幕間1 ローリアの心情
今回は幕間としてローリアと一緒に今までを振り返ってみましょう。
ローリア目線の話になるので,ローリアが関わる話のみです。
私はローリアといいます。
私は自我を持った時にすでに奴隷でした。
小人族は生まれつき珍しいスキルを持つことで有名です。しかし、私には珍しいスキルは何もありません。
ですので、買われては役立たずと罵られて売られることを繰り返してきました。
私はとても非力です。売られた後も何度も鞭で叩かれました。これが私の奴隷としての日々でした。
ある時、1人の青年と出会いました。優しそうな顔をして、髪は艶やかな黒緑で、上品なローブからはほんのりといい香りがします。おそらく、香水でしょう。貴族のお坊ちゃんに違いありません。
その時の私は、転んで材木を落としてしまって、その時のご主人様に蹴られた後でした。転んで膝を打っていたとしてもご主人様には関係ありません。膝にズキズキと痛みが走ります。
青年は材木を拾い上げて、私に手渡してくれました。その表情は私を憐れんでか、少し歪んでいました。そして、私に謎の言葉を残しました。おまじないだそうです。
青年が去ったあと、他の材木を集めようと立ち上がりました。するとどうでしょう。あれ程痛かった膝が治っていました。
それだけではありません。今までに付けられた傷や痣や打撲が全てなくなっていました。こんな奇跡がただのおまじないなわけがありません。
私とは違って、裕福そうな青年に助けられました。あの青年は何者なのでしょう?
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再び私は奴隷商人に売られました。私を売った時のご主人さんは足を引きずっていました。足に怪我をしたのでしょうか?
再び売られた私に奴隷商人は呆れた様子で、もう鞭で叩く気も起きないようです。また私は誰かに買われるのを待つ日々が始まりました。
待つ日々は意外に早く終わりました。
奴隷商人があの青年を連れてきたのです。その時の私は、この青年に私を買ってほしくありませんでした。
私にとって、この青年はこの世の最後の良心です。この少年に暴力を振られたら私は何に希望を持てばいいのでしょう?きっと暴力を振られたら、私の心は折れてしまいます。
幸か不幸か、私は青年に買われました。その時、私はひどく落ち込みました。もしかしたら、この優しそうな青年は奴隷を虐待する人かもしれません。私はこの青年の正体を見るのが酷く怖かったのです。
青年は奴隷紋を拒み、隷属の首輪を選びました。奴隷紋は背中に刻まれるので痛みを伴います。痛みがないことに安堵しましたが、首輪は顕著に奴隷を道具として表します。やはり、この青年も同じなのかと思いました。
青年に手を繋ぐように言われました。何故私と手を繋ぐのでしょうか?隷属の首輪があるので私は逃げられません。私を繋ぐ必要なんてないのに。
青年は私の手を優しく握りました。こんなに優しく触れられたことはありません。
青年に連れられて宿屋に行きました。青年はユイトと名乗りました。私がご主人様と呼ぶと少し困った顔をしました。この時のご主人様の心情はよく分かりません。
ご主人様が魔法を教えると言ってきました。最初聞いた時は意味が分かりませんでした。私は何の取り柄もなくて、買われては売られる存在でした。そんな私に魔法が使えるというのです。そして才能まであるというのです。
そんな事なら私は今まで苦労していません。魔法があったら如何様にも稼げて、そして自分で自分を買って奴隷から解放できます。
今まで何度空腹に目を回し、泥水を啜ったか分かりません。私なんかに魔法が使える訳がないのです。
ご主人様があっさりと魔法を使いました。1つではありません。私に見せるための水魔法と私を綺麗にする魔法と私の髪を艶やかにする魔法の3つです。魔法なんて魔法道具でしか見たことがありません。貴重な魔法をご主人様はあっさりと使ったのです。開いた口が塞がりませんでした。
ご主人様が食事をくれました。しかも、ご主人様と同じものを一緒に食べると言うのです。
普通は奴隷と主人が食事を共にすることはありません。ましてや、主人と同じものを食べるなどありえません。もっと食事のランクを落とすものです。野菜の切れ端や腐りかけの肉です。良い時で主人の食べ残しでしょう。
私が手を付けないでいると、ご主人様が食べるように勧めてきました。一緒に食べたほうが美味しいそうです。食べたご飯はとても美味しくて、思わず表情が緩みます。夢中になってしまうとご主人様がこちらを見ていることに気づきました。奴隷が浮かれてはいけません。緩んだ表情を引き締めて食事を続けました。
ご主人様が一緒に寝るように言いました。私は悟りました。ご主人様は愛玩奴隷として私を貰ったのだと。だから、十分に肉を付けるために私に食事をくれたのだと。
初めてを散らす覚悟をして、私が服を脱ぐとご主人様に止められました。その声には険が籠っていて、慌てて服を着ました。どうやら私の勘違いだったようです。夜伽の必要はないと言われました。
