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作者: 安土 和真

   光


「例の一家殺人の容疑者、少年Aこと佐藤和充です。容疑を認めているようですが、どうなんでしょう。少々まともでは無い感じがします」

 佐藤の取り調べを行うため、薄暗い廊下を初老の刑事と歩く。

「まともなら一家殺人なんてしないだろうよ。それに、まともかどうかを決めるのはお医者さんだからな」

 私はゆっくりと前を歩く刑事の反応に苛立ちを覚えたが、話を続ける。組んであまり時間は経っていないが、相性が悪いことぐらい分かっている。私はこの人を小馬鹿にしたような態度が大嫌いだ。

「佐藤は高校一年生の十六歳。県内の県立高校に通う高校生です。家庭環境は少し複雑で、小学四年生の時に両親が自殺。一家心中で子どもだった佐藤だけは生き延びたようです。その後は父方の親戚に育てられています。特に問題を起こすような生徒ではなく、県主催の科学コンクールに入賞するなど、比較的優秀な子どもでのようです」

「親戚の家での様子は?」

「特に問題は無いと思います。児童相談所などに通報されるようなこともなく、近所の人たちも特に異常は無いといっています。また、佐藤は今時珍しくしっかり挨拶の出来る良い子だという声も聞きました」

「ふうん。それじゃあこれが若者のキレるって奴かねえ。まあ、それを決めるのはマスコミだけどな」

 初老の刑事は一人で楽しそうに笑い、立ち止まって私を横目で見て、おもしろいだろ? という顔を作った。私は作り笑いをし、すぐ歩き出した初老の刑事の後ろに続いた。

「ご苦労様です」

 佐藤のいる取調室の前に立つ守衛に声をかけられたが、初老の刑事は立ち止まることも無く部屋へ入る。私は守衛にパートナーの無礼を詫びるように一礼をしてから続いた。部屋に入ると初老の刑事は佐藤の前に机を挟んで座る。私は出入り口のすぐ右側に立ち、二人のやりとりを見守ることにする。

「さて、それでは事件について聞かせてもらうよ」

 形式的な通達事項を伝え終えてから、初老の刑事は取り調べに入る。

「これは繰り返しになるが、大木さん一家殺人事件の容疑者として君はここにいるが、容疑を認めるかね?」

「ええ。僕が殺しました。もう何度も言ってますよね」

「もちろん分かっているよ。ただこちらも間違いがあってはいけないからね。それでは次に、犯行の動機を教えてもらえるかな?」

 初老の刑事は決して落ち着いた口調を乱さない。

「眩しかったんですよ。あの家族が。帰り道、部活で帰りが遅かったんですが、偶然あの家族を見つけた。あまりにも眩しいから気になった。どうなってるんだろうってね。なんで眩しいのだろう。今になって思うと僕は蛾みたいな奴ですね。明かりに惹かれて近づいて、焦げ落ちる蛾と同じです。そんな蛾みたいな僕は、あの家族の住む家に庭から入っていった。すると、家族が放っていた光が消え、次第に疑念と憎しみが僕に向いた。僕は謝ったんですよ。仲良くしたかっただけだったから。けれど、警察を呼ぶと言われ、男が僕を抑えつけようとした。それから僕は必死だった」

「それで、君は大木真也さんと大木由佳さんを殺した」

「そうです。彼らの憎しみが僕にそうさせたんです」

 こいつはおかしい。私はそう思った。少なからずまともではない。しかし、嫌味な初老の刑事は真顔で聞いていた。

「けど、あいつらもきっと蛾だったんです。あいつらが光を放っていたんじゃなくて、あいつらも光に集まってたんです。だから、殺しても何も問題ない。光に焦がされただけだから」

 佐藤は笑い出した。私は佐藤を睨み付けるが、初老の刑事は佐藤をまっすぐ見つめたままだった。

「聞きたいことがあるんだが、君は何故子どもを殺さなかったのかな?」

 初老の刑事の質問を聞き、佐藤は一瞬固まり、首をかしげ、目を見開いて立ち上がった。それに合わせて調書を作成していた警官が佐藤を抑える。抑えつけられた佐藤は抵抗することなく、椅子に座り、げらげらと笑い出した。さっきとは違う、汚い笑い方だ。


「これ、精神鑑定で持っていかれますかね」

 私は佐藤の取り調べを終え、部屋を出てから初老の刑事に聞いた。

「さあな。それを決めるのは弁護士だ。いや、案外あの少年本人かも知れないな。どうにしても、そんなこと俺たちには関係ない。俺たちは俺たちの与えられた仕事を出来る限りやるだけだ。マスコミも、弁護士も、容疑者も関係ない。」

 私の前を歩く初老の刑事が、少し眩しく見えた。


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