初披露前日
曲芸を披露する当日の昼
俺は曲芸を披露するための会場を整えるために、噴水のある広場に来ていた。ローリアも一緒だ。彼女も一緒に曲芸をするパートナーなので、会場を把握してもらっている。
「こんなものかな」
広場の中心の噴水に魔法で細工を施した。準備はこれくらいだろう。
今回は広場には特別なものは置いていない。広場は公共のもののため、通り道、売店、デートスポットと様々なことで使われている。だから、今回は広場の中で魔法を使う許可を得ただけだ。
宣伝もしてある。といってもギルドへの張り出しと知り合いに声を掛けただけだ。殆どストリートパフォーマンスと同じ状態だろう。駆け出しの曲芸士ならば、最初はこんなものだろう。多くの人に見てもらいたいとは思うが、これが第一歩なのだ。贅沢は言えない。
「ローリア。体調は大丈夫かい?」
「はい!」
ローリアは元気に返事をした。
ローリアはこの前の件があってから笑顔が増えた。まだまだ笑い慣れていないのか表情は硬いが、これから彼女が笑顔になる機会が多くなればいいと思う。俺も尽力しよう。
曲芸の段取りについてローリアにはすでに伝えてある。4日間一緒に練習したし、段取り通りに出来ることも確認しているので大丈夫だろう。人のいない森に連れて行って通して練習しているときは完璧だった。
もう誰にローリアは魔法を使えなかったと言っても信じてもらえないだろう。
「こんなものかな?細工はよし。会場もよし。俺は体調よし。ローリアは元気。天気晴れ。大丈夫かな?」
指さしで状況を確認した。後は夕方になるまで待つだけだ。
「ユイト!」
声を掛けてきたのはメリーだ。耳がぴくぴく動き、尻尾がゆったり揺れているのがとても愛らしい。
「やぁ、メリー」
軽く挨拶するとメリーは俺に抱き着いてきた。ローリアが小さく悲鳴を上げる。往来の人の視線が気になる。
「メ、メリー?」
少ししどろもどろになってしまった。
「いい香り~」
尻尾がフルフルと揺れている。今日の【フレグランス】は杏の香りだ。なんだ、俺に抱き着いてきたんじゃなくて、香りを嗅ぎたかっただけか。
「メリー、まだ準備中だから離れてね」
「あっ。ごめんね」
すぐに離れてシュンと耳が垂れる。保護欲をかき立てるのは反則だと思う。
「依頼が終わったらまた来るね。じゃあ!」
そういって元気に走って行った。気分がコロコロと変わる子だ。
「よう!ユイト」
イーニアさんが来てくれた。この前買った淡い色のロングスカートで、トップスも淡い色で統一されていて、とても女性らしい印象を受ける。
「こんにちは。イーニアさん。早いですね」
まだお昼だ。俺たちは準備があるから早いが、イーニアさんはやることがないだろう。
「まあ、今日は休みで暇だったからな。あの蝶のやつはやるのか?」
蝶のやつとは俺がイーニアさんに初めて見せた光魔法だろう。
「今日はないです」
今回は水魔法で曲芸をするつもりだ。
魔物の群れが街を襲って以来、俺は水魔法が出来るとして知られている。他の魔法は出来るなんて言っていないので、迂闊に見せるべきではないだろう。テンプレ通りなら面倒くさいことに巻き込まれる。
「そうか……いや、楽しみにしている」
そういうとイーニアさんは売店に向かった。イーニアさんからは少し落胆の様子が見える。あの光魔法が楽しみだったのだろうか?彼女にも楽しんでもらえるように今日は精一杯やろう。
「ユイトさん。あれイーニアよね?」
イーニアさんを見送っていると、背後からメロさんに声を掛けられた。彼女はラフな格好をしている。いつもしっかりとギルド職員の制服を着ているから新鮮だ。
「はい。メロさんはイーニアさんとお知り合いですか?」
「ええ、同い年で仲もいいのよ」
世間は狭いものだ。良い人は良い友達を得るのかもしれない。
「そうだったんですか」
「ええ。成程ね」
何か納得した様子だ。何を納得したのかは俺には分からない。
「楽しみにしているわね。また後で」
そういってメロさんはイーニアさんと同じ方向に去っていった。きっと合流して時間を潰すのだろう。
「ユイトおにいちゃーん!」
メロさんが去ってから約2時間後に来たのはミナとニーナさんだ。彼女たちはお店の仕事を片付けてから来てくれた。ミナのお父さんのミルさんは店番だ。
「ミナ、ニーナさん、来てくれてありがとうございます」
仕事の合間をぬって来てくれた。ありがたい。
「ミナが楽しみにしていまして。私も楽しみよ」
おっとりとしたニーナさんがゆったりと答えてくれた。
「うん!楽しみにしてるね!」
元気な良い子だ。良い子にはプレゼントをあげよう。
「はい。これあげる。」
カラフルなヘアゴムだ。ローリアにあげたものと一緒に作ったものだ。
「ありがとう!お兄ちゃん!ローリアお姉ちゃんも頑張ってね!」
「う、うん」
唐突に元気な激励を貰ったローリアは少し驚いたように頷いた。もしかしたら、これをきっかけに仲良くなれるかもしれない。
「では~また後で」
ニーナさんがそう言って、2人は広場のベンチに向かった。どうやら始まるまで座って待つようだ。
再びローリアと段取りを確認していると遠くに冒険者たちを見つけた。アーレ、エクス、トライ、ザックだ。
「こんにちは」
この人たちと会った時はこの挨拶だろう。
「ユイトさん。今日はご招待ありがとうございます。」
アーレさんから感謝の言葉をもらった。
「……アーレから話しかけるとは槍でも降るんじゃないのか?」
トライさんが相変わらず冗談を言っているが、俺にはよく分からない。
「来てくれてありがとうございます。皆さん」
「おう!命の恩人が来いと言ったらどこでも行くぜ!」
ありがたいこと言ってくれる。俺の中のテンプレの義理人情に厚い冒険者は、まさにこの人たちだろう。
「少しでも楽しんでもらえるように頑張りますね。」
「おう!」
そのあと仲良くなった八百屋のおばちゃんや他の冒険者が来てくれた。そろそろ日が暮れてきた。
さあ、初公演を始めよう!
今回は次回までのつなぎのような回になってしまいました。
この街ではこれだけの人に出会ったんだなって思いながら読んでいただけるとありがたいです。




