル【勇者剣技】が10レベルあるらしいから、俺も10レベルになるまで教えてもらうつもりだ。
ローリアとアーレも付いて来て練習をしている。ローリアは魔法と体術で、アーレは魔法陣と体術だ。法弥は魔法と魔法陣と体術にも理解が深く、2人の様子を見て俺に伝えてくれる。これだけ全てを理解してくれる教官は他にいないだろう。
「このスキル【勇者剣技】は勇者としての高いステータスを利用した自由な剣技なんだ。召喚されて右も左も分からない新人勇者が戦力になるようにするスキルだな」
法弥は俺と剣を交えながら語りかけてくる。
話しているにも関わらず、連撃や回転切りなどやりたい放題に攻めてくる。
「だから、飛んで、跳ねて、回って、魔法を連発して自由に剣を振ればいい。基本の型に拘らなくていい」
法弥はその言葉通り自由に跳び回って攻撃してくる。違うのは魔法を使わないことくらいか。
俺も模倣して剣を振るう。自由に回って、跳んで動き回る。俺の攻撃は全て受け止められる。
「そうだ。その調子だ。格好つけていい。美しく見せればいい」
法弥はまた連撃を入れてくる。早くて俺は受け止めるのに必死だ。
連撃が止まったら反撃をする。剣を大げさに振って攻撃する。1発目は簡単に受け止められるので、回って連撃にしていく。
「そう。舞えばいい。剣舞を踊るように動けばいい」
法弥はそういってまた全てをいなした。
「やめ!」
法弥が声を上げる。俺たちが決めた休憩の合図だ。
「ふう」
俺は【霊剣・ヤタガラス】を鞘に戻して息をつく。
「お疲れ~結糸」
少し伸びのある声で法弥が労ってくれる。法弥は幽霊になってから疲れ知らずのようだ。
「ご主人様。お疲れ様です」
ローリアが近づいて来て労ってくれる。健気な子だ。
「ローリア、魔法をみせてもらってもいいかな?」
俺はローリアにお願いする。
「はい。【ファイアー・ボール】!」
ローリアが呪文を唱えると、火の玉がローリアの右の掌に現れる。そして火の玉を、身体を中心にグルグルと回した。最後に火の玉を岩にぶつけて爆発させた。
岩はボロボロ崩れて、焦げ跡が残っている。
俺がローリアに練習をお願いした魔法だ。
「いかがですか?ご主人様」
ローリアが首をコテンッと傾げて尋ねる。無表情じゃなければ100点の可愛らしさだ。
「んー見せる分にはいいけど、威力がないかな?」
俺は首をひねって答える。ローリアは少し残念そうだ。
ローリアはこの前の悪魔との遭遇で戦闘の訓練をするようになった。攻撃魔法にするなら、岩を吹き飛ばせるようになるとかなりの戦力になるだろう。
「もっと魔力を圧縮して、炎の密度を濃くしたほうがいいな」
法弥が的確な助言を俺に教えてくれる。
「もっと魔力をギューっと圧縮して詰め込んで、炎を内部に溜め込むイメージだってさ」
俺なりに分かりやすく身振り手振りも加えて説明する。前にそのまま教えたらうまく理解できなかったみたいなので、こうしている。
「【ファイアー・ボール】!」
ローリアが今度は両手で火の玉を包むように力を込めて魔法を発動した。俺がそういう手振りをしたからでもある。
小さな火の玉の中にメラメラと紅蓮の炎が燃えている。
「上出来やん!」
「なんで関西弁?」
法弥の唐突の関西弁に突っ込みを入れる。
「嬉しいわ~こっちの世界に来て初めて関西弁って突っ込みされたわ~」
「そりゃそうだよ」
こっちに関西弁という概念はないんだから。似たような方言はあるらしいけどね。
「ご主人様?」
ローリアが声を荒げた俺を怪訝に見る。ローリアには法弥が見えないから仕方ない。
「気にしなくていいよ。勇者は馬鹿だから」
「唐突の罵倒!?」
俺が罵倒を飛ばすと、法弥から突っ込みが入った。
「はっはっ」
「はっはっはっは!」
俺が笑うと、法弥も釣られて俺よりも豪快に笑った。こうやって馬鹿出来るのは久しぶりだ。
「ご主人様が大口を開けて笑うの初めて見ました」
ローリアがこちらを見て少し大きく目を開いている。
「あ、ごめん、ローリア。よくできたな」
そういって俺はローリアの頭を撫でた。ローリアは少し複雑な顔だ。表情の変化が少ないから分かり辛いけどね。
「アーレはどうかな?」
俺はそういって少し離れたところにいるアーレをみる。
アーレは魔法陣の練習をしている。魔法陣が発動して【ウォーター・ボール】が飛んでいく。アーレからはひらひらと赤い光が漏れて綺麗だ。
「あのエルフの子は魔法陣使ってるけど、どこに魔法陣隠してんだ?」
法弥が不思議そうにアーレを見ている。
「彼女の秘密」
俺は短く答える。アーレの秘密事項だ。いくら幽霊でも俺が言ってはいけないだろう。
「うーん?」
法弥は怪訝な表情で返事をした。いくら元勇者でも分からないのだろう。
「魔法陣の光は赤いよな」
俺は法弥に会話をふる。
「あーあれは魔核を原料にしたインクで描いてるからだろ。別のにすれば白くも青くもなる」
「そうなんだ」
何でもないつもりの会話だが、初めて知る知識だ。そういえば、魔法陣のインクは魔核から作らなくても、魔力の伝達が良ければ代用可能だ。
「アーレにはアドバイスないのか?」
また俺は法弥に話をふる。
「あの子は俺よりもスキル【魔法陣】のレベルが高そうだし、もう言うことないかな」
そういって会話が終わる。
法弥はアーレの魔法陣について俺に一言二言伝えるだけだった。彼の専門外なのだろう。
「さて休憩終わり。やるよ。結糸」
「分かった。ローリア、ここは危ないから下がっててね」
「はい」
法弥が俺に訓練の再開を促し、俺はローリアに声をかけてから訓練を続行した。
今回の話とはまったく関係ありませんが、異世界転生物はトラックにひかれて死にがちですよね。
スキル【勇者剣技】を覚えたら、安心して無双できますね。脳内で想像するときは、主人公を無駄にアクロバティックに動かしてあげてください。




