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第2話

「ユウタ、遅いなー」


蝉の鳴き声が鳴り響くよもぎ公園。


ヒカルは例のアミちゃんの写真集を片手にユウタの到着を待っていた。


なかなか来ないユウタに、ヒカルは鼻の下を伸ばしながら写真集を眺める。


するとしばらくして、足音が聞こてきた。咄嗟に本を隠したが、その足音の持ち主はユウタ。わりぃわりぃ、と手を振りながら走ってくる。


「おー!大丈夫大丈夫!…ほらほら、画像送った例のアレ、見ようぜ!」

「おう!…うへへへへ」


気味の悪い笑みを浮かべながら、ふたりは雑誌を開こうとしたその瞬間、電話の着信音が鳴り響いた。


あ、わり。とスマホを手にするユウタ。

母と思われる相手と話しているが、ヒカルはユウタのスマホに目が行く。


「お前、結構前から同じスマホ使ってるよな」


電話を終えたユウタは、あ〜そうなんだよ、と気だるそうに答える。


「動作も重くなってきたし、そろそろ買い換えようかな〜って思ってさ」


ユウタが分厚いスマホを眺めていると、ヒカルはふふふ…と笑みを零す。


「俺、つい最近買い換えてさぁ!!」


ほら見ろ!とヒカルは自分のスマホを高らかと掲げた。


「じゃじゃーん!iPho○eの最新型だぁ!」

「うわすっげぇ!俺の周りで持ってるやつ初めて見た!!!」

「そうだろー!かっこいいだろ!!!」


ユウタがヒカルのスマホに目を奪われ、羨ましいと声を上げたその時、ユウタのスマホから突然サイレン音が鳴り響いた。


わわっ、とユウタが慌てて操作するも、鳴り止む気配はない。


「あ…あれ…」


ユウタは意識が遠のくのを感じた。

ふらふらと足元が揺らぐ。

ヒカルの心配する声を遠くで聞きながら、ユウタは完全に意識を手放した。









────身体が浮くような軽い感覚。

────精神と肉体が切り離されたような感覚。


ユウタは重くとも軽い身体を起こした。

辺りに広がるのは不思議な空間。


室内のように思えたが、上を見ても天井のない不思議な空間。壁も、電灯もないのに不思議と明るいその空間。


ヒソヒソと後ろから声が聞こえた。

顔を向けると、「ウソでしょ…?」「これは、夢?」「こんなのってありえる?」「ありえへん…よな?」と話している見覚えのない5人がいた。


「え、えっと…」


俺はそこにいた5人に問いかけた。


「ここは、どこ…?」

「「ご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?!」」


いきなり5人は、騒ぎ始めた。

わけがわからねぇのは俺のほうだっての!!


「ちょ、ちょっと!!今の状況を教えてくれよ!」



「つまり、お前たちは俺のスマホの中で事務処理をしている人たちで、俺は突然インストールされた『ご主人様転送アプリ』によってこっちに来た。そしてこのスマホの持ち主である俺がご主人様ってことか?」


その通り、と監視係と名乗る女性が言った。

画像係と名乗った女の子は、本物のご主人様に会えるなんて…!と輝いた目で俺を見つめる。

音楽係と名乗った俺と同い年ぐらいの男は、たくさん話そうぜ!と気軽に俺の肩を掴み、メール係と名乗る女性は、ご主人様にとっては災難なんですよ。と注意する。奥に座っているアプリ係と名乗った男は黙々と『ご主人様転送アプリ』と書かれた資料を見ていた。


…って、


「信じられるかこんなこと!!」


俺は声を荒らげると、画像係は、証拠ならあるよ!と段ボールの山を漁った。


「これは昨日の23時14分に保存したあのアニメキャラの画像。これは今日の7時23分に保存したさっきと同じキャラの画像。そしてこれは────」

「わぁぁぁぁぁ!!!もういいって!!」


俺は画像係の持っていた紙を取り上げる。

これは確かに俺が保存した写真だ。


「先ほどヒカル様としたメールの内容も申し上げますね?『おい暇か〜?一緒に遊ばね?』『おー、いいぜ!今からよもぎ公園集合な!』『今日発売された、“かわいすぎる新人アイドルアミちゃんの写真集”持っていく────」

「あーあーあああああああああああ!!わかった、信じる!信じるよ!!!」


…メールの内容まで突きつけられたら、信じるしかねぇだろうが…。


ところでぇ〜、と音楽係がニヤニヤしながら近づいてくる。


「アミちゃんの写真集って、そんなにやばいの〜?ご主人様も隅に置けないなぁ」

「んなっ?!」


ここに来たせいで、まだ見れてないっつーの!!


