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約束を想う

 初投稿から、気がつけば一年近くも経っていて、「あれ? おかしいな?」と思っております。何か新しく投稿しよう、と思いつつ書き溜めては微妙だと切り捨ててきたのが悪いですねw

 さて、本当に久々の投稿です。

 この一年で成長したかな、と不安と期待を胸に秘めつつ、この作品を投稿しました。

 四月ですし、桜のお話が書きたかったのです。

 からん。ころん。

 澄んだ音色を響かせながら、ふわりと桜の樹のもとへと舞い降りる。

 その拍子に、手にした酒瓶を落としそうになるけれど、たはは、と笑ってごまかすことにしたらしい。

 からん、と下駄の音を響かせる。

 そうして桜の樹に近づくと、優しく幹に手を添える。


「――久しぶり、になるかな?」


 そう呟きながら、そっと微笑みを浮かべた。

 そんな彼女を祝福するかのように、穏やかな風が銀色の髪を揺らし、白い頬をくすぐる。


『ん、そうね。久しぶり』


 桜の樹から、声がする。

 そこでは依代である桜の樹に寄り添うようにして、桜色の髪を風に揺らしている少女がそっと微笑んでいる。


「あんまり会いに来れなくてごめん。でも、今日だけは来ないといけない気がしたんだ」

『ふふ、気にしなくてもいいのに』

「……覚えてるかな? 前にした『一緒にお酒を飲もう』って約束」

『ん、そんな約束もしたね』

「だから、今日はその約束を果たそうかなー、ってさ」


 と、笑いながら、鬼は手に下げていた酒瓶を持ち上げてみせる。

 これはこの日のために、彼女が各地を回って見つけてきた特別なお酒。


「桜の味がして美味しいよ? ……って、私もまだ飲んだことないんだけどね」

『お酒が好きなのに、よく飲まなかったね』


 と、少女はからかうように笑みを浮かべる。


「約束のためだから、がんばったよ」


 ふふん、と胸を張りながら、二人分のお猪口を懐から取り出して、そっと並べる。


「じゃ、開けるよ?」

『ん、楽しみ』


 酒瓶の蓋を開けると、ほのかに甘い桜の匂いがする。

 その匂いに頬を緩ませながら、そっとそれぞれのお猪口にお酒を注ぎ、片方を右手に、もう片方を樹のほうへと差し出した。


『んっ、このお猪口、桜の花びらが浮き上がって、きれい』

「気づいたかな? このお猪口、水を入れると桜の模様が浮き上がってくるんだよ」


 へぇ、と少女は感心するような声をこぼした。

 そして目をきらきらと輝かせながら、お猪口に浮かんだ桜の花びらを見つめる。


「こういうの、好きだったよね。だから、今回はこだわってみたんだよ」


 照れくさそうに、たはは、と笑いながら、鬼はそっと夜空へと顔を向ける。

 そこには満天の星々が煌き、美しい弧を描きながら、その身を儚げに細くした月が夜空へと華を添えている。それらを背にして、美しさを誇るかのように咲く、桜の花。

 二人だけで独占するにはもったいないくらいに、それは幻想的で美しかった。


「これだけは、言っておかないと」


 美しい光景に背を押されるように、ぽつり、と呟きをこぼす。


『ん? どうしたの?』

「いや、やっぱりこういう特別なときじゃないと言えないし、言っておこうかなー、って」


 こほん、とわざとらしくせきをする。

 それから何かを告げようとするけど、ためらっているのか口が動くばかりで言葉は出てこない。それをもどかしく感じるように苦い顔をしながら、気持ちを落ち着かせるように、胸に手を当てて深呼吸を一つ。

