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「お待たせいたしました。商品をお預かりします」

「お会計は××円になります」

「千円のお預かりでしたので、○○円のおつりになります」

「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

「ふう君、ご挨拶はばっちりだから今度はレジの練習をしようね」

「高山さん、本当に大丈夫ですか?」

「それだけできれば大丈夫。だって、アルバイトの経験はないってプレスリリースで言っていたよね」

「はい」

「これだけ言えたら十分。当日は凄く混むから、澤田さんと一緒にレジに入って貰うからね」

「分かりました。僕はどうしたらいいのでしょう?」

 プレスリリースの翌日。要は、イベントの前日の午後。今日はふうと一緒にこないだも訪れたシュミレーションルームにいる。

「ふう君は、レジを操作して貰おうかな。今回は現金だけと制限をかけるけど、イレギュラーでカードとか電子マネーと言われたら、澤田さんに変わって。澤田さんは既に分かっているから」

「えっ?澤田さんってコンビニでバイトしたことないって……」

「コンビニエンスストアでは。大型書店でアルバイトをしていたからレジは辛うじて分かる」

「成程。でも、本当に澤田さんの経歴は謎だらけ」

「謎だらけって?ふう君」

 早速高山さんがふうの話に食いついた。結構この二人作業の進みは早いけれども、雑談で道が逸れるのもかなり多い。僕はそれを元に戻すのが今日の任務だと思っている。

「樹から聞いたんだけど、澤田さんって最後のお仕事が羽田の航空管制官だったんだって」

「えっ?航空管制官?国家公務員ですよね。英語が堪能って事ですか」

「父が商社勤務なので、自然と英語に親しむことが多かっただけです。管制の業務中は基本的に英語のみなのでそれは仕方ない事です」

「本当に引き出しが多い人ですね。もっと興味が沸きました」

「二人共、明日本番なのを忘れていないかい?」

「そうでした。高山さん研修の続きをしましょう」

「澤田さん。大丈夫だよ。二人で一人前の仕事でいいから」

「いいからって言っても、業務の流れを覚えるのは重要な事です。ロープレで経験値を上げるしか方法はないと思いますが」

 いい加減、昔の事を蒸し返されたくないので研修を続けるように促す。

「まあ、いいや。今度教えてね」

 無邪気な笑顔を僕に向けて、高山さん研修の再会ですとふうは雑談を終わらせた。

 ふうは、ああ見えてちゃんと周囲の空気を読んでいる。僕が高山さんともっと親しくなった方がいいと思ってギリギリまで僕を弄る。それでいて僕が怒らないポイントも上手く踏まえているんだ。

 その後も、僕と適度に弄りながら和やかに研修は終わった。


「おはようございます」

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」

 高山さんの上司の太田さんに連れられて、僕らは本社の役員さんに挨拶をする機会を貰った。滅多にない機会なので、かなり緊張してしまう。

「今日はイベントです。失敗を恐れないで業務して下さい」

「はい、頑張ります」

「頑張る事はないよ。いつも通りでいいんだ。ファンの皆は普通のふう君がアルバイトしている姿が楽しみに来ると思うからね。無理にアイドルスマイルしなくてもいいからね」

「はい、分かりました。澤田さん、今日は眼鏡でもいいですか?」

「そうだな。別に問題はないぞ」

「ふう君は眼鏡を使うの?」

「いつもはコンタクトですが、乾燥した時は辛いので今日は眼鏡にしようかなと思います」

「眼鏡男子萌っていうのもジャンルであるらしいからいいよ。サービスの一環として」

 ふうの眼鏡使用もあっさり決まって、業務開始になった。

「いらっしゃいませ。商品をお預かりします」

 僕はお客さんから商品を預かって、バーコードを分かり易い様に配置する。そうするとふうがどんどんバーコードリーダーで読みこんでいって、お会計をしている間に僕がパッキングをしてお渡しする……このスタイルで接客に臨んでいる。

「ふう君、頑張ってね」

「ありがとうございます」

「この人はふう君のお兄さん?」

 なぜか僕の事を聞く人が多いのだ。不思議な話だ。普段はこんな展開になることなんてないのに。

「いいえ。僕達のマネージャーですよ。頼れるお兄さん的存在です」

 にこやかにふうは聞かれた質問に答えるけど、僕……頼れるお兄さん的存在って始めて聞いたんだけど。いつも頼りない様に見られているって思っていたせいかふうの答えにビックリする。

