第1話
「追加でーす」
つなぎを着た運搬係が画像の詰まった段ボールをまだ幼い少女の前へと置く。
その瞬間、その空間の時間が止まったような感覚がその場に居る者たちを襲う。
数秒たち、何事もなかったようにする者たち。
先ほど段ボールを目の前に突きつけられた少女は項垂れた。
「もう無理〜!こんなに画像があったら処理が追いつかないよぉ〜!」
駄々をこねる少女に、画像係、と声をかける一人の女性。
「駄々こねないでください。大変なのはみんな同じなんですよ?」
そう言って手元の書類に目を通す。
しかし画像係と呼ばれた少女はえー、と反抗する。
「メール係〜、そんなことないよ〜!絶対あっち暇そうだよ〜」
そういって画像係が指さしたのは十代後半程度に見える、少しチャラめな男。
指をさされたその男は俺のこと?とニヤニヤしながら立ち上がる。
「心外だなぁ、俺はご主人様が保存した音楽を、音楽係として必死に手入れしてあげてるんだからぁ!」
手入れとか言っておいて曲聞いてるだけでしょ!と叫ぶ画像係。しかし音楽係はそれを聞かずにCDに頬ずりをした。
ぶー、と頬を膨らます画像係。
メール係と呼ばれた女性は、頑張りましょう、と声をかけた。
「ほらほら、遊んでる暇なんてないんだからね」
少し年を増した女性が注意をする。
「監視係厳しすぎ〜!」
画像係がまたもや頬を膨らますと、監視する係だから仕方ないでしょー、と返ってきた。
「黙々と仕事をやってるアプリ係を見習いなさい?」
そういいながら監視係が指さす先は、ジャージを着た男。
アプリ係と呼ばれた男は、静かに手元の資料にチェックをつけていた。
────そう、ここはとあるスマホの中の世界。
「あーもう無理ぃ」
ばたん、と段ボールに倒れ込む画像係。
その段ボールの量は数えられないぐらいたくさん積み重なっていた。
「…ご主人様ったら、最近画像の保存量増えすぎ!」
同じアニメキャラの画像ばかり集めてるよ〜、と画像を整理しながら呟く。
「あ、“空”の写真もある!」
「“そら”?」
聞き慣れない単語に音楽係は眉を寄せる。
「うん、“空”!御主人様がいる世界では、空っていうのがあるんだよ!とってもきれいなの!本物を見てみたいなぁ〜」
画像係は立ち上がり上を見上げる。
しかしそこに“空”はない。
天井の見えない、不思議な空間。
「画像係、私たちが向こうの世界に行けるわけないでしょ?ちゃんと仕事をして?」
監視係が声をかけると、はぁい、と画像係は座った。
その時、監視係の持つファイルに文字が現れた。
メール着信の連絡だ。
「…こちら監視係。メールの受信要請を確認。ウイルス混入なし」
監視係はメール係に受信の許可を求める。
「了解です」
メール係は自分の書類にチェックをつけると、ピコン、と音が鳴り響いた。
「受信、完了しました」
メール係はそう言うと、画像係がメール係の書類を覗く。
「ねぇねぇ、誰からのメール?」
「ヒカル様からのメールですね」
書類には『おい暇か〜?一緒に遊ばね?』と書かれてあった。
「おっと、メール送信要請が来たわ。ウイルス混入なし」
「了解しました。…送信、完了しました」
そう言ったメール係の書類には『おー、いいぜ!今からよもぎ公園集合な!』と書かれていた。
「いいなぁ〜、私も公園で遊びたい!写真でしか見たことないからなぁ…」
画像係は先程見た“空”の様子を思い浮かべる。
「…こちら監視係。メールの受信要請を確認。画像の添付あり。ウイルス混入なし」
監視係はメール係と画像係に目配せをする。
「はーい!」
「わかりました」
ピコン、と音が鳴ると運搬係が画像の入った段ボールを運んできた。
「メール受信の完了を確認」
「添付された画像もばっちり…っていやぁぁぁぁあ!!!!!!」
画像係は甲高い悲鳴を上げた。
メール係は、書類に現れた文を見ると、その画像がどのようなものかを想像することは容易に出来た。
「だめです!これはまだ見てはいけません!あなたにはまだ早いです!刺激が強すぎます!!」
メール係は咄嗟に画像係の目を隠す。
うわぁぁぁ、とメール係に抱きつく画像係。
どれどれ、と音楽係はメール係の書類に目を通す。そこには『今日発売された、“可愛すぎる新人アイドル!アミちゃん!”の写真集持って行くからな!』と書かれていた。
音楽係は鼻の下を伸ばしながら画像係が投げ捨てた画像を見ると、案の定その写真集の表紙の画像だった。
アミちゃんかー、と音楽係が言うと、この人物を知っているのですか?とメール係は問いかける。
「まぁね!ご主人様が保存したアルバムの中に、アミちゃんの写真をジャケットに使ってるのがあってさ〜、ね?画像係」
だいぶ落ち着いた画像係はメール係から離れ、こくりと頷いた。
「その時のは、ちゃんと可愛いお洋服着てたんだけど…」
