幕間2 ヴァイオリンの思い出
主人公の過去の話です。最後だけ時間が戻ります。
「よう!ユイト。調子はどうだ?」
「お父さん」
お父さんが扉を開いて手を上げてきた。
ここは俺が入院している病院の病室だ。俺はベッドに座って読書をしていた。
「だいぶいいよ」
俺は本を閉じて答える。
俺は酷く病弱で、何かと病気にかかりやすい。今回の入院も病気にかかったことが原因だ。比較的今回は軽い症状で済んだ。
「そうか。これはお見舞いだ」
お父さんはそういって大きいケースをベッドの上の机に乗せた。俺の目の前だ。
「何?これ」
俺はワクワクして答える。
お父さんは病弱な俺を元気づけるためによくお見舞いを持ってきてくれる。それは玩具や花、時にはパソコンなどの高価なものも持ってきてくれる。
「開けてみな」
そういってお父さんは歯を見せて笑った。
お父さんは明るい人だ。俺を心配して悲しい顔は見せないように気遣ってくれる。
俺はケースを開いて中身を取り出した。
「ヴァイオリン?ヴィオラ?」
俺は楽器に詳しくない。でもこれがそのどちらかであることは、テレビで見たことがあるから分かる。
「ヴァイオリンだ。俺も若い頃はよく弾いたもんだ。お前もやってみろ」
そういって俺の頭をガシガシ撫でた。お父さんが撫でると大抵痛い。
「痛いよ。お父さん」
俺は片目をつぶって抗議する。
「おう。わるいわるい」
そういって俺の頭から手を放す。まあ、撫でられるのは嫌いじゃあないけどね。
「ありがとう。お父さん」
「大切にしろよ」
俺は素直にお見舞いのヴァイオリンを感謝した。
綺麗なヴァイオリンだ。艶やかな光沢の茶色のヴァイオリンで、4本の弦がスーッと張られている。俺はそのヴァイオリンの見た目に惚れ惚れした。
「よっし!まずは俺が教えてやろう。後で参考になる本も買ってくるか」
俺の様子にお父さんが嬉しそうだ。とても張り切ってくれている。
その日は、お父さんにヴァイオリンの弾き方を教えてもらった。調子に乗ったお父さんがその場で弾いて怒られたのが面白かった。
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俺は屋上でヴァイオリンの練習をしている。病院に頼み込んで練習する許可も貰ってある。今日は身体の調子の良いので屋上に来ている。
練習をしていると屋上に少女が来た。
俺と少女はぴったりと目が合う。
ふわふわとした髪は短くカットされていて、可愛げがある。
しかし、表情がとても暗い。
「どうしたの?」
俺は少女に近づいて、しゃがんで目線を合わせて尋ねる。
「綺麗な音色が聞こえてたの」
少女は俺の質問に小さな女の子らしい口調で返す。ヴァイオリンの音色の事かな。
俺のことを見ているが、その目には力が感じられない。まるで、とても嫌なことがあった人のような目だ。いや、それ以上かもしれない。
俺は病院生活が長いので、暗い顔の人を見る機会は他の人よりも多くあった。しかし、この少女の顔はその誰よりも暗い気がした。
「少し聴くかい?」
努めて優しい声で話す。音に釣られてきたのなら聞かせてあげよう。
「うん」
少女からは簡素な返事が返ってきた。
「じゃあ、こっちにおいで」
俺は少女の手を引いて、もともと練習していた場所の近くに座ってもらった。
「じゃあ、弾くよ?」
そう少女に声をかけてからヴァイオリン弾き始めた。
屋上にヴァイオリンの音色が響く。
このヴァイオリンを貰ってから結構上達した自信がある。でも、家族以外に聴かせたのは初めてだな。
この少女が聞こえたって言っていたから、もしかしたら沢山の人に聞かれていたのかもしれない。
「どうだったかな?」
演奏し終わってから俺は少女に声をかける。
「綺麗だった」
少女から帰ってきたのはやはり簡素な返事だった。でも、さっきよりも表情が良い気がする。
「うん、ならよかった。よくここで練習してるからまたおいで」
俺の弾いた音色でいいならいつでも来てほしい。
「うん」
そういって少女は帰っていった
後日、俺が屋上で練習していると少女がやってきた、俺と同じで入院している病弱な子だということも分かり、来るたびにヴァイオリンを聴かせてあげた。
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「患者さんに聴かせてくれないかしら?」
看護婦のお姉さんが俺にヴァイオリンを患者の前で弾いてくれないかと尋ねてきた。
「病院内で弾いていいんですか?」
今まで迷惑になるので、病院では屋上でしか許可されなかった。なのに、病院内で患者の前で弾くことに疑問に思った。
「なんでも、患者さんが聴きたいって院長に言っているらしいわよ。あの微かに聞こえるヴァイオリンが聴きたいって」
ヴァイオリンの音色が聞こえたらしい。少し恥ずかしいな。
ちなみに、この看護婦のお姉さんは俺をよく気にかけてくれる新人看護婦さんだ。
「せっかくですから、お願いします」
俺は引き受けることにした。俺の演奏が役に立つなら嬉しい。
別の日に、俺のヴァイオリン演奏が行われた。
入院しているお爺さん、お婆さんや病院内で知り合った子供や看護婦さんたちが来てくれた。
屋上で知り合った少女も来てくれて、最前列にいてくれた。気に入ったみたいで何よりだ。
俺は演奏し始めた。今日のために誰もが知っている有名な曲を練習した。演奏は良かったと思う。自分でもうまくいったと思ったほどだ。
弾いた後に、大きな拍手をもらった。学校で文化祭や体育祭などで活躍したことがないので照れ臭かったが、とてもうれしかった。
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あるとき、指の動きが悪くなった。ヴァイオリンを弾いていたので、俺の指の動きが悪くなっているのは直ぐに分かった。
日を増すごとに動きが悪くなり、ヴァイオリンを弾けなくなってしまった。
指だけではない。身体の自由が利かなくなって、屋上に行くのも難しくなった。最終的には、ベッドの上の生活が始まった
仕方がないので、歌を歌うことにした。口ずさむ程度だ。
ヴァイオリンが弾けなくなったのに、俺が不貞腐れたり、塞ぎ込んだりしなかったのは、両親や看護婦のお姉さんや屋上の少女が良く話しかけてくれたからだろう。
俺は口も動かなくなる日まで、歌を口ずさんだ。
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「懐かしいな」
俺はダンジョンで手に入れたヴァイオリンを見ながら呟いた。前世で使っていた茶色のヴァイオリンと少し似ている良いヴァイオリンだ。
「ご主人様はヴァイオリンもできるんですか?」
ローリアが俺に尋ねてきた。俺の顔を覗き込んでいる。
少し感傷に浸っていたから、心配させちゃったかな。
「うん。すこしね。弾いてみようか」
俺はヴァイオリンを弾き始めた。
とても良い音色で扱いやすい。流石エルフ御用達のヴァイオリンだ。
その後、宿屋の看板娘のミナに怒られてしまった。
「夜は静かに!」
だそうだ。
主人公の過去の話で少し伏線を張ったつもりです。
ダンジョンでヴァイオリンを手に入れてすぐに書きたかった。
ヴァイオリンをどこかで使いそうですね。