「そうなのね。マネージャーさんも頑張って下さい」

「ありがとうございます。またお越しください」

 商品を渡す時に、目を合わせてにっこりと微笑む。大したことは出来ないけれども、この位の事はサービス業に従事しているのだから慣れたものだ。

しかし、僕らのレジは当初からの懸念の通りに長蛇の列になってしまって午前の業務終了はトークイベントの直前になってしまうのだった。


「楓太君の一日店員サービスはこれにて終了になります。今後とも当社をご利用下さいませ」

「ご利用ありがとうございました」

「またお越しください」

 午後の業務も午前中並みに忙しくなってしまい、最終的には予定時間を一時間オーバーする形になってしまった。

 最後のお客様の対応をして店舗の外までお見送りして、今日のイベントの終了のアナウンスが告げられた。無事に今日のイベントを乗り切った訳だ。

「お疲れ様でした。今日は一日ありがとうございました。いい経験になりました」

 ふうは、素の状態の感想を言っている。そんなふうを僕と高山さんはちょっと離れたところから見ていた。

「あれは、ふう君の素かな」

「そうですね。本人なりに楽しんでいましたから」

「そう言う所は、やっぱり高校生ですかね」

「落ち着いているとは言っても年相応の所はありますよ。これからはナツミも含めてよろしくお願いします」

「はい、そういえば……なっちゃんは?」

「ナツミはこの後の生放送の歌番組の付き人としてふうの代わりにリハーサルに参加しています」

「ほう、そこまでこなしますか。あの子もかなり高度な事を器用にこなしますね」

「そうでしょうか?でも、話を聞くとやはり中学生ですよ。かわいいものです」

 ナツミも、この状況を見たかったと思うが彼女の事情もあってそれを回避してビビットの付き人として里美と一緒に行動して貰っている。

「なっちゃん、僕の代役……大丈夫かな?」

「平気だよ。あの子の歌唱力なら」

「そっか。だったら、早めに皆の所に合流しようか」

「そうだね。何か差し入れに買って行くか?」

「そうだね。サンドウィッチがいいんじゃない?」

 僕らは買い物かごを持って店内に向かうと、高山さんがどうかしましたか?と走り寄って来た。

「これから局入りですが、お土産にサンドウィッチと君想いマカロンを差し入れしようってことになったので」

「そんな、こっちで用意しますよ」

「それは……僕が嫌だな。分かった。後で僕の時給をくれるよね?」

「そうだけど」

「だったらそのお金で買いたいな。初めての自給だから。メンバーがいたからこの仕事に巡り合えたんだもの」

「そうだな。ふうがそう思うのなら、足りない分は僕がだそう。なっちゃんと里美ちゃんの分も忘れるなよ」

「はーい」

 ふうはウキウキしながら買い物かごを持って店内に進んでいった。

「いいんですか?」

「いいんですよ。あの子が初めての時給をどう使うかは気になっていたので」

「ふう君らしいですね。やっぱりビビットは絶妙なバランスなのはふう君がいるからでしょうね」

「だったらいいんですけどね。あっ、ふうが呼んでいますので、今日はこの辺で」

「何かあれば事務所に連絡しますので行って下さい」

 僕と高山さんは慌ただしく挨拶をして別れた。

 ふうと僕が買った差し入れは思った割に大荷物になってしまって、楽屋入りした後に里美ちゃんに「澤田さんがいるのに……まあ、ふうが初めての時給で差し入れを買ったという気持ちが嬉しいから不問にします」とお小言を言われてしまった。

 夜には、君想いマカロンの公式ページに今日のイベントの様子が公開されていて、所々に僕が映っていたのは驚きだった。


「ちーちゃん、お前もアイドルになったんか?」

「違います。マネージャーとして同行して一緒にお仕事しただけです」

「いつ、国家公務員辞めたんだよ?」

「それは……五年前の話ですけど」

「何、この無駄にキラキラした笑顔は?これだから変な女が釣れるんだよ」

「だったら、僕に既に春が来ていると思いませんか?」

 仕事が終わって自宅に戻ってパソコンの電源を入れると、スカイプのお誘いがやってくる。こんな日に来るって事はきっと君想いマカロンのページでも見たのだろう。

 案の定、高校の同級生と先輩達とスカイプで会話している。

 このノリは本当に高校時代から変わらないからちょっと精神的に疲れているとホッとする。

「だって、お前同窓会で言っていなかっただろうが」

「あの日はそんな事を話す暇ありましたっけ?」

「あはは……そうだったね。ってか、今年も忘年会はちーちゃんの家でいいよな?」

「だから、お前はそうやって10年前から年越しは俺の家にいるよな?」

「気のせい気のせい。悩むと禿げるぞ」

「何?澤田禿げたのか?」

「だからまだ剥げていません!!」

 いつものゆるゆるの会話を無駄に延々と続けて寝不足になり、樹に再び叱られる羽目になる事を知るのは、更に十二時間経った後の事だ。


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