大人の階段をのぼってるねぇ!とからかう音楽係に、俺は音楽係を追いかけ回す。


その瞬間、時間が止まるような不思議な感覚が訪れる。

俺以外の5人の時間が止まっているような。

…いや、音楽係がありえないバランスで固まってるから、おそらく本当に俺以外の時間が止まっている。


10秒ほど経ち、時間の流れが動いた。

バランスを崩して転ぶ音楽係は、いってぇ!と声を上げた。


またか…と監視係は項垂れる。

俺が疑問に思い首をかしげていると、今まで黙々と仕事をしていたアプリ係が立ち上がった。


「ときどき、スマホの動作が重くなることがあるやろ?そん時こっちはこうなってんの」


少し怒ったような口調でさらに続ける。


「いきなりなるから疲れるんや!ご主人様がゲームのアプリ入れすぎるから!」

「し、しらねぇよそんなの!このおんぼろスマホ!」

「なっ?!調子乗ってんとちゃうか?!」

「まぁまぁそう怒らない怒らない!俺らは所詮消耗品なんだからさっ!」


俺とアプリ係が言い争ってる中、音楽係は間に入ってくれた。…俺は別に悪くねぇし。


にしても、早く帰りたい。

────断じてアミちゃんの写真集見たいからじゃないからな!!


「俺を早く戻してくれないか?」

「やれるものならやってるわボケ!」


アプリ係はつっかかってくる。


「うるせぇな、ただ俺は…!」

「アミちゃんの写真集を早く見たいからですか?」

「そうだっ!」


…あ。

メール係の質問に、テンポ良く答えてしまった。

隣で画像係が、いやぁぁぁぁ!と声を上げる。


「あーあーああああああ!!ち、違うぞ…多分…」


後ろでメール係がクスクスと笑った。

くっそー、からかいやがって!!