翌日、私は魔法の練習にキリの森に連れ出されました。まずは身体に魔力を流すそうです。ご主人様が自身に魔力を流しているのを感じられますがよく分かりません。コツを教えてもらってもよく分かりませんでした。
次はご主人様が手を握って魔力を流してくれるみたいです。ご主人様から暖かな気のようなものが流れてきます。きっとこれが魔力なのでしょう。魔力が私の中に流れて循環します。まるで、私の中を魔力で触られているかのようです。思わず声が漏れてしましました。
再び1人で魔力を流します。先ほどより体内の魔力を感じられるようになり、ご主人様と一緒の時程ではありませんが、身体を循環しているのがわかります。
次に魔法の練習をしました。何度もご主人様が見せてくれた魔法を発動しようとしましたが、成功することはありませんでした。少し期待していたので残念ですが、当然の結果です。私に魔法が使えるはずがありません。その後、私はフラフラと倒れてしまいました。
意識が朦朧とする中、何か食べて寝ました。起きるとベッドの上で、私は勝手に寝てしまったようです。ご主人様がいうには魔力枯渇だそうです。
ご主人様が再び私を連れ出しました。今は夜中です。私はまた売られるのだと思いました。夜に私を連れ出してすることはそれぐらいしか思いつきません。今回は暴力を振られずに優しいご主人様だった。私にとっては束の間の幸せでした。
私の予想とは反して、ご主人様が向かったのは街の外でした。どうやって門をすり抜けたのかはよく分かりません。もしかしたら、売られるのではなく、街の外で始末されるのではないかと思いました。
今までの人生を振り返っても碌なことはありませんでした。ここで終わってもいいかと諦めて大人しくついていくことにしました。
ご主人様は海沿いの崖で空を見上げました。私も釣られて空を見上げます。何の変哲もない夜空です。ご主人様にとっては特別に見えるのでしょうか?
ご主人様が曲芸を見せてくれるそうです。曲芸なんて見たことないのに、魔法の曲芸なんて見たことあるはずがありません。
大きな魔力を感じます。今日の練習のお陰でしょうか?ご主人様が魔法を使いました。
ご主人様の手から光が溢れ、夜空が私を包んでいるような、夜空が降ってきたかのような、私が夜空に溶けてしまったかのような不思議な感じでした。この時、私は確かに魔法を使ってみたいと思ったのです。
【キラキラ】という魔法を教えてもらいました。子供を演じる私に合わせてくれたのでしょう。明日この魔法を練習するのが楽しみです。ご主人様が本当に優しい方であることがようやく分かりました。
翌日、私は再びご主人様に魔法を教えてもらいました。今度は光魔性の【キラキラ】です。
1日練習して、少しですが私の指先から光が漏れました。こんな私が魔法を使うことが出来たのです。私は思わず泣いてしまいました。嬉しかったのです。
その後、私はまた疲れて倒れてしましました。目が覚めるとベッドの上でした。
ご主人様がベッドに突っ伏して寝ていました。どうやら看病してくれたようです。あれ程凄い魔法を使う人なのに、看病して疲れて寝てしまうことに思わず笑ってしまいました。
いつも怖がるばかりで、無防備に笑ったのはこれが初めてな気さえします。
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イーニアという女性がご主人様を訪ねてきました。私は宿屋に残って魔法の練習をすると思いましたが、どうやら連れて行ってくれるようです。
髪を切りました。お金を払って奴隷の髪を切るなど奴隷の扱いとは思えません。そして、ご主人様に髪留めを貰いました。綺麗に編まれている髪をまとめるためのゴムです。早速ゴムで髪を結びました。ご主人様からの贈り物です。大切にしなくてはいけません。
服も買ってもらいました。どれにするか悩んでいると、手に持っていた2着とも買ってもらえました。他にも寝間着やアクセサリーや靴下や下着まで買ってくれました。
……本当に私は奴隷なのでしょうか?
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今度は冒険者パーティーが訪ねてきました。屈強な男性がご主人様に頭を下げています。思った以上にご主人様は凄い人のようです。
今度はメリーという冒険者の女性がご主人様を訪ねてきました。流石に、依頼には連れていけないと言われて、留守番を言い渡されました。
留守番は初めて奴隷らしい仕事な気がします。とはいっても、することは魔法の練習で奴隷らしくはありません。
久しぶりに寂しさを感じました。よく分かりませんがご主人様に魔法を教えてもらいたい気分です。
今度はアーレという女性です。この前来た冒険者パーティーの1人です。ご主人様に相談があるらしいです。その雰囲気は真剣でした。
帰ってきたご主人様は少し口調が早かったです。何かあったのでしょうか?