「俺さ、アミちゃんの歌うロックが大好きでさぁ〜!こんな可愛い女の子が、あんな曲を歌うギャップがいいよね!あ、そういえば、メール係にも、この前アミちゃんの曲聞かせなかったっけ?」
メール係は考え込み、そういえばそんなこともありましたね、と顔を上げた。
「さっきの画像はあんな大胆な服装だったのでアミ様だとは気付きませんでした」
「で、どうなの?」
「はい?」
「アミちゃんの曲だよ!どう思う?」
再び考え込む動作をしたメール係は、まぁ嫌いじゃありません、と呟いた。
「やはり“ロック”というジャンルは気分が高揚しますね」
「お〜、わかってるぅ!」
「しかし、あのアミ様がこんな奇行に走るとは…」
そういってメール係は音楽係が持っていた画像を取り上げる。
「画像係には気の毒ですが、画像係としてどんな画像でもきちんと手入れしてくださいね」
うぅ〜、と嘆く画像係に、大人の階段を上ることも大切なんですよ、とメール係は声をかけた。
「てかてか!イナズマロックバンド、知ってる?」
「あー…」
メール係と音楽係は、音楽の話で盛り上がった。
しかし段々とヒートアップしていき、しまいには口論にまで発達していく。画像係が仲介に入ろうとするも、二人の剣幕に押されて何も出来ない。
「だーかーら!あのバンドはギターのテクニックが凄いんだって!この前聞かせたでしょ!?」
「確かに、ギターの腕前だけは素晴らしいですが、他は大したことありません。ドラムは走りすぎ、ベースはチューニングが高すぎる。ボーカルに至っては曲の音程が明らかに自分の喉に合ってないじゃないですか」
「ドラムが走るのはサビの終わりだからそこまで目立たないし、ベースのチューニング上げてる分、サブのギターが下げてバランスとってるし!それにボーカルは何より──」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!もう!やかましいわ!!黙って作業できへんのか?!こっちは忙しいんや!!」
合ってるかわからない大阪弁で叫びだした男は、さっきまで黙々と仕事をしていたアプリ係。
「なんだよアプリ係!今いいところだったのに!!」
音楽係も負けじと声を荒らげる。
「こちとら、アプリが溜まりすぎて大変なんや!おかげで充電も早く減るし。この、モンスターを引っ張って敵にぶつけて倒すゲームなんかしばらくやってないやん!さっさとアンインストールの指示よこせ!なんならこっちがちょっといじってバグをおこしてやろうかぁ〜?」
へへ…と不気味な笑みを浮かべながら書類を見つめるアプリ係に、音楽係は焦燥感を覚える。
「ちょっとそれはまずいって!この、エセ関西人!!」
────エセ関西人。
────みんなわかっていて、言わなかった言葉。
「なんやと…、今なんちゅうた?!」
「だって、俺ら全員同じところで生まれたのに、アプリ係だけ関西弁っておかしいでしょ〜。どう考えてもキャラ作ってるとしか思えないよ」
私もそれ思ってたー!と画像係が笑う。
まぁまぁ、とメール係は間に入った。
「音楽係、画像係。せっかくみんなで気づかないふりをしてあげてるんですから、それは言わないであげてください。アプリ係が傷ついてしまいます」
ばたん、とアプリ係は膝をついた。
「メール係の言葉が一番傷ついたで…」
「あぁ、申し訳ありません。わざとなんです」
「わざとなん?!普通そこ『わざとじゃないんです』言うとこちゃう?!」
「冗談です」
「なんやねん、もう!」
「ちょっとみんな!!!!!落ち着きなさいよ!!」
監視係はゴゴゴゴ…とオーラを放ちながら立ち上がった。
「まだまだ仕事は沢山あるんだから!口を動かすより体を動かしてよ!」
みな、監視係の恐怖に怯えて自分の作業場へと戻る。しかしその恐怖すらも感じない男がひとり…。
「ん、体?」
音楽係はひとり、腕を高く上げて────
「ミュージックスタートゥッ!」
パチン、と指をならした瞬間音楽が流れ始め、なんとも言えないようなダンスを披露する音楽係だが…。
「そういう意味じゃないわっ!!」
監視係は音楽係を突き飛ばし、椅子へ座らせる。
は〜い、と少ししょんぼりしながらCDの管理を始めた。
わっ!!とアプリ係が声を上げた。
「今度は一体何?」
監視係が呆れたように聞く。
「アプリが勝手にインストールされとる!」
そんなことあるわけないでしょー、と監視係はため息をつきながら答える。
「私に連絡が来ないでアプリが勝手にインストールされることはないでしょ?」
「それはそうやけど…でも!」
「はいはいわかったわかった」
「ほんとにインストールされてるんや!!」
その時、スマホ内にサイレン音が鳴り響いた。
「え、この音なに〜?!」
「勝手にインストールされたアプリが関係してるんや!」
スマホの中が騒がしくなり、突然のサイレン音に混乱している最中、目の前に白い光が現れた。