報酬とローリアの涙
「どういうことなのか説明してくれる?」
俺はギルド2階の1番奥のギルドマスターの部屋に来ていた。もちろん魔物相手に使った魔法について説明するためだ。
「あの……?」
「なにかしら?」
「なんでギルドマスターみたいな人が部屋の隅に立っていて、俺に対面しているのがメロさんなんでしょうか?」
「話を逸らさないで頂戴!」
メロさんに話が通じない!?どうやらメロさんはかなり魔法のことが気になっているようだ。
部屋の隅にはテンプレ通りの屈強で強面なギルドマスターが佇んでいた。しかし、完全にメロさんの勢いに負けてしまっているため、ギルドマスターだというのに威厳はまるでない。
「わかりました。俺がギルドに来た時のことを覚えていますか?」
「ええ。覚えているわ。説明したのは私ですもの」
「あの時に、紙に水魔法が使えるって書きました」
「書いてあったわね」
「そういうことです」
「それじゃあ分からないわ!?」
訳が分からないとばかりにメロさんが大声を出す。俺の言っていることは間違っていないが,説明不足で理解してもらえないようだ。まぁ,わざとぼやかしているんだけども。
「そう言われましても、水魔法が使えるだけですし……」
「何よ。あの威力と規模。普通じゃないわ!」
今のメロさんはテンションが高い。ギルドにいるのに敬語じゃないのが良い証拠だ。
「全力で使ったらそうなりました」
「はぁ……もういいわ……」
メロさんは諦めた表情になった。
「分かったわ。全部話してくれる気はないのね……寂しいけどもういいわ」
この世界に召喚されて力をつけました。といっても信じてもらえないし、話せない。いくら寂しそうにされても話せることを話したので許してほしい。
「じゃあ、報酬について話しましょう」
メロさんは1枚の紙を差し出してきた。
「この依頼については報酬が金貨5枚になっているの。ほとんどあなたが倒したとしてもこれは変えられないわ」
命がけの依頼だから報酬は高いが、殆ど俺が倒したのに他の冒険者と同じ報酬では不公平だろう。
「でもね。ギルドマスターが特別に報酬をあげることが出来るの。そうですね?ギルドマスター」
ギルドマスターは頷いて答えた。完全に補助に回っている。それでいいのかギルドマスター……
「何か要望はあるかしら?」
ギルドマスターに報酬を頼むというのに聞いてくるのはメロさんだ。
「じゃあ、噴水のある広場を1日貸してください。あと、今回の魔物は冒険者全員で倒したことにしてください」
「……何をするつもりなの?」
メロさんは少し訝しそうな表情を作った。 メロさんからしたら俺はただの冒険者のはずだ。普通の冒険者が広場を借りることはないだろう。
「俺は曲芸士をしているので、それに使いたいんです」
「あなたって何者なの?」
メロさんはついに困惑してしまった。
「冒険者を副業にしている曲芸士ですかね」
「変わっているのね」
どうやら変わっている人認定を受けたようだ。
そこでギルドマスターが近づいてきた。
「よう。俺はペンタスだ。この街のギルドマスターだ」
威厳たっぷりの挨拶だ。今更威厳を出しても遅いだろう。
「よろしくお願いします。ギルドマスターさん」
「今回の報酬として広場を貸すだけでは足りないだろう。そこでだ。お前の冒険者ランクをCにしようと思う」
「あっ、お断りします」
俺は間髪を入れずに断った。
ランクCになったら様々な特典があるが、それに伴って指名依頼が強制になる。俺の本職は曲芸士だ。稼ぐなら他の依頼を受けるので、Cランク冒険者以上にはなりたくない。ここは断固として断らなければならない。
「……なぜだ?」
「指名依頼が強制になるからです」
「そうか……確かに貴族からの依頼はひどいのが多いからな。だが、お前ほどの魔法使いが曲芸士なんて勿体ない!」
言っていることは正論のようだが、面倒くさいことを押し付けられているだけだ。
「人の夢にケチを付けないでください」
曲芸士として大成することは俺の夢だ。誰に何を言われようとも曲げる気はない。だから少し言葉に険があっても許してほしい。
「……分かったお前にはさらに金貨5枚をやる。それと広場だな。それが今回の特別報酬だ」
そう言ってギルドマスターは部屋を出て行った。納得がいかないようだが、報酬の上乗せだけで事なきを得た。
「ごめんなさいね。ギルドマスターは悪い人ではないの。ちょっと自分の考えを押し付ける人でね。私も苦手なんだけど……悪い人ではないのよ」
メロさんのフォローが失敗している。俺もあの人は苦手かもしれない。
「じゃあ、今回の魔物は冒険者たちが討伐したってことにしておくわね。あと、広場は4日後に使えるようにするわ。そして、これが金貨ね」
そう言って小包を俺に差し出した。金貨10枚だ。ここで大金貨1枚にしないのは、こちらのほうが店で使いやすいからだろう。メロさんの心配りだ。
「4日後、メロさんは来れますか?」
「私?ええ。ちょうど休みだからいけるわよ。私も行っていいのかしら?」
「もちろんですよ。メロさんのために魔法を披露します」
「ふふっ。じゃあ見に行こうかしら。楽しみにしているわ」
そういって俺は宿屋に帰った。
別れる前にメロさんが自分の頬を叩いて気合を入れていたので、きっと口調は大丈夫だろう。
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宿屋に着くとローリアが外に出ていた。隷属の首輪をつけていて小さい彼女はよく目立つ。ローリアは俺を見つけると駆け寄ってきた。
ローリアが勢いを殺さずに近づいてきたので、俺はしゃがんで受け止めると、ローリアは泣き出してしまった。
「…ご主人様ぁ!ウッ…あぁ…ご主人様…無事でぇ…えっぐっ…よかったぁ…すんっ…」
……ローリアはあっさりした性格だと思っていたが、そうではなかったようだ。主人が魔物の群れに対峙するというのは、彼女にといって心労だったのだ。俺はまだローリアをわかっていなかった。ローリアの頭を撫でる。
「ごめんな。心配かけたな」
「すん…うぅ…すみません…でも…もしものことがあったらって…」
「大丈夫。ローリアを残して死んだりしないから」
「…ご主人様ぁ!…うぅ…ご主人様ぁ…」
ローリアは一度泣き止んだが、声をかけると再び泣き出してしまった。俺には女性の扱いは向いていないようだ。
ローリアの頭を撫でながら泣き止むのを待っていると、ローリアが泣き腫らした顔を上げた。
「ご主人様。お話があります!」
神妙な面持ちでローリアは言った。
ユイトが広場をかりました。そこで曲芸を披露する予定です。
前回の森から魔物が攻めてきたことで,ローリアは主人であるユイトをかなり心配していました。ユイトはあっさり終わらせましたが、本当はそれだけ一大事だったわけです。




