街に別れを
新年,あけましておめでとうございます。
俺は街の正門に来ていた。この街を出て王都に向かうためだ。王都までは馬車で行く。昨日のうちに馬車も購入したし、ローリアに御者の練習もしてもらってある。
「皆さん、お世話になりました!」
全体に聞こえるように大きな声で言った。
見送りには沢山の人が来てくれた。
この世界に来た時に初めて会話した人で、初めて曲芸を見せたイーニアさん。
色々なことを質問して、その都度丁寧に教えてくれたギルドのお姉さんのメロさん。
耳や尻尾が愛らしく、俺を慕ってくれた天真爛漫なメリー。
俺が泊まった宿屋【林檎の蜜】の経営者で、何度か俺と一緒に食事をしたニーナさんとミルさん。
その宿屋の看板娘で、いつも元気な笑顔を振りまいていたミナ。
アーレの仲間だった義理堅い冒険者のエクスさん、ザックさん、トライさん。
他にも仲良くなった店の人や冒険者たちやアーレの知り合いが見送りに来てくれた。
前日に挨拶をしに行ったにも関わらず、みんな来てくれたのだ。
「お前が来たのがつい昨日のことのようだな」
そうしみじみと言ったのはイーニアさんだ。街の案内など沢山お世話になった。
「そうですね。俺もそんな気がします」
「ああ、また来い。頑張れよ」
「はい!この門で会いましょう」
「おう。また会おう!」
イーニアさんは寂しいと思ってくれているのか、少し控えめだ。明るい別れにしたくて最初に会ったこの正門で会えるように約束した。
「最初は頼りなさそうだったのにね。この街のこと忘れちゃ駄目よ?」
次に話しかけてきたのはメロさんだ。彼女はこの後に仕事があるのに来てくれた。
「忘れませんよ。この街は俺の原点みたいなものですから」
この街は俺が初公演をした街だ。忘れるわけがない。
「そう?また来たときはイーニアだけじゃなくて私にも会いに来てね」
「はい。その時は旅の話でもしますね」
「あら、楽しみにしているわ。頑張ってね」
「はい。お世話になりました」
彼女には返しきれないほどの恩がある。ギルドで彼女にお世話にならなかったら、今の俺はないだろう。
「ユイト!」
メリーが俺の名前を呼んだ。
「本当は僕も一緒に行きたいんだけど、やることがあるからまだ行けないんだ」
少ししょんぼりとした様子だ。
「そうか……」
彼女がついてきたいならば俺は歓迎する。彼女といるのは楽しいし、素直に好意を示してくれるのは気恥ずかしいが嬉しい。
「でもね。もし、僕がこの街を出て、ユイトに追いついたら……僕も一緒に旅をしていいかな?」
「ああ、いつでも来てね」
俺の答えにメリーの表情は、まるで花が開いたように明るくなった。
「うん!僕!頑張るね!」
メリーが俺に抱き着いた。俺はメリーの髪を撫でた。可愛い妹が出来た気分だ。
「ああ、俺もメリーに負けないように頑張るよ」
俺がそういうとメリーは俺から離れた。表情は明るい。悲しい別れにならなくて良かった。
「ユイトお兄ちゃん」
「ユイトさん」
ミナとニーナさんとミルさんだ。ミナはいつもの元気がないように見える。
「ミナ。見送りありがとね」
ミナの表情は悲しそうだ。ミナと一緒に遊んだりしたが、随分と慕ってくれる。
「ユイトお兄ちゃん。また来てね」
「ああ、また来る。宿屋の看板娘の笑顔がまた見たいからな」
看板娘とはもちろんミナのことだ。ミナは笑顔が良く似合う。いつも笑っていてお客を出迎えてほしい。
「うん。絶対に来てね!」
ミナの表情に笑顔が戻った。それを確認してニーナさんとミルさんに向き直った。
「ニーナさん。お世話になりました。ミルさんのご飯美味しかったです」
おっとりとしたニーナさんは部屋の掃除や洗濯もしてくれた。ダンディなミルさんは料理担当で美味しい食事を提供してくれた。とても良い宿屋だった。
「あらあら、また来てくださいね。ミナも待っていますから」
「美味いって食ってもらえるのが一番嬉しい。ミナと遊んでくれてありがとうな。また来い」
ニーナさんがパタパタと手を振って答えて、ミルさんからは感謝の言葉を貰った
「はい、また来ます。ありがとうございました」
俺は返事をして、知り合いに挨拶をしていたアーレと合流した。
「ユイト。世話になったな」
エクスさんが声を掛けてきた。後ろにトライさんとザックさんがいる。声を掛けるとき大体エクスさんなのは、彼がリーダーだからだろう。
「いえ、こちらこそお世話になりました」
「命の恩人に世話になったと言われるとは、なかなかの冗談だぜ」
本心から言ったのだが、トライさんには冗談に聞こえたらしい。
「元気でな。お前もなアーレ」
エクスは俺に言った後に、アーレにも言った。
「アーレ。お前にはいろいろ助けられた。だから何故ユイトついていく気になったかは聞かねぇ。ただ、元気でな」
「はい。エクス、ザック、トライも今までありがとうございました」
アーレの返事はあっさりしているようだが、しっかりと彼女の言葉で感謝を伝えていた。少し声がいつもと違う気がする。
「さあ、いきましょう。ユイトさん」
「はい」
俺はアーレに答えて、馬車に乗り込んだ。
「ローリア。最初に御者お願いね」
「はい。お任せください」
「皆さん。ありがとうございました!」
最後にもう一回叫んで大きく手を振った。
これから王都に向かう旅になる。距離は馬車で5日くらいだ。
勇者が幽霊になっているかもしれないが、すぐにレイスになることはないだろう。だから、別に焦ることはない。ゆっくりいこう。移動が旅の醍醐味だ。
そんなことを考えながら俺は手を振った。見えなくなるまで手を振ってくれる姿に、俺は密かにまた必ず来ることを決心した。
一応,第一章はここまでです。
あとで章分けを行いたいと思います(章分けの方法がよく分かりませんが)。
いくつか幕間やおまけのような話も考えております。