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大事件が起きました。キリの森から魔物の群れが街に向かっているとのことでした。ご主人様は戦いに出向くようです。私は部屋で震えていることしかできません。
不安です。ご主人様が帰って来なかったらどうしましょう……。ご主人様が死ぬなんて想像したくありません。ご主人様が怪我をすると考えただけでも、身を斬られるように心が痛みます。
私は髪を解いて髪留めを握りました。ご主人様からもらった髪留めです。祈りが通じるかもしれません。どうか、どうかご主人様が無事に帰ってきますように……
ミナちゃんから魔物が退治されたことを聞きました。私は居ても立ってもいられずに宿屋の外に出ました。少しでも早くご主人様を迎えたかったからです。
ご主人様は無事に帰ってきました。それも、戦いがあったとは思えない余裕の表情です。ご主人様の姿を見ると自然と涙が出て、私はご主人様に向かって駆けだしていました。
ご主人様は優しく受け止めてくれました。涙が零れて止まりません。奴隷として許されることではありませんが、今はどうかこのまま泣かせてください。
ご主人様は私の心に答えるように頭を撫でてくれました。まるで、私にここにいてもいいと言ってくれているようでした。
そこでやっと気が付きました。私の心の中でご主人様の存在がとても大きいです。きっと私はご主人様のことが好きになってしまったのでしょう。まさか、奴隷の私が恋を出来るとは思いませんでした。
しかし、私はご主人様に嘘をついています。私は人族ではありません。小人族です。ご主人様が他種族を嫌っているなら、私は捨てられてしまうかもしれません。しかし、私はご主人様を騙したまま一緒にいたくありません。ご主人様にお話しすることを決心しました。
私が小人族であることを話しました。しかし、ご主人様は知っていたようです。それでも私の不安は消えません。いつかは捨てられるかもしれないからです。
私はご主人様に自分の過去を全て話しました。私の全てを知ってもご主人様が私を捨てないという確信が欲しかったからです。ご主人さんは悲痛な面持ちです。
話終わると、ご主人様は私を抱きしめてくれました。そしてこう言ってくれました。
「俺はローリアを捨てたりしない」
私は目を見開きました。そして、その目から止めどなく涙が溢れます。私にとってその言葉は何よりも欲しかった言葉でした。
ご主人様から曲芸に出るように誘われました。人前で私が曲芸をするなんて考えたことありませんでした。しかし、ご主人様と一緒に行う曲芸はとても楽しそうです。私は一緒に出演することにしました。
その後、ご主人様に要望を聞かれました。恐れ多いと断りましたが、ご主人様は構わないと言いました。思い切ってもう1度抱きしめてもらえるか尋ねました。ご主人様が私の要望に驚き微笑みます。その微笑みを見て恥ずかしくなりました。
撤回しようとしましたが、それよりも先にご主人様に優しく抱きしめられました。ドキドキしますが、とても心地が良くて癖になりそうです。頭も撫でてくれて、ずっとこうしてもらいたいと思いました。
さらりとご主人様が私を14歳だと言い当てました。魔法で調べて知っていたそうです。……もし、ご主人様が私のスリーサイズを知っていたらどうしましょう……私ですら知らないのに。
小人族は胸が小さい傾向がありますが、大きくなる方もいます。しかし、私はあまり大きくありません。ご主人様は笑って誤魔化しますが、私にとって大問題です。ご主人様が大きさを気にしない方であることを祈りましょう。
曲芸を披露する当日になりました。これまで、沢山魔法を練習してきたので、緊張しますが楽しみです。私は最後に出番ですが、練習では成功したのできっと大丈夫です。
ご主人様の曲芸が始まります。ご主人様の魔法は本当に凄いです。私もいつかはあんな風に魔法が使えるようになるでしょうか?私も色々な綺麗な魔法を使ってみたいです。
曲芸もついに大詰めです。つまり、私の出番になりました。夜になり、辺りは暗いです。
ご主人様が私を持ち上げます。そして私を真上に投げました。出来るだけ高いところから魔法を発動するためです。そうすると高いところから光魔法が降り注ぎ、綺麗に見えるのです。
頂点で私が初めて発動した思い出の魔法の【キラキラ】を使います。全身全霊の力で、ご主人様の【スターダンス】を思い出しながら発動しました。
ご主人様には及びませんが、まるで星空に包まれたような錯覚に陥ります。どうやら、うまくいったようです。
上手くいったことに安心して私は落下します。空中に投げられたのです。後は落下するしかありません。でも、大丈夫。ご主人様が受け止めてくれます。
ご主人様が魔法で勢いを殺してくれました。私はご主人様に駆け寄ると抱き留めてくれました。私が発動した魔法を一緒に眺めます。ご主人様と一緒に見た夜空を思い出します。私は星空が好きになりました。ご主人様との大切な思い出だからです。
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ご主人様から勇者が死んだと聞きました。そして、王都に向かうそうです。私の心は決まっています。地獄の果てだってご主人様についていくつもりです。
ご主人様からアーレさんが仲間に加わったと聞きました。一緒に王都に向かうそうです。優秀な魔法使いだそうなので、とても心強いです。
……主人が奴隷に恋することはないことではありません。私にもきっとチャンスがあるはずです。でも今はご主人様と一緒にいる時間を楽しむだけでも幸せです。
アーレさんは全身を隠しています。目ぐらいしか見えません。どうして全身を隠した人に恋をするでしょうか?いいえ、恋するはずがありません。アーレさんは真面目な方で、ご主人様を好きな様子はありません。きっと大丈夫です。
アーレさんと仲良くなって、ご主人様とも仲を深められたらいいなと思います。
次回からは王都に向かう間の旅になります。