 ふぅ、と息を吐くと、しっかりと正面に顔を向けた。


「い、いつもありがと。大好きだよ」


 と、恥ずかしそうにはにかみながら、そっと想いを口にする。

 そんな鬼の告白に、少女は思わず息をのみ、林檎のように顔を赤くする。『え、え?』と彼女が混乱しているうちにも、鬼は言葉を紡いでいく。


「いつも迷惑をかけるし、困らせてばっかりだけど、私みたいな半端な鬼と一緒にいてくれて、本当に、嬉しかったんだよ?」


 だから、ありがと。

 と、ささやくようにしながら、鬼は満面の笑みを浮かべた。


『え、えっと』

「――って、は、恥ずかしいなぁ。さ、さぁ、飲もうっ! か、乾杯っ!」


 顔を真っ赤にしながら、鬼は勢い任せにお猪口を夜空へと掲げる。

 そのままお酒を煽ると、どこか懐かしくなるような、甘く切ない『桜の味』がする。その味に鬼は一瞬だけ、懐かしさと寂しさを混ぜたような、儚げな表情を覗かせた。

 けれどそれはすぐに笑顔に塗りつぶされて、誰にも気づかれることはない。


「なにこれ、美味しいっ!」

『んっ、美味しい』


 少女も笑みを浮かべて、両手でお猪口を支えながら、ちびちびと飲んでいる。


「やっぱり飲まなくてよかったよ」


 我慢した甲斐があるよー、と呟きながら、鬼はこれまでの日々を思い出して苦笑する。

 いつも、酒瓶を意識するたびに飲みたくなって、それを必死にこらえる。それをひと月も続けたのだから、それはもうつらい日々だった。

 だから、こうして飲めることの嬉しさに、我慢したこともあり、格別な味となっている。


「あっ、忘れるところだった」


 思い出したように、鬼は懐を探り始める。


『まだ、なにかあるの?』

「色々とお菓子も持ってきてるんだ。甘いものからしょっぱいものまで、何でもあるよ」


 そう言いながら、甘味などのお菓子を取り出すと、紙を敷いた上に並べる。


『わぁ、こんなにたくさん』

「ふふん、すごいでしょ?」

『ん、どれにしようかな』


 わくわくとした様子で、少女は指を迷うように動かしている。

 そうしてお菓子の中から、瓶に入った金平糖を選ぶと、一粒口に入れて頬を緩めた。


「私はこれにしようかな」


 そう言って鬼が選んだのは、ちょっと辛めの干し肉。


『ふふ、あなたらしい』

「やっぱり、お酒には肉だよっ」


 はしゃぎながら、交互にお酒と肉を口に入れては、幸せそうに頬に手を当てている。

 そうしていると、風に舞うようにしてひらひらと妖精たちが群がってきた。彼らは手のひらに乗るような大きさで、背中の半透明の翅や、蝶のような翅をはためかせては、楽しそうに舞い踊っている。


『妖精さん?』

「この子たち、お菓子につられてきたのかな?」


 お菓子の欠片を紙に包んで渡してみると、わぁと嬉しそうにはしゃぎまわる。

 そうして妖精たちは紙に集まると、それぞれにお菓子の欠片を口いっぱいに詰め込んで、美味しそうに食べ始める。

 小さな頬を膨らませている様子は、なんとも微笑ましい。

 そんな可愛らしい妖精たちに、二人もつられて頬を緩める。


「これなら、しっかり約束を守れそうだね」


 楽しそうにはしゃぐ妖精たちを見つめながら、鬼は感慨深そうに呟いた。


『約束って、お酒を一緒に飲むだけじゃないの?』

「これは忘れてるかもしれないけど、本当は『できたら、みんなで楽しくはしゃぎながら、お酒を一緒に飲もう』って、約束なんだよ」

『……もう。こういうときは、よく覚えているんだから』


 少女は呆れたように微笑みながらも、嬉しそうな声までは隠しきれていなかった。


「あ、そういえば、東方の国で竜が出たって話、知ってる?」

『ん、竜? 大蛇じゃないの?』

「どうせ蛇かなー、って思って見にいったら、しっかり足はあるし、翼もあってさ、火を吐くんだよ? なんか思ってたのと違うから、びっくりしたよ」


 と、楽しそうに笑いながら、鬼は旅でのことを話し始める。


「その竜に、面白そうだから話しかけてみたんだよ。そしたら、どうなったと思う?」

『んー、噛み付かれた?』


 おどけたように、少女は笑みを浮かべながらそんなことを言う。


「なんと、しゃべったんだよ! すごいよねっ! 大蛇でも高位のやつしかしゃべらないのにっ!」


 目をきらきらと輝かせながら、鬼は楽しそうに説明を始めた。


「そこまではよかったんだけど、そいつが『子鬼が何をほざくか』なんて言うんだよ? もう、失礼だよね。こんなに立派な角もあるのに」


 むぅ、と鬼は頬を膨らませて、子どもっぽくむくれる。

 そんな様子に、少女は口を押えて、笑いそうになるのを必死に堪える。

 言っていることと、やっていることが真逆なのだから、笑うのもしょうがないだろう。


「それでさ、そいつ『飾りものの角しか持たないくせに、何ができる』って鼻で笑ったんだよ? いやぁ、さすがに自慢の角を貶されて、耐えられなくなってさぁ。――そいつ、殺しかけちゃった」