「にしてもー、スマホの中って広いんだなぁー、ハハハ…」


話題を逸らそうと俺は奮闘する。


「あ、うん!ここ以外にもいろんな空間があるんだよ!」


お、画像係が話にのってくれた。よかったぁ。


「向こう側には、電話係や言語係などがいます。そしてあちら側にはコンピュータの頭脳といわれるCPU係がいます」


メール係も話にのってくれた。

これで助かった、な。


「あ、別のところには行かないでね?」


監視係が俺に言う。メール係は、緊急事態ですし他の係にも伝えるべきかと…と言ったが、


「こんな失態、他に晒すわけには行かないでしょ?ここで何とかするのよ!!」


と凄味たっぷりに言われ、わかりました…と答えた。


「って!こんなのんびりくっちゃべっとる場合やないんかった!」

アプリ係が声を荒らげると、どういうこと?と監視係が訪ねる。


「さっきの『ご主人様転送アプリ』、実を言うと、今のところご主人様のダウンロード率はまだ50%ちょいなんや」


でもご主人様はもうこっちの世界に来てるよ?と画像係は尋ねると、そこなんや…とアプリ係は答えた。


「ここからは推測なんやけど、今ご主人様はダウンロード率と同じ、50%こっちに来てるって事だと思うんや」


んーよくわかんない、と画像係が言う。


「なるほど、現在はご主人様の50%。つまりご主人様を構成する要素の半分である『精神』のデータが送られてきているということですね?」


その通りや、とアプリ係はメール係に答えた。

画像係はまだわかっていない様子だったが。


「ってことは、100%ご主人様のダウンロードが完了しちゃうと、ご主人様のすべてが…?」


音楽係は怯えながら聞くと、監視係は眉をひそめる。


「待ってよ。ご主人様と私たちは同じ生き物じゃないわよ?人間であるご主人様がこっちの世界に来れるわけないでしょ」

「そうやな。普通に考えて、人間の世界でも、こっちの世界でも消滅するやろ」


アプリ係が平然という恐ろしい言葉に、俺は戸惑う。


「ちょ、ちょっと待てよ!そんなことになったら…」

「二度と元の世界には戻れへんやろな」


と、俺の言葉を繋いだ。


…マジ?と俺は呟く。


「こないな時に冗談言ってどないすんねん。メール係じゃあるまいし」


ズコン


「いだだだだだだだっ!」


アプリ係の悲鳴に顔を向けると、メール係の履いている高いヒールで足を踏みつけていた。


あー…痛そ…。


「ご主人様が消えちゃうなんてやだよ!!」


と画像係が泣きそうな目で俺を見つめる。


「このアプリはとてもでかいから、100%になるまでもうしばらくはあるけどな…」


足を庇い、うずくまりながら答えるアプリ係。


「まぁでも、一刻でも早くご主人様を帰す方法を探さないとね」


────へ?探すってことは…


「俺を戻す方法、わかんないの?」

「そうだけど?」


あっけらかんと答える監視係。


「はぁ!?まじかよ〜…」

「こんな時に冗談言っても仕方ないでしょ?メール係じゃあるま────」




「はい?」




…あ、怖い。

メール係の威圧をピリピリと感じる。

ひぃぃぃ、と監視係は音楽係の陰に隠れた。


「ア、アプリ係っ!さ、さっきのアプリについて詳しいことはわかった?」


ややひきつったような声で監視係は尋ねる。


「全くわからんなぁ…、アプリ製作者の情報もロックがかかって見られへん」


────ふざけんなよ!


「手を抜いてんじゃねーのか?この大阪弁野郎!!」

「抜いてないわこのどアホ!早くお前さんなんてこっから追い出したいぐらいやわ!」

「だからそこ喧嘩しないでよ〜」


音楽係がまたもや仲裁する。


「…こうなったら、強行突破しかない…!」


監視係の言葉に、他の人たちは震えだす。


「まさか…」「アレをしちゃうわけ…?」とポツリポツリと声を零す。


「アレってなに?!なんなの?!」


俺はたまらず問いかけた。


「「ハッキング!」」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」


「それしか手段はないの!それとも、消滅する?」

監視係の“消滅する?”が深く突き刺さる。


「そ、それは嫌だけど…」


「でも、ハッキングに失敗したら、私たち全員の命は危ない。一緒に消滅することになるかもしれないけど…どうする?」


────かなりの賭けじゃねぇかそれ…!


「俺は…」


────写真集!


「元いた世界に戻りたい!」

「アミちゃんの写真集、見たいからですか?」

「それは言うなぁぁぁ!」


クスクスと笑うメール係を尻目に、監視係は全体に指示を出す。


「えぇと、俺はどこにいればいい?」

「好きにしいやっ!」

「は、はいっ」


ウィーーーン、と何処からともなくモーター音が鳴り響く。

チカチカ、と周りが点滅する。


「全フィルタリング機能解除。先ほどインストールしたアプリから相手の情報を盗み出して!」

「任せとき!腕がなるなぁ!」


俺も頑張っちゃうもんねー!と音楽係は指を鳴らした。


どんぐりころころどんぐりこ〜♪


場に似つかわしくない平和な音楽。

それ、俺がいつも寝る前に聞いてる音楽じゃねえかっ!


あれ、間違えたっ?!と音楽係はCDの入った段ボールを漁った。


「「音楽係は何もしなくていいから!!」」

と全員の声が見事にシンクロする、


音楽係は、はぁい…と体育座りで顔を埋めた。




ん?と監視係はファイルを開く。


「メールの受信要請100件を確認。ウイルス混入有り!メール係、受信を拒否して!」

「はい!」


ひゃ、100件?!と俺はうわずった声を上げた。

顔を上げた音楽係は、フィルタリング機能全部消したしねぇ、とのんびりしている。


ピコン、と音が鳴った。

これはメール受信の着信音だ。

でもさっき、受信を拒否したはず…。


なっ!?とメール係は声を荒らげた。

何が起こったの?!と監視係は慌てて駆け寄る。


「1件のみですが、私からの受信拒否要請をかいくぐりました!」


ってことは…?


「ウイルスが来るーーーーーーーー!」


音楽係は人1倍大きな声を上げた。

みんな隠れて!と監視係は大きな段ボールの後ろへと俺達を誘導する。


トントントン…と足音が聞こえてきた。

足音からして、3人ぐらいだろうか。

俺はゆっくり覗くと、スーツを着た男2人と女1人が現れた。


「なんだこの古臭ぇスマホは…」

「CPU係はどこにいるのでしょうか」

「CPU係を早く壊して、スマホをドッカーンてさせたいわ〜!」


────やばいやばいやばい!

なんかよくわかんないけど銃持ってるし!!


ふと横を見ると、画像係は震えていた。

俺は怯える画像係の手をそっと握りしめ、大丈夫。と俺は囁いた。

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