プロローグ
白い天井が見える。
ベッドの近くには、医者と看護婦と両親がいる。口には人工呼吸器がついていて、自分で呼吸することもままならない。
俺、世良 結糸は20歳の男性だ。
生まれてから原因不明の理由で身体が弱く、病気にかかりやすかった。何度も病気になりながら高校を卒業できたけど、それももう終わりだ。意識が遠退いていく。
もう死ぬのだ。
(なんのために生まれてきたんだろう……)
遠退く意識の中でそんなことを思う。
体調のことで両親に迷惑をかけてばっかりだった。学校にもあまり行けなかった。
(泣いてくれるんだ……)
俺を見下ろす両親は涙を流している。
管理栄養士の免許を持つ母は、俺が体調のいい時は料理を教えてくれた。役所で働く父は、外で遊べない俺にいろいろなものを買い与えてくれた。両親ともによく俺のことを考えてくれた。
(人の役に立ちたかったな……)
周りの人からはもらってばかりだった。
同じ病院に入院していた女の子からは笑顔をもらったし、看護婦さんはよく話の相手になってくれた。
けれど、俺はなにもあげれていない。
なんのために生まれてきたのか?
なんのために生きてきたのか?
俺の人生には意味があったのか?
そんな思いが溢れてきて、もう一度思う。
(人の役に立ちたかったな……)
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「力を……」
なんだろう、この声は?
このパターンはマンガとかで見たことがある。敗北しそうな主人公が力を求めて、強大な存在が力を与えるパターンのやつだ。
でも、俺は力を求めた覚えもないし、そもそも死んだはずだ。
「力を……貸して……くれ……」
俺の眼前に青白い火の玉が燃え上がる。よく周りを観察すると周りは真っ暗だ。
力を貸す?
死んだと思ったらよくわからないことを言われた。生前の俺は、病気がちな一般人だった。貸す力などないし、どうしろというのだ。
「あの……」
とりあえず声をかけてみることにした。
「っ! 良かった!つながった!力を貸してほしい!」
火の玉の周りにさらに多くの火の玉があらわれた。
力を貸して…助けて…
火の玉が助けを求めてくる。
「待ってください!俺は死んだんじゃなかったんですか?」
状況がよくわからない。
何故火の玉に助けを請われているのか?
俺は死んだんじゃなかったのか?
ここはどこなのか?
疑問だらけだ。
「私たちは異世界からあなたに呼び掛けている。どうか説明を聞いてほしい」
最初の火の玉が答えた。
異世界?ラノベで読んだファンタジーな世界だろうか?永遠の眠りについてから夢でもみているのかな?
「私たちは、森の民と呼ばれる一族だ。しかし、私たちはすでに殺されてしまった。今は死ぬ前に行った召喚の儀式によって、魂になって呼び掛けている。殺された恨みを晴らしたい。力を貸してほしい」
声色は至って真面目だ。
これは異世界召喚という奴だろうか?ラノベで呼んだ召喚とだいぶ違うけど、状況が違えば召喚の仕方も違うか。
「つまり、恨みを晴らすためにそっちの世界に召喚されてほしいってこと?」
「……呑み込みが早いな」
当たったみたいだ。
「断った場合は?」
「……断られたらそれまでだ。もう召喚はできないし、復讐は成しえないだろう。しかし、あなたの魂も断ったら終わりだ。消えてしまう」
俺は身体を見下ろしてみると、身体がなかった。その代わりに炎が見えた。どうやら私も魂になっているようだった。
「でも、俺は死んだばかりでなんの力もありませんよ?」
「心配には及ばない。死んでしまった私たちの魔力や力をあなたにそそぐ。あなたの魂が定着するのは少年の死体だが、相応に力を手に入れられるはずだ」
「え?死体に定着するんですか?」
「ああ。定着したあとは普通に人間として活動できるはずだ。そういう儀式だからな」
召喚の儀式についてまとめると、儀式は死ぬ間際に行われた。
効果は、異世界の人間の魂を死体に定着させること。
森の民の皆さんが力を注いでくれるから、強い状態で召喚される。
断ったら俺は消滅してしまう。なら引き受けるしかない。恨みを晴らさないといけないみたいだけど、それ以外はなかなかの好待遇だ。でも、まだ疑問がある。
「なんでわざわざ異世界から魂を召喚して定着するんですか?あなたたちの魂ではだめなんですか?」
「異世界から召喚する儀式だから私たちではだめだ。それに異世界から召喚されたものは強いスキルをもつらしい」
なるほど、自分たちではだめで、わざわざ異世界から召喚する意味もあるってことか。
らしいってことは、初の試みなんだろうな。
「じゃあ最後に1つだけ、なんで私なんですか?」
「私たちは強い願いによって引き付けられた。生きたいと願ったのではないか?あなたのその願いに引き付けられて導かれたのだ」
生きたいではないけど、人の役に立ちたいとは願った。その願いに引き付けられたってことか。
「召喚に応じます。私を異世界に連れて行ってください」
応じなかったら魂が消滅してしまうなら、応じるしかないけど。
「待て。もう1つ頼みたいことがある。恨みを晴らすために転生してから身体を貸してほしい」
「身体を?」
「ああ。自ら恨みを晴らしたい」
そういうことなら仕方ないだろう。気が変わって転生させてくれなかったらこっちが困る。
「わかりました。転生したらしばらく身体はお貸しします」
「助かる。それではあなたを転生させる」
魂は申し訳なさそうな声色で告げた。
吸い込まれるような感覚がして、目の前がブラックアウトした。