 と、満面の笑みを浮かべながら、可愛らしく言ってのける。

 あまりにも自然に恐ろしいことを言う鬼に、少女の顔が引き攣った。


『ちょっ、なんでそうなるのっ!』

「こ、これでも、手を抜こうとしたんだよ? でも、そいつの鱗が堅いせいで、本気で殴らないと砕けなかったし、頭に血が上っていたから……」


 たはは、と苦笑する鬼に、少女は『なんでそうなるの』と頭を抱えたくなる。


『……もう、どうしてそんなに無茶するの。そういう相手に一人で挑むこともそうだし、そんな目立つことしたら、人間たちに目をつけられるよ? 私たちは嫌われてるんだから。いくらあなたでも、数の暴力には勝てないでしょう?』

「しょうがないでしょ。角は私たち鬼の誇りだよ? それを『飾り』だなんて、殺されなかっただけ感謝してほしいくらいだよ」


 ふん、と鬼はすねたようにそっぽを向く。


『それでもよっ! あなたがもし、いなくなったら、さ、寂しいじゃない』


 頬を朱に染めながら呟くけれども、鬼は気にした様子もなく、お猪口を傾けている。

 それに少女が頬を膨らませて怒ろうとすると、不意に鬼が遠い目をする。


「……でも、私がいなくなったら、ここに誰も来なくなるんだよね」


 お猪口の酒に映る、月を見つめながらそんなことを呟いた。


『そ、そうよ。そうしたら、泣くわよ?』

「それは嫌だなぁ。うん、次からはもうちょっと自重するよ。……は、半殺しくらいで」


 目を泳がせる彼女に、じぃと少女は睨むような視線を向ける。


「そ、そういえば、最初に会ったのはここだったよね」

『あなたはそう、いつも話を逸らそうとして』


 呆れたようにため息をこぼしながらも、そうね、と少女は相槌を打つ。


『ここであなたがぼろぼろになって倒れていたときは、びっくりした』

「あー、あのときは近くの村の鬼狩りに追い回されて、大変だったんだよ。だって、私が悪さをしたわけじゃないのに、前にいた鬼が悪さしたから、って追っかけてくるんだもん」


 ひどいよね、と憤る鬼。


『それで、そのまま意識を失ったあなたを、看病することになった、と』

「いや、あのとき翌日には目を覚ましてたんだけど、寝心地がよくてそのまま寝てたら、なんか泣いてるし、起きたら抱きついてくるしで、びっくりしたよー」

『し、しょうがないじゃない。だって、十日も目を覚まさないんだもの。もう死んじゃったのかと思ったのよ』


 あのときのことを思い出して、鬼は苦笑し、少女は顔を赤くして鬼を睨む。

 そんな二人を、不思議そうに見つめる妖精たち。彼らはいつのまにか二人の肩や膝、頭の上でくつろぎながら、話を聞いている。

 鬼は膝の上にいる妖精を、指でつついて遊びながら、笑みを浮かべた。


「それから、ひと月は怪我が治るまで一緒にいて、治ってからは気が向いたらここに来るようになってたんだよね」

『そうね。私もあなたのしてくれるお話を聞くのが楽しみになってた』


 そう言いながら、少女は懐かしむように、目を細めた。


「あのとき、助けてもらえなかったら生きていなかっただろうし、こうしてここでお酒を飲むこともなかったんだよね」


 それは嫌だな、と鬼は苦笑する。

 だって、彼女と出会わなかったら、あのとき感じた温かさも、こうして感じているものすべて、なかったことになるのだから。

 あの日から、鬼にとっての『生きる意味』は変わった。

 ただ己がために生きることから、大切な人のために生きることへと。

 誰かのために生きることの難しさを。大切さを。温かさを知ることができたのだから、後悔などない。

 ただあるのは、大切な人とともに過ごすことの、幸せだけ。

 それらはすべて、優しい彼女との出会いがあったからこそ、ここにある。


『そうね。助けるつもりはなかったんだけど、気づいたら、あなたの前にいた』


 どうしてかしら、とおどけたように微笑みながら、首をかしげる。

 本来、彼女のような樹に宿る精霊たちは、人前に姿をさらさない。けれどあのとき、彼女は鬼の前に姿を現しただけでなく、傷を癒し、看病までしていたのだ。

 姿を現したのは、ほんの気まぐれ。

 どうせ、私を捕まえて売ろうとするような欲にまみれた人だろうと。そしてすぐに尽きる命だと思ったから、からかってやろうと思っただけだ。

 でも、


『あなたみたいに――「友達にならない?」って、訊いてくれた人は、初めてだったから』


 ささやくように、想いを告白する。

 鬼がここを訪れたとき、ぼろぼろになりながらも、彼女へとこう声を掛けたのだ。

 ―― 一人なら、友達にならない?

 と。

 それも、満面の笑みを浮かべて。

 それがどれほど、彼女にとって嬉しいことだったかは、彼女しか知らない。

 森の奥にただ一人でひっそりとたたずみながら、何十、何百という歳月を過ごしてきた。彼女のもとへと人が来ることは幾度となく繰り返される。けれど、誰一人として『友達』なんて眩しいものには、なってくれなかった。

 だから、鬼が何の気負いもなく呟いた一言は、何よりも嬉しかったのだ。

 ――い、いいの?

 ――うん。私も一人だし、仲良くなれたら嬉しいな、って。どうかな?

 ――ん、なる。ともだち、に、なりたい。

 そんな出会いから始まった、二人の友情は――ずっと、ずっと続いている。


「ん。あ、もうお酒がないや」


 酒瓶を揺すりながら、鬼が残念そうに呟きをこぼした。


『もうないの?』

「まぁ、ちょうどいいかもね。もうすぐ夜も明けるから」


 と、白み始めた東の空を見つめながら、鬼は告げる。

 あれほど賑やかだった妖精たちも、すやすやとお菓子を抱えたりしながら、幸せそうに眠っている。がんばって起きている子もいるけれど、目をこすって眠そうにしている。

 二人の宴も、そろそろ終わり。

 ずっと続いたらいいのにと思わずにはいられないほどの、楽しいひとときにも、終わりがくる。

 このままずっといるわけにもいかないし、日の出まで、と決めている。

 そうしないと、ずっとここにいてしまいそうだから。


「あと、残ってるのはこの一杯だけだし、これを飲んだらもう行くよ」

『そっか。来てくれて、ありがとう』

「それじゃ。乾杯」


 くいっと、鬼は最後の一杯を口に含む。

 口の中に広がる甘く、優しい桜の味に目頭が熱くなるのを感じながら、そっと顔を空に向ける。

 そこには輝きをひそめた月が一つ、うっすらと輝いているばかり。

 群青から白み始める、空の魅せる美しい色彩に目を凝らしながら、鬼はしばらく口を閉ざしたままでいた。

 瞳には涙を。

 決してこぼすまいと、美しい空を見つめ続ける。


「ねぇ、聞こえてる?」

『聞こえてるよ』

「大好き。大好きだよ」

『……ん、私も。大好き』


 想いを込めながら、ゆっくりと。

 泣きそうな鬼に、少女は包み込むような優しい声で想いを告げる。


「また、来るからね」

『ん、待ってる』


 鬼はそっと立ち上がると、着物の袖を風に揺らしながら、空になった酒瓶を腰に下げる。


「それじゃ、またね」

『うん。また』


 少女は微笑みを浮かべながら、鬼に手を振る。

 鬼は少女に見送られながら、樹に背を向ける。そうしてしばらく進んでから振り返ると、その頬には一筋の涙が伝っていた。


「……またね」


 再び呟かれた言葉は、風にさらわれて空しく消える。

 鬼の瞳に映るのは、一本の枯れた桜の樹。

 かつての美しく、荘厳だったころの面影がないほどに朽ち果てた大樹の名残が、まるで墓標のように立っている。


「もう一度、会いたいよ」


 涙を流し、鬼は叶わないと知りながら、その願いを口にする。

 もう言葉を交わすことも、触れ合うこともできないと知っている。だから、鬼はそっと口にした想いを心の中にしまいこみ、何も言わずに踵を返した。

 からん。ころん。

 朝露に濡れた森へと、叶わない想いは寂しげな音を響かせる。     


 いかがでしたでしょうか?

 今回は叙述トリック? なるモノを取り入れてみました。最後に「そうだったのか」と思っていただけたのなら、幸いです。 

 今年度から月に一作、このような短編を投稿していこうと思っています(できるかな?)。

できたら、感想ください!(どんな風に思われてるか知りたいので!)。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 次の作品も楽しく待っています。
[一言] こんにちは。 美しい話(序盤)→優しい話(中盤)→美しい話(終盤)。 この展開、良いですね。自分もぜひ取り入れたいです!
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